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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
17/43

“無垢”と“縁”と⑤

 ふと、ハルが何の気無しに窓に目を向けると――。随分長い時間、カタリナの住む屋敷で話し込んでいたのであろう。窓から見える空は、日が傾いた紅の色を(よう)していた。


「随分長い時間、お邪魔をしてしまったみたいですね」


 カタリナに外の様子を告げるように、赤茶色の瞳を窓へ向けてハルは言う。そのハルの声掛けに、カタリナも窓の外へ目を向けて驚いた面持ちを浮かした。


「あら――。もう、こんな時間……?」


「はい。長居をしてしまって、すみませんでした」


「謝ることなんて無いわ。楽しいお話を沢山してくれて、ありがとう」


 ハルの謝罪に対し、カタリナは(こうべ)を振るい微笑む。終始人当たりの良い対応だったカタリナに、ハルも釣られるように微笑んでいた。


「それじゃあ、俺、そろそろお(いとま)しますね。――お茶と林檎、ご馳走様でした。美味しかったです」


 カタリナに土産として渡された林檎をショルダーバッグ(オーモニエール)の中に仕舞い込み、ハルは椅子から立ち上がる。


 ハルが席を立った途端であった――。


「あ……」


 不意にカタリナの口から、小さな声が零れ落ちる。

 カタリナの声に反応し、ハルが首を傾げると――。カタリナは自身の張り出した腹部に手を当て、そこを撫でていた。


「どう、しました……?」


 突然カタリナが声を漏らし、腹を撫でる仕草を取り始めたことに、ハルは不思議そうにして問い掛けてしまう。

 そうしたハルの問いに、カタリナは笑みを見せ、ハルに翡翠色の瞳を向ける。


()()()も――、ハル君に『バイバイ』って言っているわ」


「ああ……」


 そこでハルは、カタリナが声を発した理由を察した。


 腹の中の子が動いたのであろう。カタリナは、それをハルが席を立ち上がる最中のことだったために「ハルにお別れを言っている」と、そう解釈して口にしたのだった。

 そんなカタリナの胎動の受け取り方に、ハルは可笑しそうにしてくすりと笑う。


「――ハル君」


「はい?」


 微笑ましげにしてカタリナを見守っていたハルに――、カタリナは手招きをする。

 ハルはカタリナの呼び掛けと手招きに、再度不思議げな面持ちを見せ、歩み寄る。すると、カタリナは近寄ってきたハルの右手を取り、自身の腹部に触れさせていた。そうしたカタリナの行動に、ハルは身を竦め驚いたような反応を表す。


「カ、カタリナさん……っ?!」


 思いも掛けていなかったカタリナの行いに、ハルが上ずった声を発すると、カタリナはふわりと優しい笑みを表情に浮かべた。


「――ハル君も、()()()を感じてあげて。あなたに、お別れを言いたがっているから……」


「え、ええ……?!」


 カタリナの言葉に、ハルは唖然とした状態でいた。


 だがハルは、はたと身動ぎをするような動きを止める。

 何故ならば――、カタリナによって触れさせられた彼女の腹部を通し、ハルは(てのひら)に僅かな動きを感じたからだった。


 カタリナの腹部を通し、ハルに伝わる胎児の胎動。それは――、ハルに不可思議な気持ちを抱かせる。


(――この感じは……、何だろうか……?)


