表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超弩級超重ゴーレム戦艦 ヒューガ  作者: 藤 まもる
第6章 アスティリアス貿易編
70/75

第57話「魔王様、作戦を開始する」

エスパーニャ暦5543年 4月2日 14時00分

外海 超海流東3キロ

魔王城5階 司令の間


 俺は玉座から立ち、前方へ向かい、司令の間の窓から海を見た。

 天気は晴天、真っ青な海の向こうには、魔王海軍・外海派遣艦隊が先行して先を進んでいる。


 俺はその艦隊の姿を見て、思わず口に笑みを浮かべた。

 なにせ目の前には『ぼくがかんがえた、さいきょうのかんたい』が現実にいるのだからな。



 外海派遣艦隊は3列の並列単縦陣を組み、海上を東進している。

 中心列は、先頭に旗艦である生体巡洋艦、デーモン・ロード。

 後続に強襲揚陸艦サイコパス、鉄甲竜騎母艦リスペリドン、輸送船スフィアが続く。


 左列にはアーク・デーモン級駆逐艦、アーク・デーモン、サスペリア、シャイニングが単縦陣、右列には、キャリー、バタリアン、ゾンゲリアが単縦陣を組んで航行している。

 以上、総勢10隻の外海派遣艦隊が、綺麗に整列して海原を突き進んでおり、その2千メートル後方を魔王船が同針路で航行している。

 魔王船に比べれば、圧倒的な存在感こそないが、10隻の鉄でできた猛き艨艟もうどう達は、精悍な力強さを感じさせ、なかなかの迫力である。



 今回、この外海派遣艦隊は、エンリケ局長自ら指揮しており、副官のガスパールさんも一緒だ。

 レムノス防衛の指揮は、元大砲長を司令とし、駆逐艦3隻、警備艇10隻を率いて行なっている。


 駆逐艦、巡洋艦は竜騎を搭載可能だが、今回は適切な竜騎がいないので空であり、代わりに鉄甲竜騎母艦に、偵察騎カタリナ種4騎、戦闘騎マッキ・フォルゴーレ種4騎を搭載している。


