“無垢”と“縁”と④
声を荒げ迫真にことを語ったカタリナは、一息付くために紅茶を啜る。
ハルもカタリナに倣い、彼女の淹れてくれた紅茶を口に運んだ。紅茶の香気が鼻に抜けて広がる感覚に、ハルはホッとする感覚を抱く。
暫し間を置いたところで、ハルはフッと、あることを思い出す。そして、それをカタリナに告げるために口を開いていた。
「――そういえば。お腹の張り出し方で、お腹の中の子が男の子か女の子か分かるって。言いますよね」
「あら、そうなの……?」
ハルが不意に話題として出した内容に、カタリナはキョトンとした表情を見せる。
そうしたカタリナの問いに、ハルは頷いて返事を示した。
「はい。俺、色々な本を読むのが好きなんですけれど。前に読んだ本に、そう書いてありましたね」
ハルは、知識に関しては貪欲な性質を持っていた。生活に必要な知恵から、戦争などに関する兵法書や戦術書。片や医療に関する文献など。実に数多くの本を旅の合間に読んでは、自分自身が旅をしていくための知識としていたのだった。
さような知識を取り入れるために読んだ本の中に、立証されているわけではない――、あまり信憑性があるとは思えない知識も存在した。だがハルは、その読んだ本の内容を思い出し、話題の種の一つとして口に出した。
そんなハルの言葉を聞き、カタリナは一巡考える様を見せる。そうして、ハルへと視線を向けたかと思うと、再び口を開く。
「――ハル君は、どっちだと思う?」
ハルの話の内容に興味を抱いたのであろう。カタリナは翡翠色の瞳を輝かせるようにハルを見据え、問い掛ける。
「え……、いや。俺、妊婦さんと接する機会とか無かったんで……。今のカタリナさんのお腹の状態が、どういう状態なのか分からないですって……」
「お腹の状態っていうと……?」
「お腹の張り出し方が、横広がりで丸みを帯びているか、前に突き出ているかの状態で――。お腹の子が男の子か女の子か分かるって。その本には書いてありましたよ。信憑性とかは一切ありませんけどね」
ハルは本に書いてあった内容に確実性が無いことを諸注意として語りつつ、苦笑いを見せる。
そうしたハルの話に、再度カタリナは瞳を伏せ、「うーん……」と唸りながら考える様子を見せた。
「この町にいる妊婦のお友達とかのお腹を見ると――。私は横に広がっている感じかしら……」
「あー……。そうしたら、女の子の可能性が高いですね」
カタリナが思い返すように口にした言葉に、ハルは本に記されていた内容を話す。
「そう、女の子ねっ!!」
ハルの言葉を聞いた途端に、カタリナは再度、瞳を輝かせて声を嬉しげに上げていた。
そんなカタリナの反応に、ハルは驚いた表情を見せてしまう。そして、それに対して焦りの色を、今度は顔に浮かせる。
「いやいや。この話に根拠は……、ありませんからねっ!! あくまでも、そういう風に迷信的に考えられているっていうだけで、立証とかをされているわけじゃないんで……っ!!」
嬉しそうにして瞳を輝かせるカタリナに、ハルは焦燥して答える。
このような話をして、万が一、男の子が産まれてしまってはぬか喜びをさせかねないと。ハルは焦慮してしまう。
「そうなの?」
ハルの慌てを含んだ釈明を聞き、カタリナは首を傾げる。――かと思うと、次には視線を自身の腹部に落とし、その張り出した腹を愛しげに撫でていた。
「――でも、私は……。女の子だったら良いなと思っているから。当たってほしいわ……」
言うとカタリナは、ふわりと優しげに笑う。
「騎士の家系の跡取り――、ってなると。男の子の方が良いんじゃないんですか?」
貴族や騎士の家柄の跡取りとなるならば、家督を確実に継げる嫡男の誕生が望ましいとされる。そのことは、世間一般の常識としてハルも了しており、カタリナの希望に思わず首を傾げて問い掛けてしまう。
「本来だったら、そうなんだけれどね。それでも――、最悪、婿養子を取ってもらえば良いことだし。この子が大きくなったら、可愛いお洋服を沢山選んで着せてあげたいわ」
