知恵眠る場所、瞳閉じる魔術師
「初めまして。君の事は、噂伝手で聞いているよ」
俺が図書館を探索していると、そう話し掛ける声が1つ。
……いや、浮いてね?物理的に。
「あ、すまないね。いきなり初対面の奴に話し掛けられるのもアレだったかな?」
「いや、それはいいんですけど……」
そういう事じゃない。いや、それもそうかもしれないけど。どこからツッコめばいいんだ?物理的に浮いてて、目を閉じてる初対面の人。要素盛り沢山。
何故だろう、まだ殆ど言葉すら交わしていないのに、既にそれなりの疲労を感じる。気の所為ではない。
「まずは名前を名乗った方がよさそうだ。私はマギア・アリストロ。巷では、閉眼の魔術師とか言われてるかな」
閉眼の魔術師と聞いて、合点がいった。王都の話になると、時折話に挙がる人物だ。緻密な魔術を行使しながらも、常に浮遊している変わり者。しかし、知識や実力は折り紙付きだと。
その噂には、大抵根も葉もない陰謀論染みた後付けも付属する事が多かったりする。やれ狂人だとか、やれ魔術狂だとか、挙げ句の果てには国の重要人物なのではないかとか。
俺もそんな話を聞いた事はある。が、実際に会ってこの目で見るまでは、十を信じる事はしまいと思っていた。こうして実際に会うと……狂人と言うよりは、掴みどころがない人という印象の方が強い様に見えるが。
「あ、俺はティセロ・クウェロテです」
「ふむふむ、やはりか。最近、君の話をよく聞くからね……一度会って話がしたかったんだよ」
そう思って貰えているのは、素直に嬉しい。どれ程の著名人なのかは正確に知らないのだが、いずれにせよ、俺について噂の輪が広がっているのは喜ばしい事だろう。話し方からして、悪い方向の噂では無さそうだし。
「折角だ、少し場所を変えて話をしようじゃないか。ここだと、あまり大きな声を出すのもはばかられるからね」
あ、良識はある人なんだ。
◇
「ここなら問題無さそうだ。疲れては……いなさそうだね」
そうして連れられて辿り着いたのは、中庭らしき場所。周りを軽く見ると、腰を下ろしたり木にもたれたりして本を読む姿がチラホラと。憩いの場的なスペースなのだろうか。
図書館の一部とは思えない程に自然があり、心なしか空気も美味しく思う。気分も清々しい。こんな場所があったとは。噂で聞いた事も無かったからか、一層の驚きを感じる。これから図書館を利用する時は、是非とも利用させてもらおうかな。
「さて、君も色々聞きたい事があるとは思うけど、それは私も同じなんだ。ここなら気兼ねなく話が出来るね」
……一応、ここも人目自体はあるんだが。その辺は特に気にしてないのだろうか。それに、貴方も有名人だというのに、こんな「私はここにいるよ」と言わんばかりの事をするのは、どう思っているのだろうか。俺よりもそっちの心配をしないといけないのでは?とは思う。
まぁ。本人が気にしていないのなら、別にいいんだけど。
「私から話しかけてしまったのだし、そちらが聞きたい事から聞いて欲しい。余程の事でなければちゃんと答えよう」
…とはいえ、何を聞けばいいのやら。
いや、聞きたい事が全くないとかではないんだけど。こうして急に有名人と邂逅して、「さぁ何でも聞いてくれ」と言われても、単純にテンパる。頭の中がまとまらないというか、頭の中にあった事が吹き飛ぶというか。
とはいえ、これはかなり貴重な機会であるのも確か。相手は一部を除いて何でも質問に答えると言っているんだ。噂の真偽や単に知りたい事、自分が日頃考えている事について異なった観点からの意見が聞けるといって差し支えない。こんな機会、逃したくない。
考える。質問し過ぎはあまり良くないから、多くても3つ程度に絞りたい。……そういえば。
「最初から思ってたんですけど、何で浮いてるんです?」
「あぁこれ?魔術の特訓みたいなものだよ。習うより慣れろ、ってよく言うでしょ?」
俺が投げかけた最初の質問の答えは、そんな回答が返された。曰く、浮遊の魔術は割と繊細なのだとか。その為、これを日頃からやってる事で精神力や脳内処理能力、魔術行使の練度向上に繋がると言った。
