君は、多々良小手毬。
キスは寸止めにした。
顔を真っ赤に染め上げて、目元に涙を少し浮かべた、少女がその場にいた。
眉毛を八の字にし、唇を噛み、何かに耐えるように目をつぶり長いまつ毛を震わせている。
マリちゃんの、顔が見える。
テレビの中にいそうな、とびきり可愛い女の子。華奢なワンピースより、ふんわりとしたピンクのスカートが似合いそうで、寂れた屋上よりは、ステージの上が似合う、華やかで、可愛い女の子だった。
完璧な表情が崩れる時。僕は完璧な人間の顔を見ることができる。
そして、理解する。
彼女は、僕の探している多々良さんではない。
多々良さんは、こんなに幼くない。
ウサギのように縮こまるマリちゃんの頭をなでる。一瞬だけ肩を震わせたけれど、素直に僕の手を受け入れた。
「マ、マリが嘘ついたから、バチが当たったの?」
ボロボロと、大粒の涙をこぼして、ウサギさんは言う。ごめんね、怖かったね。
よくも悪くも、マリちゃんは子供なのだ。
多々良さんではない。
「でも、マリ、お兄ちゃんの事、好きなのは、嘘じゃない、よ」
解っている。けれど、それは、僕が多々良さんに対して抱く『好き』ではない。
本当に兄弟みたいな『好き』だ。
「お姉ちゃん以外の多々良を好きになってくれないと、お、お姉ちゃんは今度こそ、自殺しちゃうから……だから。マリのことを、好きになって欲しかったんだ」
マリちゃんから見たお姉ちゃんとは、二人いる。小菊さんと、小椿さん。
「僕が、マリちゃんを好きになったら『お姉ちゃん』は自殺しないの?」
頷かれる。
僕が、多々良さんを好きになったら、多々良さんは自殺する?
何故、ホワイ?
「お姉ちゃんは、思い通りになることが―――完璧が、自分が、嫌いだから」
完璧が嫌いで。
自分のことが嫌いな。
多々良さんはどっちだ。
ふ、と。服の袖を掴まれた。
「ウサギ」
「え?」
「ウサギの居る場所、教えて」
僕の探している多々良さんではなかったけれど、マリちゃんはやはり、多々良小手毬で。
こういうところが『多々良』なのかと思った。
素晴らしい性格の多々良三姉妹である。
動物病院は、歩いて十分くらいの距離にあった。
手を繋いだまま、マリちゃんはキョトンとした顔で僕の方を見ている。
「ウサギ、病院に入院してたの?」
ある意味で正しいし、ある意味では違う、とだけ言い、動物病院の扉を開けた。平日の夕方、僕ら以外に患者を連れている人間はいなかった。
受付のお姉さんにウサギを見せてもらえるように頼めば、マリちゃんの泣きはらしたような目を見て事情を把握したのか、二つ返事で病室の奥へと連れられる。
白いゲージがポツンとあり、その中に白いふわふわが見え、ウサギだと解る。
マリちゃんが探していたウサギで、その付近にまだ毛が生えそろっていない、小さなウサギが数羽いた。
マリちゃんは、誕生日プレゼントをもらったような顔をして、ウサギ達を見ている。
三羽いるうちの、一羽の調子が悪かったのは、出産を控えていたからであり、ウサギ小屋から消えたのは、教員か用務員が動物病院に預けたからだ。
先生が食べたわけでも、誰かが目を刺して殺したわけでもない。
「出産したばかりで、お母さんウサギは不安定な状況だから、あまり長く見ちゃだめよ」
お姉さんの言葉に頷いて、早々に動物病院から立ち去ることにした。
マリちゃんの目は、病院から出ても依然輝いたままで、少々興奮した様子で道を歩いていた。
「ねえ、お兄ちゃんはなんでウサギが赤ちゃん産むってわかったの?」
「君がね、ウサギのことを家族に例えたからだよ」
発言したことを、どうやら忘れてしまったらしいマリちゃんは首をかしげている。
「三匹のウサギがいて、それが、私たち姉妹似ていて親近感がわいて―――と、多々良さんが言っていたのを思い出したんです。それと、その三匹の見分けがつかないとも言ってたことも思い出した。だけど、ただ三匹と三人というだけの共通点なのに、親近感がわく、ということに違和感を覚えたんだ」
それならば、信号機にも、三食団子にも、三種の神器にも、親近感を持たなければ可笑しい……という理屈も大概可笑しいが。
「もしかしたら、ウサギの性別も、多々良さんたちと同じなのかと思って」
ウサギの内訳は、メス、オス、メス。
多々良家の内訳は、女子高校生、男子(僕的にはまだ未確定)高校生、女子小学生。
「ウサギをオス、メス一緒に入れたら、簡単に子供を作るでしょう。それがたまたま今回だった。ウサギのメスに違和感を感じた大人は、動物病院に連れて行き、残ったオスとメスのウサギは今―――もしかしたら隔離されてたりしない?」
マリちゃんは首を縦に振った。
「緑色の小屋の中に敷居ができてた」
「誰かが、同じことが起きないように立てたんだろうね。ウサギが出産するのを隠していた理由までは確定できないけど、多分小学校中が騒ぎになってしまうから、子供もろとも安心できる時期まで何も言わないでおこうと思った―――とか、そのあたりじゃないかな」
唇を尖らせ、うつむくマリちゃん。飼育員の私にくらい教えてもいいじゃん。……なんて思ってそうな顔だ。
心情を表情に出してしまうのは、子供の証である。口に出せば拗ねられてしまいそうなので口をチャックする。
「あれ、そういえば、お兄ちゃん、敬語じゃなくなってない?」
おや? と頭の上にハテナを付けながら、僕の方を覗き込むマリちゃん。
クルクルと変わる表情。
僕は誰にでも敬語を使うような、腰の低い人間ではない。
彼女が、僕の探している「多々良さん」に対して、使っていただけだから。
「君は、多々良さんじゃないからね」
もう、マリちゃんに使う必要は無くなってしまったのだ.