ハルの野暮だとも思える質問に対しても、カタリナは優しげに笑って答える。
カタリナの語る夢を聞き、ハルはカタリナの思考の中で、既に身籠っている子供が“女の子”として確定してしまったことに気付き、苦笑いを浮かべていた。
(――この人のご主人が、『早合点がしすぎる』って言う気持ちも、分かるな……)
そう思いなしながら、ハルは心中で嘆息する。
「女の子だったらね。素直な良い子に育ってほしいわ。純粋な子――」
翡翠色の瞳を伏せ気味にし、自身の腹を撫でていたカタリナは、ふと視線を上げる。その瞳は、目の前のテーブルに置かれた林檎に向けられた。
「そうね――。この林檎の種類の名前と同じ。“無垢”な良い子になってほしい……」
優しい眼差しで林檎を見つめるカタリナを目にし、ハルは微笑ましげにカタリナを見守る。
(――“無垢”な子、か……)
カタリナの言葉を聞き、ハルは、ふと考える。
(確か、東の大陸の古い言葉で――。“無垢”を意味する名前があったよな……)
するとハルは、はたと何かを思い出したような面差しを浮かべる。そして、不意にぽつりと一つの言葉を零していた。
「――“ビアンカ”……」
「え?」
ハルが呟き零した言葉に、カタリナは不思議げに首を捻って反応を示した。
不思議そうな視線をハルに向けるカタリナに、ハルも目を向け、自身の口をついて出た言葉に「ああ……」――、と。短く声を上げ、微かに笑みを見せる。
「東の大陸の古い言葉で、“無垢”や“純粋”、“白”とかを意味する名前があって。――それが確か、“ビアンカ”だったなって思って……」
ハルが知り得ていた知識の話。それを聞き、ハルを見つめていたカタリナの瞳が、再び嬉しそうに輝く。
(あ、これは。まさか――)
カタリナが瞳を輝かせる反応を見せたということは――。
そこでハルは、自身が失言をしてしまったことに勘付き、焦燥の色を顔に示唆させる。
「カ、カタリナさんっ! 駄目ですよ、安易に決めたりしちゃっ!!」
ハルは、次にカタリナが発するであろう言葉を察し、静止の声を投げ掛ける。
しかし――。
「良いわねっ! “ビアンカ”!!」
嬉々とした表情で満面の笑みを浮かべ、カタリナはハルの想定した通りの言葉を口にしていた。
(あああ……、やっぱり……)
ハルは自身が披露した知識を、カタリナが喜ばしげに受け入れてしまったことに、思わず頭を抱えてしまう。
出会ったばかりの――。出自も全くもって不明である一介の“旅人”である自身の言葉を真っ直ぐに受け、人を疑うことをしないのであろうカタリナに、ハルは嘆息を漏らす。
「だーかーらー。自分の子供の名前は、自分と、あとご主人とでシッカリと決めてあげてくださいっ!!」
「それは分かっているわよう?」
ハルが声を荒げ、叱責が入り混じった諭しを発すると、カタリナは本当に分かっているのかとハルに思わせる口振りで返事をする。そのことにハルは、今度は大げさな嘆声を吐き出していた。
「生まれてくるお子さんの名前は、一生ものなんですから。本当に自分たちで良く考えてくださいよ……?」
「そうね。でも――、良い名前だと私は思うわ。第一候補として、考えさせて」
ハルの諭しの言葉に納得したような様子を見せつつも、カタリナはハルの提案となった名前を余程気に入ったのか、そう口にすると屈託無く笑う。
そうしたカタリナの情態を目にして、ハルは自身の失言が招いた結果にガクリと項垂れてしまう。
(――しかも第一候補とか。挙句の果てに女の子で確定みたいになっちまった……)
まさか自身の何気ない一言が――、初めて出会った女性の、初めて授かった子供の名前になり兼ねない。そう考えると、ハルは申し訳なさと居たたまれなさを、心の片隅に感じてしまう。
だが、そうしたハルの思いなど露知らずといった様子で、カタリナは至極機嫌の良さそうな様相を窺わせていたのだった。