確かに、とは思った。武術も似通った点がある。勿論、対人戦を想定した動きは人とやった方が効率や質が良いのはそうなんだけど、だからといって1人で実践したり学んだりする事も、全く成長に繋がらないなんて事はないだろう。特に魔術は相手を想定しない魔術も結構ある訳で、武術とかよりは効果的にも思える。
そう考えると、今もこうして魔術を行使し続けているこの人は、どれだけ魔術行使の実力があるというのか。もしかしたら、世間の変な噂に揉まれているだけで、実は本当に凄い人なのかもしれない。天才と一括りにしていた自分もどこかにいたが、こういう努力の積み重ねが結果として相応の実力に繋がっているのかもしれない。
噂は噂、そう思わされる。
「他に、聞きたい事はあるかな?」
「あ、じゃあ後1つだけ」
この人に会ったら、これだけは聞いておきたいと思っていた事。…いや、出会った人には是非とも聞いておきたいと最近考えた質問。それを、この人に投げる事にした。
「…どうして、俺達は力を持つんでしょう?」
「……ふむ」
父さんも母さんも、ここに着くまでに会った人達も、何らかの形で力を求めたり身に付けたりする。それは、俺も例外じゃない。強くなりたいと思う意思は本物だし、どうして強くなりたいのかも割とハッキリしている。
でも、もしかしたらソレはあまり合っていないのかもしれない。最近になって、そう感じるようになった。
1人1人、力を求める理由は違うだろう。自衛の為という人もいれば他者を守る為という人もいるだろうし、強くなる事そのものに価値を見出す人もいるだろう。
俺は、井の中の蛙なのかもしれない。詰め込まれた知識だけでは対抗できない事態に見舞われるかもしれないし、このまま実力だけがついてしまって他人の考えを受け付けなくなる事も有り得る。それは、嫌だ。それに、俺の今の目標以上に素敵な目標を見つけられるかもしれない。それは、とても素敵な事のように見えるし、魅力的に感じる。
だからこそ、この質問だ。
「強くなりたい、その意思が生命を持つ者に秘められているからだと、私は考えるよ」
「強く……」
「あぁ、今の君や世間一般でいう意味のソレとは違うよ」
俺が短く言葉を零すと、訂正するかのように急いで言葉が放たれた。意味が違う?…どういう事だろうか。
俺がそんな風に悩んでいると、その表情を読み取ったのか、再び言葉が放たれる。
「そうだね…人ってさ、色々"こうなりたい/こうありたい"って思うよね?カッコよくなりたいとか、弱いと言われる人の味方でありたいとかさ」
「そうですね」
「その願望って、いわば自分の理想なんだ。力っていうのは、それに近付く為に身に着けるものなんじゃないかな。私は、そう思うよ」
驚いた。そんな考え方、この人の意見を聞かなければ出来なかっただろう。でも、ソレを言われて考えてみると、確かに理にかなっている。
カッコよくなりたいのなら、美やカッコよく見える為に力を磨く。その為に、知恵だって得るだろう。弱いと言われる人に寄り添うのであれば、弱いと言われる人にとっての障害を排除する為に力を身に着けようとする。平凡に暮らしたいと考える人だって、平凡に暮らすだけの知恵やお金、そしてそのお金を稼ぐ為の努力もするだろう。結果、稼ぐ為のスキル…力を身に着ける事になる。
当てはめてみれば、しっくりくる。脱帽だ。やっぱり、この人は凄い。考え方や価値観が、俺とは全然違う。凄く良い事を聞いたような気がする。忘れないようにしないと。
「それにしても……」
俺が思考に暮れ始めるその時に、アリストロさんがそう言い始めた。
「質問していいと言われて、そんな質問をするとはね。貪欲な冒険者がいると聞いていたけど、とてもいい方向で貪欲だ」
そのように言われ、俺は実家にいた頃を思い出す。
俺が小さい頃から色々な知識に触れ始めた頃、父さんから「お前の好奇心は凄いな。そんなに知識を蓄えようとする奴、学者や研究者くらいしか見た事無いぞ」と言われた事があった。当時はそうなんだ、くらいにしか思っていなかったが、アリストロさんからも父さんに似た評価をされた事を鑑みるに、俺は人一倍貪欲……なのだろう。
でも、悪い気はしない。寧ろ、どこか嬉しさを感じている。
「……さて、今度はこちらから質問していくとしようか。まずは……」
その後も話は続き、気付けば陽は沈みかけていた。