小学生女児と神社の裏
「ウサギが消えたのはお前のせいだ! お前がバケモノに喰わせたんだー!」
急いで階段を降り、マンションの外に出る。
先ほど見た場所まで足を運べば、顔の見える男子小学生たちは、一人の女の子を取り囲んでいた。
この顔に、表情に見覚えがある気がしなくもない。
ニヤニヤとした、どちらかと言えば不快な表情。
小学生たちは木の影に立つ、僕に気付かないまま、その嫌らしい顔で少女を見つめている。
僕に背を向けた状態で、赤いランドセルの女の子は叫ぶ。
「あなたたちに、お姉ちゃんをバケモノ呼ばわりされるいわれなんてない。あなたたちの行動こそが最低な、それこそバケモノよ!」
毅然と言い返す様、声は、紛うことなくマリちゃんの物だった。
「さっき見つけたんだ、バケモノ」
「帰る時にみたよなー」「なー。いつもあそこにいるんだぜ、バケモノ」
「バケモノの妹! ちゃんとバケモノを管理してろよ!」
あひゃっひゃひゃひゃ。と、何がおかしいか全くわからないが、小学生男子たちは腹を抱えて笑っている。
こんな気分が悪くなることは久しぶりだった。
見覚えがあると思った表情は、好きな子をいじめるときの、ありふれた小学生男子の顔だ。
お気に入りのシャープペンを取り上げてみたり、スカートをめくってみたりといった、ことを好きな子、気になる子にするときの、子供らしい表情。
例え、好きな女の子をからかうといった、小学生特有の愛情表現でも、許せないものはある。
現に、第三者から聞いていても、彼らの言葉にはトゲしかなかった。
「僕の妹に、何か用事でも?」
マリちゃんの肩に手を乗せながら、きわめて僕は穏やかに彼らに話しかける。
「お兄ちゃ……」
振り返る少女の顔は、いつも通り見えないけれど、マリちゃんの声である。
小学生男子たちは僕を一身に見つめ、睨みつける。天敵にでもあったかのようだ。
「お前、授業参観の時にいた奴だろ、こいつの、こんやくしゃ、の」
覚えていてほしくないランキング一位に食い込むことを平然と口にする男の子に、たじろいではいられない。
「婚約者ではないけれど、妹だ。大切な妹を、こんな道端で追い詰めないで貰いたいんだけど。」
多々良さん以外は割とよく見える目で、睨むと、小さな口は縫われたように何も発さなくなる。
怪訝そうな顔でいるのは、僕がマリちゃんの兄なんかでないことを知っているからだと思われる。場が収まればいいので、事の真偽など問題ない。
「じゃ、用事がないなら、家に帰らせてもらうけど」
僕の方を見るマリちゃんの手を取って、後ろを振り返ろうとした瞬間
「こいつ、バケモノと、一緒にいた所、見たことある」
小学生男子たちの中の少々気の弱そうな一人が、ポツリと言った。思わず口にでてしまった、と言った風であった。深く聞いても、答えが返ってくること確証もないような、独り言に僕は聞きなれない単語に引っかかりを覚えた。
「さっきから言ってるけど、バケモノってなんなの」
呟いた言葉は不本意に出たものだったのだろう。おどおどした小学生男子はさらに目を泳がせる。
バケモノの妹が、マリちゃんならば。
バケモノを、彼らが帰るときにさっき見た、というならば。
そのバケモノとは、小椿さんである可能性が高いのではないだろうか。
「なぁ、そのバケモノって言うのは」
僕の声を遮りマリちゃんは
「ねぇ、お兄ちゃん、足痛くてマリ、疲れちゃった。こんな場所から早くどっか行きたいから、おんぶして、連れてって。」
言い切る前にマリちゃんを抱え上げ、俵のように担ぎ。
「じゃ、少年たち、失礼するよ」
捨て台詞を吐いて、マンションから遠ざかった。
