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呪いの烙印シリーズ・短編集  作者: 那周 ノン
【ハルの軌跡噺】
15/43

“無垢”と“縁”と③

(――真っ赤な林檎……。亜麻色の髪に翡翠色の瞳……、赤い色、か……)


 ハルは林檎を手に持ち、それの持つ色と――、テーブルを挟んで対面の椅子に腰掛けるカタリナを重ね合わせ、思いを馳せる。


 亜麻色の髪と翡翠色の瞳、そして林檎の赤。その色の組み合わせは――、ハルの想い人の井出達と酷似していると、彼は思う。


(あの人は――、カタリナさんと同じ。亜麻色の長い髪に翡翠色の瞳。それに赤い髪飾りと耳飾り。赤い服を着ていたっけな……)


 幼い頃に自身の命を救ってくれた女性。ハルの想い人となっている女性の装いは、彼の中で強烈な印象として、今も尚、記憶の中に鮮明に残っていた。


 ハルの想い人である女性は、手にしていた棍を自身の手足のように操り、幼かったハルを襲った魔物を容易(たやす)()なしていった。

 その際にハルが目にした、亜麻色の長い髪と共に(ひるがえ)る赤い髪飾りと耳飾り、男物であろう自身の身丈よりも大きな黒い外套(がいとう)の下に着ていた赤い衣服。真剣な眼差しで魔物を鋭く見据え――、そうしてハルと話をした最中で見せた愁いを帯びていた翡翠色の瞳。


(六百年以上も探し続けて、未だに見つけられない。今頃、どこで何をしているんだろうか……)


 その時の装いや印象ばかりが強く残ってしまっていて、ハルには女性の顔は朧気ながらしか思い出せなかった。

 しかし、カタリナを目にして――。彼女の醸し出す雰囲気が、ハルの探し求める想い人の雰囲気と似ていることで、ハルは何となくではあるものの、その女性の顔立ちを思い出せそうな気がしていた。


「――その林檎。『無垢』っていう種類の林檎よ?」


 不意にカタリナが発した言葉に、ハルはハッと我に返る。カタリナの声掛けの言葉に、ハルは手にしていた林檎をテーブルの上に置き、不思議そうに首を捻った。


「あ、あら? 林檎の種類のことを考えていたんじゃ、無かったの……?」


 ハルが首を捻り疑問の様相を見せたことで、カタリナは困惑の色を表情に浮かす。

 そうしたカタリナの情態を窺い、ハルは自身が物思いに耽っていたことに気付いた。


「あ……。いえ、すみません。何か、ぼんやりしてしまって……」


「あ、あは。私こそ、ごめんなさいね。つい早とちりしちゃって。――ハル君が一生懸命に林檎を見ているから、林檎の種類が何なのか考え込んでいるのかと思っちゃったわ」


 申し訳なさげに謝罪の言葉を口にしたハルに対し、カタリナは気まずそうに苦笑いを見せる。


「私ね。主人にも、良く言われるのよ……。『お前は早合点がしすぎる』――、って」


 そう言うとカタリナは、卑下するようにコロコロと笑う。そんなカタリナの弁解に、ハルも釣られて思わず笑いを零してしまう。


「カタリナさんは、ご主人と仲が良いんですね……?」


 会話の合間に時折と伴侶の話を出してくるカタリナに、ハルは笑みを浮かべながら問う。すると、そうしたハルの問いに、カタリナは照れくさそうにしながら柔らかな笑みを見せた。


「ふふ、そうね。仲は良いわよ。――私が叱られてばっかりだけどね」


「――恋愛結婚、とかだったんですか?」


 人との関りを持つことを良しとしないハルであったが、何故かカタリナのことに対しては踏み込んだ質問を投げ掛けてしまう。

 そのことにはハル自身も不思議に思いつつ、色々とカタリナに聞いてみたいことがあった。


「んー……、恋愛結婚といえば恋愛結婚なんだけれどね――」


 ハルの問い掛けに、カタリナは首を傾げ、ハルから視線を外し在らぬ方向に向ける。そして一巡何かを考える様子を浮かし、再びハルに翡翠色の瞳を向けていた。


「――私、リベリア公国の貴族の家系出身なのよ。貴族とは言っても、一応爵位を持っている程度の、地位の低い家柄だったんだけど……」


 カタリナの話を聞き、ハルは『カタリナが貴族の出身だろう』と考えていたことが当たっており、「やっぱりな」と内心で納得する。


「私には、兄がいたから。兄が家督を継ぐことが決まっていたの。それで、女の私は、どこか貴族の家に嫁ぐことになっていたんだけれど――。昔から身体が弱くて病気がちだったから、なかなか嫁ぎ先が決まらなくてねえ」


