第54話 メイドコボルト、気が緩められない
ククルが無事に魔王城に戻ったはいいが、ククールの日常は相変わらずのものである。
週に一回、フォレストシープを狩っては毛を手に入れて、毛糸を作って納品する。そんな生活が続いていた。
毛糸の品質がいいので、いい稼ぎにはなっている。だが、ククールはちょっとばかり不満を持っているようである。
「ねえ、聖剣」
『なにかな、主よ』
今日もやることを終えたククールは、部屋で休んでいる。そんな中、背中に背負っている聖剣へと声をかけている。
「一体いつまでさ、私はこっちにいなきゃいけないわけ?」
そう、いつまでククルとククールに分裂していなければならないのかという話である。
『主、質問の意図が分かりませんぞ』
ところが、聖剣はすっとぼけたようなことを返している。
これにはククールもぷつんとキレる。
「治癒魔法を使ったことで、教会にも目をつけられそうになっているのよ? 聖剣を持っていることが魔王にバレたのなら、いつまでも私がこっちにいる必要はないんじゃないのかしらね」
背中から聖剣を外し、テーブルの上に静かに置いたかと思うと、ククールは聖剣に詰め寄っていた。
そもそも、聖剣がククルを獣人とコボルトの二体に分けたのは、聖剣の持ち主であることを魔王に知られないためだったはず。
だというのに、そんな小細工も通じず、魔王にはあっさりと知られてしまったらしいのだ。だとするならば、ククールが存在する意味がないというわけである。だからこそ、ククールは聖剣に詰め寄っているというわけなのだ。
『い、いや、しかしだな……』
ところが、聖剣はどういうわけか渋っている。
『主はフォレストシープの毛糸づくりという特技を見出してしまったからには、そう簡単にはいかぬであろう』
「ぐぬぬぬ……。ここでそれを持ち出してきますか」
苦し紛れの聖剣のいいわけではあるが、これが思った以上にククールには効果抜群だった。
フォレストシープの毛を見て、糸が作れると思ったのが運の尽きなのである。
なにせこのフォレストシープの毛糸は、この街の商業ギルドからかなりの値をつけられてしまっている。これだけの稼ぎがあれば、家族を楽にできるわけなのだ。
ククールはお金のこととなると、ずいぶんと真剣に考え込んでしまっている。
『ところで主よ』
「なによ、聖剣」
『コボルトにお金など必要なのですかな、そもそも』
突然、聖剣が爆弾発言を投下してきた。
そう、コボルト族はそもそも魔族の中でも下っ端で、生活は自給自足である。はたしてお金が必要かどうかという問題が出てくる。
しかし、ククールはこの質問にはまったく動じなかった。
「甘いわね、聖剣」
ククールは人差し指を建て、左右に振りながら舌を鳴らしている。獣人の姿になったからか、ずいぶんと器用なことができるようになったようだ。コボルドの姿のままじゃ、普通は無理だろう。
「私の家は、両親も入れれば二十人くらいの大所帯なのよ。自給自足で過ごすにも、ちょっと限界があるの。そういう時にこそ役に立つのがお金でね。足りないものを村にやって来る魔族の行商人から買い付けているの」
『な、なるほど、そうだったのか』
ククールの言い分を聞いて、聖剣はものすごく納得している。
それでも、聖剣の持っている持っている魔族の知識からすれば、ずいぶんとかけ離れた話である。いくら主としている少女の話とはいえど、納得はすれど信じるにはまだ足りないといった感じだった。
「もう、魔族だからって、信じないつもりね。本当に聖剣ってば頭は固いし融通は利かないし、変なことをするのね」
あまりに信じなさそうな反応をするものだから、さすがにククールもここぞとばかりに聖剣をけなしていた。相手が信じないのなら、自分だって信じないぞという態度である。
さすがにこれには、聖剣も困ったものだった。
『分かった分かった。信じる、信じようではないか』
「うわべっぽい感じだけど、とりあえず許すわ」
慌てように疑心暗鬼なククールだが、あんまり仲をこじらせるのは好きじゃないので聖剣を許したようである。これには聖剣もひと安心である。
聖剣との話も一段落した頃だった。部屋の扉がノックされる。
「はい、なにか?」
音に反応して、ククールが返事をする。
「ククール様。旦那様がお呼びでございます」
「トールソン様が? 分かりました、今参ります」
扉の向こうから聞こえてきた用件は、トールソンが自分を呼んでいるというものだった。何か分からないけれど、領主に呼ばれたので、ククールはおとなしく従うことにする。
部屋の扉を開き、そこにいたメイドに連れられて、トールソンの部屋へと向かっていく。
(どういうことだと思う、聖剣)
『我に聞かれても困るというものだ。だが、あんまりいい話のような気はしないな』
(あら、偶然ね。私もそんな気がしないの。どう考えても厄介ごと)
念のために聖剣に話を振ってみるものの、あんまりいい返事ではなかった。
だが、ククールも同意見のようである。コボルト族としての勘が、しっぽを左右へとゆっくりと揺らしている。これは警戒を表すサインだ。
「旦那様、ククール様をお連れしました」
部屋の前に到着すると、連れてきたメイドがノックをして部屋の中に呼び掛ける。
「うむ、入りたまえ」
トールソンの許可が下り、ククールは部屋の中へと入っていく。
中にいたのはトールソンとメイドのヒーラの二人だけだったが、ククールの警戒はまったく解けることはなかった。
一体ククールは何に反応しているというのだろうか。
実に緊張した面持ちで、トールソンの前に立ったのだった。