何故、家の中、マンションへとマリちゃんを連れて帰らないのかといえば、もちろん、先ほどの話について、詳しく聞くためである。小菊さんには内緒で。
小学生女子にごまかされるほど、僕はバカではない。僕にはすべてを聞かなければいけない理由があり、そして期限もある。
米俵状態の少女は、突然の出来事に声も出ないようで、僕に担がれるがままになってしまっていた。
おとなしい多々良さん、というのも、存外珍しいかもしれないな、とぼんやり思った。
「それで、マリちゃん。教えて欲しいですが」
マンション近くにある、小さな神社の裏手で、僕とマリちゃんは向かい合っていた。
所在なさげに彼女は玉砂利を蹴る。
「バケモノ、ってどっち? 小菊さん? 小椿さん?」
「小菊ちゃんの方。女装してるから。声変わりしたら、恐ろしい事になって、まさしくバケモノになっちゃうから、そう呼ばれてる。」
あ、これダウトと言えないぞ。
確かに、理由としてあり得そうで困る。身内に女装男子がいれば、からかわれることもあるだろう。
「でもね、僕は小椿さんがそう呼ばれていた気がするです」
「お姉ちゃんはバケモノなんかじゃない」
知ってるよ。だけど、マリちゃん、そういうことじゃないんだ。
「取引をしましょう、マリちゃん」
「応じません」
キッパリと、言葉を切られてしまった。さすが多々良の名を冠する一員である。
小菊さんに取引を持ちかけられた時も、マリちゃんのように断れば、彼女が同性であるか調べられたのだろうか。いやいや、首を横に振ろう。
小菊さんの性別は今は関係がない事だ。
「消えたウサギがいる場所を教えます」
息をのむ音。それから、乾いた笑い。
「嘘つき」
「僕は、自分自身に嘘はつくけど、他人に嘘をついたことなんてないですよ」
「さっき、私が妹だって、嘘ついた」
義理の兄弟になるかもしれないじゃないか。という一言を飲み込んで
「マリちゃんから聞きたいことは、本当はバケモノの事なんかじゃなくて」
本題を切り出す。
「何故僕はマリちゃんを好きにならなきゃいけないのか―――ってこと。言ってたよね、この前に」
バケモノと呼ばれていたのは、十中八九小椿さんで、その理由としては『この街で起こした何らかの事件』があげられる。
彼女たちの言葉一つずつに意味があるのなら。
マリちゃんの言葉にだって、何か意味がある。
顔をそらし、どこか遠くを見つめているマリちゃん。
言葉を発するのを躊躇っているのか、何かを考えているのか。
「僕が、マリちゃんを好きにならなければいけない理由―――って何ですか?」
「好きになって欲しいから、だよ」
「僕のことを大して好きでもないくせに、マリちゃんがそういうことを言う理由が知りたい。自分を多々良と言い、僕がマリちゃんを好きになるように仕向けようとする、その理由は何ですか?」
湧いていた疑問を、一つずつ解消する状況まで来ているんだ。放置したままで、いていい時期はとっくに過ぎた。
答えにたどり着くまでの計算式を作るために、僕は、マリちゃんに詰め寄る。
「だから、お兄ちゃんのことが好きだからって言ってるじゃん」
神社の境内、その裏手ある、小さな倉庫の壁。数時間前の小菊さんと同じようにマリちゃんを追い詰めるに適している。
夕日の影になり、誰も通らない、薄暗い場所。
逃げ場なく、マリちゃんは壁と背中をくっつける。
「好きっていうのはね、マリちゃん。そんなに簡単なことじゃないんですよ」
「なに、をするつもり、なの。お兄ちゃん」
靄が勝った顔に、近寄る。腰を落とし、目線を合わせる。ゆらゆらと揺れる瞳はマリちゃんのもの。
「マリちゃんが、本当に僕が好きなら、きっと、今からすることは、嬉しい事だ」
ゆっくりと顔を近づけ、彼女の唇へと向かえば―――。
靄が晴れた。