 通常、竜騎母艦は小型竜を搭載するものだが、地上用の中型竜マッキ・フォルゴーレ種も竜騎母艦で運用できなくはない。

 しかし、とある問題があるので、小型竜を14騎積める鉄甲竜騎母艦でも、最大6騎程度しか搭載できないのだ。

 その問題とは、ズバリ餌だ。

 大きな体を維持するために、中型竜は結構大飯ぐらいの傾向があるのだ。


 地球の空母の艦載機を考えれば、航空機は飛行しない限り燃料を消費しない。 

 しかし竜騎の場合は体を維持するために、どうしても毎日の食事と水が必要で、飛行することが無くとも餌を消耗し続ける。

 ゆえに、作戦行動日数分の餌は必ず必要になる。


 なので中型竜を沢山載せると、準備する餌も膨大になり、それにスペースを取られて竜騎母艦の搭載騎数が減るわけだ。

 だから各国は品種改良で、餌の消耗を抑えられる小食の小竜を開発し育てるわけだね。


 しかし竜騎母艦というのは面白い艦種だね。

 なんというか、地球の空母はよく「移動する工場」と例えられるが、竜騎母艦は「移動する動物園」と例えることが出来るだろう。

 艦内には竜が入った檻がたくさんあって、毎日乗員がボロを海に捨てている。匂いや雰囲気も動物園によく似ている。



 さて、今回なぜ外海派遣艦隊が出動したかというと、記念すべき魔王海軍最初の作戦を実行するためだ。

 名称をオペレーション・ウォッチタワーという。

 作戦目的は、哨戒線の形成及びアルコン海軍の動向の偵察だ。


 俺たちの想定では、もしアルコン海軍が動くなら、今年か来年の可能性が高いと踏んでいる。

 今年動くなら標的はレオン王国、来年動くならアスティリアス王国の公算が高い。よって今回の作戦で、アルコン海軍の動向を見極めるつもりだ。


 オペレーション・ウォッチタワーでは、魔王船は貿易を行なわなければならないのでサポートに回り、外海派遣艦隊が作戦の主になる。

 魔王船と外海派遣艦隊はこれから2手に別れ、それぞれの任務を行なうつもりだ。


「ソール。まもなく分離予定海域に到着するわ」


 玉座前、オペレーター席にいたパッツィが、マルガリータの報告を聞き、俺に声をかける。


「分かった。ブレイン、魔導通信機を巡洋艦デーモン・ロードに繋げろ」


「ハッ、繋ぎました。マイクでお話下さい」


「ありがとう。エンリケ局長、聞こえますか?」


「こちらエンリケ、よく聞こえます魔王様」


「分離海域に到着しました。これより魔王船は南下を開始します。後の作戦はお任せします。道中、くれぐれも気をつけて下さい」


「分かっております。魔王様、そちらもどうかお気をつけて。これより我が外海派遣艦隊は作戦を開始します。通信終わり」


「よし、キャプテン・キッド。南へ針路変更、魔海暖流に向かう」


「御意。面舵10度、針路160度。魔海暖流を指向します」


 魔王船はゆるやかに艦首を南に向け、低速で魔海暖流への針路を取る。

 外海派遣艦隊は魔帆走で東進を継続、魔王船から遠ざかっていった。


 さて、作戦は開始されたものの、ここからの魔王船の旅程はノンビリしている。

 バルバドスへの到着予定は5月末、今から約2ヶ月先だ。

 魔海暖流をゆっくり南下しつつ、ひたすら魔道具と缶詰を作り、梱包作業をして倉庫に並べる作業を行なうことになるだろう。





    超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ

   ⇒第6章 アスティリアス貿易編





エスパーニャ暦5543年 4月10日 9時20分

レムノス島北東1150キロ レパント海海上

生体巡洋艦1番艦デーモン・ロード ブリッジ


 外海派遣艦隊、旗艦デーモン・ロードは、艦首、艦尾、両舷に寄生魔獣の大きな眼球を持つ、特徴ある外見を持っている。

 これら異形の10隻の鉄船艦隊は、魔王船と分かれた後、魔力を節約しつつ魔帆走を行い、北東方向に8日間航行した。


 旗艦デーモン・ロードのブリッジに陣取るエンリケ局長は、久しぶりの遠洋航海に上機嫌で、周りの船を観察する。

 彼が率いる艦は、いずれも魔王海軍の最新鋭の戦闘艦で、すべてが鉄製、高威力の武器を搭載している。シーダーツや寄生魔獣による集中コントロールなど、技術水準では他国と1線を隔している艦隊だ。


 そんな艦隊を率いることができて、自分はなんと幸運なことか。

 これもあの魔王ソールヴァルドに出会ったのが、全ての始まりとなっている。


 自分は実に素晴らしい主人に仕えることができた。

 エンリケ局長は、魔王に出会えたことに心から感謝した。

 あのままレオン海軍にいたのなら、彼はこれほどの艦隊を率いることができず、定年までパトロール艦隊司令で終わった事だろう。



 しかし、無論引け目は感じる。

 部下を沢山亡くしてしまったし、なりゆきでレオン海軍のパトロール艦隊司令から魔王国の海軍局長になってしまった。

 亡くなった部下のリストと状況報告は、レオンに帰った部下に渡してある。残された部下の家族には、すべて手紙を出しておいた。


 ある意味でエンリケ局長は、レオン海軍からは「裏切り者」と思われているかも知れないが、魔王はアルコンを敵とし、パルマ、バレンシア奪還を目指し、レオン王国を助けるつもりだ。自分もそれに協力しアルコンに勝利することで、間接的にレオンへの報国に繋がる。とエンリケ局長は信じる。

 


 それに理屈ではなく嫌な予感もする。

 実際に手合わせしてみて、アルコンの新型艦の強さはよく分かっている。魔王は次の戦いでは、さらにアルコンが新兵器を投入すると考えており、兵器の開発に余念がない。

 どうも近くで見てみると、魔王ソールヴァルドは、何か確信があって動いているように見える。


 アルコンの技術開発は凄いものだが、魔王の技術開発も負けず劣らず凄いと言える。

 これを見ると、エンリケ局長はあの伝説を思い出す。

 すなわち覇王と魔王。


 あるいは魔王様は覇王の復活を予期しているのか?

 ならば……

 ひょっとしてレオンやアスティリアスが敗れる未来もあるえるのか?