 ハルは胸に灯る不可解な感情に、眉を寄せる。


 身近な人々に不幸を撒き散らし、その命を奪う存在である自身。その自分が――、今、生まれようとしている新たな命を感じている。

 その想いは――、得も言われぬほどに、ハルの目頭を熱くさせた。


「あ、あら? あらら? ハル君、泣いているの……?」


 ハルは――、泣いていた。自分自身でも気付かぬ内に、その赤茶色の瞳から涙を溢れさせ、それがハルの頬を伝い落ちる。

 そうしたハルの様子を目にし、カタリナは翡翠色の瞳に困惑の色を見せた。


「あ……、すみませんっ!! 何か……、感極まっちゃって……っ!!」


 カタリナの言葉に我に返ったハルは、咄嗟に左手で自身の口元を覆う。

 まさか涙を流してしまうとは、ハルも思っていなかった。それほどまで、何かは分からなかったがハルの心を揺さぶるものがあった。


「――ハル君は、本当に優しいのね」


 カタリナは、そんなハルを見て微笑む。

 だが当のハルはカタリナの言葉を聞き、眉をハの字に落として気恥ずかしげにしていた。


()()()()にも――。ハル君みたいな優しい子になってほしいわ……」


「あ……、あの……っ。本当にその名前で決定するのだけは、止めてくださいねっ!!」


 さも当然のようにカタリナがサラリと発した言葉を聞き、ハルは口元を覆っていた左手に今度は拳を作り、慌てたような声を張り上げてしまうのだった。



 それは――、十数年ほどの後に、不思議な(えにし)から再会を果たす少年と少女の、始まりの逸話となるのであった。



   ◇◇◇



 ハルとカタリナの不思議な出会いから、十数年の月日が流れる――。

 その時の出来事は、ハルの記憶からは遠いものとなり、数多(あまた)の事柄の数々の中に埋もれていっていた。


 そして、ハルがミハイルに連れられてリベリア公国を訪れ、四年目を迎えていたある日のこと――。



「私の名前って、この辺りで使われていた古い言葉で、“無垢”を意味するんだって」


 ビアンカは、ハルの部屋に置かれた椅子に座り、テーブルに頬杖を付きながら不意に口にする。

 そのビアンカの言葉を聞き、テーブルを挟んで対面の椅子に腰を掛け本を読んでいたハルは顔を上げ、ビアンカに目を向けていた。


「――急にどうした?」


 本に(しおり)を挟み閉じ、ハルは唐突なビアンカの言葉に首を傾げてしまう。

 そうしたハルの返答に、ビアンカは話を聞いてもらえて嬉しいという様子を見せ、口を再度開く。


「今日、家庭教師の先生から聞いたの。今日は古い言葉の勉強をしていたんだけど……」


「ああ、そういうことか」


 ハルはビアンカの言いたいことを()し量り、納得した様を窺わせる。


「確かに、この東の大陸で古い時代に使われていた言葉で“ビアンカ”って名前は、“無垢”や“純粋”、“白”を意味するんだよな」


「なーんだ。やっぱりハルは知っていたの?」


「そりゃ、な。伊達にお前より年上じゃありませんし?」


 そう言うとハルは得意げに、少年らしい笑みをビアンカに見せる。そうしたハルの言葉に、ビアンカは「ふーん……?」と、つまらなそうな面差しを浮かせて声を零す。

 しかしながら、ビアンカは気を改めたようにして、更に言葉を続けていく。


「まあ、良いや。――それでね。その先生の話を聞いて、前にお母様に聞いた話を思い出したのよ」


「お前の母親?」


 話の本題はそこかと、ハルは察し付きビアンカに聞き返す。そのハルの言葉に、ビアンカは小さく頷く。


「お母様もね。前に同じようなことを言っていたなって思って」


「ふんふん」


 頷きと共に傾聴の姿勢を見せるハルを目にし、ビアンカは満足そうな表情で言の葉を続ける。


「――私が産まれる少し前にね。お母様、親切で凄く物知りな男の子に会ったんだって。それで、その子が教えてくれた昔の言葉の意味が、私の名前を考える切っ掛けになったんだって言っていたの」


 そのビアンカの言葉を聞き、ハルは――、固まっていた。


 ――え? まさか……。


 ハルは固まったまま、混乱する頭で考える。その面差しは焦りの色を(まと)わせ、頬が意図せずに引き攣ってしまう。


「な、なあ。ビアンカ……」


 絞り出すような声をハルは発し、ビアンカに思い至った真相を聞き出そうと言葉を投げる。そのハルの声に、ビアンカは小首を傾げた。


「うん? なあに?」


「お前の母親の名前って、何ていう名前だ……?」


 内心で「ただの偶然であってほしい」と思うハル。そんな彼の中では、まさかという思いが駆け巡っていた。


「お母様の名前? カタリナっていう名前よ」


「うわああ。何だよ、それ……っ!」


 ビアンカからの答えを聞き、ハルは咄嗟に頭を抱えてしまっていた。


 十数年ほど前にハルが出会った女性――、カタリナ。その彼女が、ハルの発した何気ない一言で本当に自身の子供に名を付けたことを、ハルは察した。

 あまつさえ、その時にカタリナが身籠っていた腹の子が――、今、目の前にいるビアンカであることも、ハルは悟る。


「ど、どうしたの。ハル……?」


 突として声を上げ、頭を抱え始めたハルを目にし、ビアンカは狼狽(ろうばい)した様相で問う。


 そのビアンカの声に、ハルは頭を抱えながら赤茶色の瞳を彼女に向ける。


 亜麻色の長い髪に、翡翠色の瞳――。

 そうして、ハルの知る内面の性格――。


(行き当たりばったりで早合点しやすい性格とかも――、カタリナさんと印象が被るな……)


 そう考えつつハルはビアンカの姿を見やり、一つ嘆息(たんそく)を漏らす。


「マジかよ……」


 期せずして自身が名付け親になってしまった子が、こうして目の前におり――。かつ、自身が幼い頃より永く想っていた相手だったとは、と。その事実に行き当たり、ハルは項垂れる。

 全くもって思いも掛けていなかった(えにし)。それにハルは、身悶えるような思いを受けるのだった。


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