陰る日常
「魔物の活性化?」
「はい。最近、魔物の行動が活発になっているみたいです」
魔物の活性化。目の前の受付嬢から、そんな話を切り出される。何でも、本来の活動範囲から外れた場所での目撃情報や、普段する事のない(或いは殆どしない)行動を取る姿が度々見かけられるようになったらしい。
俺はここ最近、魔物に出くわすような依頼をしていなかった為、今ここでその事実を知った。
正直、結構驚いている。結論から言うと、魔物の活性化は何らかの前触れという定説がある。
魔物が活性化する原因は色々あって、環境や生態系の急激な変化、人為的根源などが主な原因とされる。因みに人為的根源というのは、誰かの(偶然・故意問わず)何かしらの行動が原因で引き起こされる事を示す。
魔物の活性化の後に起こった有名なモノと言えば、魔物大発生や特異種(ある個体の変異個体や亜種個体をまとめた呼称)の発生がある。前者であれ後者であれ、対処は簡単では無い。特に前者は、多くの冒険者を募って臨まないといけない。
勿論、起こる事は上の事だけでは無いんだが。
「気を付けて下さい。もし何か変わった事がありましたら、すぐに逃げて下さいね」
「そうですね……まだ自分の命が可愛いので、気を付けます」
そんな軽口を言って、俺は依頼を選び始める。…今日も魔物討伐をしようと考えているし、変更するつもりはないんだけど……気を付けるに越した事は無いか。久しぶりに1人でやろうかと思ってたんだけどなぁ。
仕方ない、今日も誰か依頼を受ける事にするか。
◇
「…そっちにまだいるぞ、気を抜くな」
「ッ!そりゃあどうも…!」
斬って、斬って、また斬って。一体どれくらいの魔物を斬ったことか。50辺りから、数えるのを止めた事は覚えている。群れて真価を発揮する魔物じゃなかった事が、不幸中の幸いとも言える。
そんな状況に辟易している俺の一方で飄々とした言動で敵を倒しているのは、今日の相方であるシュヌーディ・ヴルンドレット。2つのハンドガンを同時に撃つという、難度の高く高度の器用さが求められるスタイルで戦闘をしている。
リロードはどうするんだと、初めて戦闘の姿を見た時に思ったが、どうやらそれは心配ないらしい。何でも、実弾を装填して発射する銃ではなく、魔術を発射する、いわゆる”機構武器”の1種なのだとか。因みに、”機構武器”とは魔術を使える者だけ扱える武器の総称で、こうして魔術そのものを攻撃手段とする物もあれば、剣に火や氷を纏わせるといった物もある。
ただ、デメリットもある。それは、魔術の行使と武器の取り扱いや振るい方を同時に行う必要がある事。2つ以上の事を頭で考えて実践しないといけないため、割と多くの人が躓きやすい点でもある。
俺も使ってみたいとは思うものの、難しいとよく耳にするからか、どこか使う事に消極的な自分もいる。なにせ、聞いてるだけでも疲れそうなのに。
「…よし、これで終わったか……流石に多いような気がするんだけど…」
「魔物大発生の影響だろう。ここまでとは想定外だが」
さっきまでの余裕な表情は、今も健在。が、言葉では驚きを表した辺り、やっぱりきつかったって事だろう。まぁ、こんなに多い数が迫って来るとは思わなかったしな。虫の魔物じゃなかっただけ、まだマシだと思っておくか。因みに、今回の依頼は灰かぶりの狼。純銀階級以上推奨の魔物だ。
いくつかの小言を互いに零しながら、解体作業に移る。今回は……レア部位は無さそうだ。こんだけの数がいるんだから、1つくらいはあっても良いと思うんだけどなぁ。灰かぶりの狼のレア部位は、灰狼の堅爪というモノで、武器の素材として非常に重宝される。手に入れれたら、武器の新調でも考えようかなと思っていたのにな。
「……ん?なぁシュヌーディ、これって……」
ふと、俺は何かが目に留まる。あまり見慣れないモノだった為に、シュヌーディに声をかける。
面倒くさそうに返事をしながら、俺の方へと顔を向ける。ソレを見た瞬間、シュヌーディの表情が豹変するのが分かる。顔面蒼白、とはこういう時に使うんだろうなと、思うくらいには。
「…引き返すぞ、ギルドに伝える必要がある!」
「?…そんなにマズいモノ……か…!?」
シュヌーディの鬼気迫る声に疑念を抱いた俺は、改めてマジマジとソレを見る。今度は、ソレが何かを理解するように。頭の中の知識を総動員して。
気付いた。気付いてしまった。
俺とシュヌーディは、駆け出す。その場から、一刻も早く離れる為に。
どうして、アレがこんな所に。
◇
「おい!緊急事態だ!!」
「あぁ?おぉ、シュヌーディじゃねぇか。お前がそんな表情をしてるなんて珍しいじゃあねぇか」
「うるさい!それどころじゃない!」
かなり勢いよく扉を開いたシュヌーディの元に、ギルドにいた人らの視線が俺達に一斉に注がれる。普段なら少したじろいでしまうのに、今はそんな身体の反応すらなかった。
普段のシュヌーディについて知っている冒険者もいたようで、シュヌーディを揶揄う様な言葉を掛ける人もチラホラ。しかし、それらを一蹴。急いで受付に駆ける。
「淵黒の翼毛が落ちていた!」
「はぁぁァぁ!?!?」 「嘘ッ!?」 「淵黒の……なんて?」
それはもう、様々な言葉が返って来た。腹の底からデカい声で驚く声や恐怖に染まった甲高い声、果てにはその存在を知らない人の言葉。無理もない。何せ、ソレは実在すると思われていなかったモノだから。
淵黒の翼毛。ソレは、とある魔物の素材の1つとされている。それは、空亡。とある御伽話に登場する魔物であり、ギルドでも現在までにその存在は確認されていない。
曰く、その身体は空を覆ってしまうであろう程の巨躯である。
曰く、ソレの顕現は大規模な惨状を招く。
曰く、見えた者が明日に拝める空は亡い。
いわば、災害。その巨躯を以て空を飛行し、圧倒的な力を天衣無縫に振るい、出会った者の未来をも亡きモノにしてしまう。いずれ緊急依頼が出されると思うが、輝晶や極輝晶の冒険者が複数いないと熾烈を極める事になるだろう。
…いや、いたとしても。激戦になる事は避けられない。ソレは、人が相対するべき存在では無い。
「冒険者の皆さん!しばらくの間、依頼の数と種類を減らします!代わりに、調査依頼を常に出しておきますので、そちらに協力をお願いします!」
妙に強い風の音が、聞こえた気がした。