 ならば最悪、アルコンが優勢になるとしても、魔王軍でアルコンを撃退しなくてはならないだろう。

 そのために自分の力は役に立つ。


 とりあえず今は先のことはいい、目の前のミッションを完遂するのみだ。

 と、エンリケ局長は考え、厳しい目で未来を見据える。



 4月10日より3日間。

 外海派遣艦隊は、レパント海で演習を実行。

 13日に針路を北北東にとって進行。


 鉄甲竜騎母艦から偵察騎を繰り出し、マッキ・フォルゴーレ種に上空をカバーしてもらいつつ、慎重に北上。

 夜間に、アルコン湾から800キロ南西まで近づく。

 オペレーション・ウォッチタワー、第1段階の開始だ。


 巡洋艦と駆逐艦は、鉄甲竜騎母艦、生体強襲揚陸艦サイコパス級を中心に散開、周辺の警戒に当たる。

 なおサイコパス級にはバトラメイド100名が乗っているが、これは船に馴れる為の訓練で、今回のミッションには組み込まれていない。


「局長。サイコパスより連絡。潜水艇放出準備よし!」


「よし、ただちに放出を開始せよ!」


 エンリケ局長の命令を受け、強襲揚陸艦は後部ハッチを開いた。

 強襲揚陸艦後部は、ウェルドックになっており、細く長い「潜水艇」が横2列で合計16隻搭載されている。

 これは小型の潜水艇で、地球ならミゼット・サブマリンと分類されるだろう。


 この潜水艇は、魔王が新たに開発した、寄生魔獣のみ搭載可能な「生体偵察潜水艇 オクトパス級」だ。

 この艦を様々な海域に配置することにより、アルコンの動向を探るのだ。



■生体偵察潜水艇 オクトパス級


全没排水量 30トン

全長 16メートル

全幅 1・6メートル


主機関  魔導ポンプジェット1基1軸

     折畳み式甲翼帆 マスト1本


最大水中速度  6ノット

水上帆走速度  3ノット

水上魔帆走速度 10ノット

最大可潜深度  30メートル

航続距離 魔力結晶による


最大乗員 寄生魔獣のみ


その他  魔導海中探知機

     魔導通信機

     ゴーレム鳩

     水密ハッチ×2

     貨物スペース


装甲種別 鋼鉄、ミスリル複合装甲


寄生魔獣重量 1トン



 偵察潜水艇4隻は、夜の闇に紛れ、次々にウェルドックから海上に出た。

 船体の外見は涙滴型ではなく、日本海軍の伊号のような船型で、寄生魔獣のみを乗員とする。

 船体前部には司令塔が存在し、潜水艇らしい外見だが、潜望鏡、シュノーケルは存在せず、寄生魔獣の触手の擬態潜望鏡、擬態シュノーケルによって偵察を行なう。


 水中での速度が遅いので、普段は海上を魔帆走で移動、偵察時に潜行を行なう。

 そのため、司令塔の背後に折り畳み式の甲翼帆マスト1本を持ち、海上を帆走時に展開する方式になっている。


 特筆すべきは艦首に装備された魔導海中探知機であり、レムノス製のコピーではあるが、擬態潜望鏡を出さずに周囲5キロ範囲の船舶を捕捉できる。

 これらの装備によりアルコンの戦闘艦を捕捉、追跡し、テレパシーや魔導通信機、ゴーレム鳩で味方に通報するのだ。



 4隻の偵察潜水艇は、甲翼帆を展開し、一路北東に進む。

 彼らは昼は潜行、夜は魔帆走することにより、アルコン湾入り口に辿りつき、見つからないように海中に潜伏し、アルコン艦の出入りを監視するのだ。

 放出作業を40分で終えた艦隊は、再編成を行い、素早く南下して、アルコンの哨戒網から離脱した。



 4月23日。

 ルシタニア近海に夜間接近した外海派遣艦隊は、再び4隻の潜水艇を放つ。

 うち2隻は、ルシタニア海軍の動向を探り、残りの2隻はパルマ島のアルコン軍を監視する。



 4月24日。

 外海派遣艦隊は2手に分離する。

 本隊は西へ進み、カナリア諸島とバニア島の中間あたりに、4隻の潜水艇を放ち哨戒ラインを引く。

 分隊は巡洋艦デーモン・ロードと駆逐艦アーク・デーモンの2隻で、北西のアルコン湾入り口に移動した。

 彼ら分隊は、特殊な方法で情報収集を行なう。





エスパーニャ暦5543年 4月27日 14時00分

ドルレオン島 南300キロ海上

魔王船


 魔王船は魔道具と缶詰を作りながら、海流に乗って緩やかに南下をしている。

 魔王船乗員は、すでに1回避難訓練を行なっている。

 これは戦闘時の備えで、第5デッキ居住区住民は、魔王船が戦闘に入るとヴァイタルパート内の商店街に避難する手はずになっている。

 商店街には、避難シェルターを召喚で設置している。


 現在魔王船には、航空戦力として、マッキ・フォルゴーレ種9騎で編成した防空飛行隊、及びカタリナ種8騎で編成した偵察騎隊が存在する。

 これで今のところ索敵と防御は充分だろう。

 問題は攻撃だね。