「そう、だったんですか……?」


「やっぱり、どこのお家も、嫁いできて早々に、お嫁さんに病気で死んだりされたら――、困るじゃない?」


 微かに苦笑いを浮かべ、カタリナは自身の身体の状態を嘲笑(ちょうしょう)した。


 身体が弱く病気がちの女性を奥方として迎え、跡継ぎもできぬままに逝去(せいきょ)となってしまえば、嫁ぎ先の家系としては、“葬儀”と“再婚”という大きな手間が増える。それを嫌忌するため、跡継ぎである子供を産める丈夫で健康な女性が好まれる。さような傾向が、貴族たちの中にはあった。


「嫁ぎ先が決まらないまま、ある年にリベリア公国の国王陛下主催で執り行われた、貴族や騎士の家系の人たちが集まる“新年祝賀会”に、私は父に引っ張られてお邪魔することになったんだけれど――。今思うと、父はそこで私の結婚相手探しをさせようとしたんだと思うのよね」


「そこで、ご主人と出会った――。そういうこと、ですか……?」


 そうしたカタリナの話を聞き、再度問いを投げ掛けたハル。そんなハルの問いに、カタリナは微かに微笑み、(しか)りの頷きを示した。


「舞踏会のダンスも、身体が丈夫じゃなかったから上手く踊れないし。動きたくなかったし。そう思って、壁際で静かに立っていたら――、主人が声を掛けてきてくれてね」


「へえ……」


「一緒に踊ることを強要するわけでもなく、ずっと話をしてくれて。その時はそれでお仕舞いだったんだけれど、後日、その人は何度も私の家に足を運んで来てくれてね――」


 そこまで言うと、カタリナはくすくすと思い出し笑いを零した。


 ハルが思うに――、恐らく、カタリナの伴侶となったその男性は、彼女に一目惚れでもしたのだろうと思う。


 祝賀会の賑わう空間の中で、壁の花となっていた穏やかな、かつ儚げな雰囲気の女性――。

 さような印象を()の男性が受けたのであろうことは、カタリナを見ているとハルにも()し量れるものを感じた。


「よくよく話を聞いたら、リベリア公国の中でも特に有名な騎士の家柄――。リベリア王族の血筋を引いている、“ウェーバー一族”の跡取りだっていうことで。父も大喜びしちゃうし。ミハイル――、主人も会いに来てくれている内に求婚してくれて。あれよあれよと言う間に、婚約が決まっていて……」


「ええ?! それじゃあ、カタリナさんの嫁いだ先は、リベリア王族に所縁(ゆかり)のある家系なんですかっ?!」


「そうなのよ。流石に私も驚いたわ……」


 ハルがカタリナの語った話の内容に驚き声を荒げると、カタリナも溜息混じりに言葉を零す。


「ミハイル――。私の主人の名前なんだけれどね。さっきも言ったけれど、頭が固くて職務に忠実な真っ直ぐな人で……。だけれど、凄く優しくて良い人でね。気付いたら、私も彼のことを好きになっていたから、結婚することになったのは凄く嬉しかった……」


 そこでカタリナは一度、言葉を区切った。――かと思うと、一瞬だけ眉間に皺を寄せ、難しげな表情をハルに窺わせる。


「でも、正直言うと――、私は派手なのが苦手だったから。リベリア公国の大聖堂で結婚式ってなった時は……。逃げ出したかったわっ!!」


 難しい表情を見せ、カタリナが発した言葉。それを聞いた途端に、ハルは意図せず噴き出してしまっていた。


「な、何を言っているんですか。結婚式くらい、貴族の家系なら当たり前じゃないですか……っ?!」


「だって……っ、大聖堂よっ?! リベリア公国の大聖堂での結婚式なんて、王族や本当に位の高い貴族の家柄じゃないと行わない場所なのよっ?!」


 拳を握りながら声を荒げ、迫真に語るカタリナ。その様子を目にして、ハルはリベリア公国という国の大聖堂での結婚式がどれほど凄いことなのかは分からなかったものの――、カタリナが大聖堂で結婚式を行うということが、余程嫌だったのであろうことを察する。

 だが――、その結婚式は、さぞ盛大に執り行われたのであろうことも、ハルは心づいていた。


「――でも、まあ。何とか結婚式は乗り切って……、今年で二年目。漸く、子供も授かることができて、主人も父も喜んでくれているわ」


 カタリナは言いながら、眉をハの字に落として笑う。そうして、カタリナは笑いながら、大きく張り出した自身の腹部を慈しむように撫でていた。

 そして、そのカタリナの仕草を――、ハルはどこか優しげな眼差しで見つめていたのだった。


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