 というわけで俺は召喚宝典を出して、召喚できる竜騎を調べた。

 するとアンデッドドラゴンやスケルトン竜騎兵が呼び出せることが判明した。


 ふむ。

 たしかシーリッチは竜騎に乗れたな。

 丁度いい。

 あいつらを隊長にしよう。


 そう決めた俺は、シーリッチのゼルギウス、エッケハルトと共に、召喚の間に向かう。

 スケルトン竜騎兵は、通常と上級に分かれており、当然上級のほうが腕が良いが、魔力の消耗が大きい。

 とりあえず俺は、飛行隊を2個作るため、通常のスケルトン竜騎兵を18体呼び出した。

 能力が不足するなら、また後で召喚すればいいだろう。


 それから俺たちは第4デッキに移動、アンデッド竜騎を呼び出す。

 アンデッドワイバーンはデスグライダー種とデスウイング種があり、デスウイング種のほうが上位クラスらしい。

 悩んだが、魔力を節約できるので、デスグライダー種9騎を呼び出した。

 召喚の間以外では、召喚は1騎ずつしか出来ないので、時間がかかる。


 爆撃騎9騎はデスボンバー種しか無かったので、これを召喚。

 アンデッドドラゴンには急降下攻撃騎は無かった。アンデット竜の大きさは、中型竜と同等だ。



 さて次はシーリッチの隊長騎だ。

 キメラワイバーンとキメラドラゴンとかいう種類があったので、これを呼び出す。

 どちらも非常に高い能力をもつ竜騎で、その分呼び出す魔力も大きいが、部隊が全滅してもシーリッチだけは逃げ帰れるようにしておきたいのだ。


 というわけで、俺はキメラワイバーンのトーネード種、キメラドラゴンのサンダーボルト種を召喚した。

 共に4枚羽で、トーネード種が銀の鱗、サンダーボルト種が金の鱗だ。図体はかなりデカく、大型竜相当だ。強そう。


「よし、これで召喚は終了だ。ゼルギウス、お前に骸骨飛行隊スカル・スコードロン隊長を任ずる。エッケハルトよ。お前は死神飛行隊デス・スコードロンの隊長だ。よく訓練に励み、いつでも活躍できるようしろ」


「「ハハッ、お任せ下さい魔王様」」


 骸骨飛行隊スカル・スコードロンは、ワイバーン主体の戦闘騎隊、死神飛行隊デス・スコードロンは、ドラゴン主体の爆撃騎隊だ。

 これらが敵艦隊を攻撃する竜騎隊となる。


 言い方は悪いが、アンデッドを攻撃隊にして先制することにより、他のドライバーの人的損耗は最小限に抑えられると思う。

 これで魔王船は、3個飛行隊を保有することになった。





エスパーニャ暦5543年 5月1日 18時00分

アルコン湾南西500キロ海上

生体巡洋艦1番艦デーモン・ロード ブリッジ


 海を赤く染めていた夕日が急速に沈み、夜のとばりが下り始める。

 この世界には月が存在しないため、地球に比べれば、夜の海は驚くほど暗い。


 その薄暗くなった海に、デーモン・ロード級巡洋艦1番艦、デーモン・ロード。

 アーク・デーモン級駆逐艦1番艦、アーク・デーモンが、微速前進でアルコン湾方面に艦首を向けていた。

 ブリッジのエンリケ局長の席に、副官ガスパールが報告を行なう。


「現在18時10分、オペレーション・ウォッチタワー第2段階開始まで、あと20分です」


 これより、エンリケ局長が指揮する巡洋艦1隻、駆逐艦1隻で編成された、外海派遣艦隊の分隊は、大胆不敵にも闇夜に乗じてアルコン湾内に潜入、強行偵察を行なう。そして日が明ける前に、アルコン竜騎の哨戒圏外に素早く離脱するのだ。


 その為に分隊は、昼頃からアルコン湾に接近、何度か警備艇をかわしながら、突入のベストポジションについたのだった。

 エンリケ局長は局長席に座り、以前交わした魔王との会話を思い出す。


「魔王様、アルコン湾内での情報収集ですが、どのように行なうおつもりですか?」


「それなんですが、実は偵察用の空中魔獣をすでにアルコン、ルシタニア、バレンシア領内に放っております」


「召喚で呼び出したというわけですか、便利なものですな」


「この空中魔獣は、アーク・デーモンやデーモン・ロードとテレパシー交信を最大500キロの範囲で行なえます」


「つまり、その範囲まで船で近づいて情報を送って貰うわけですな」


 エンリケ局長としては、その空中魔獣の詳細を知りたかったが、魔王は話したくないそぶりだったので、あえて聞かなかった。

 まあ世の中には、知らないことが良いことも沢山あるのだ。

 と、この件に関しては、局長はそれで納得することにした。


「現在18時30分、局長、時間です」


「よろしい。第2段階を発動する。セイリングカット、航行は魔走のみとする。針路北東 第1戦闘速度」


「セイリングカット、針路北東 第1戦闘速度!」


 局長の指令により、作戦第2段階がスタートした。

 巡洋艦と駆逐艦が、薄暗くなった海を単縦陣で突き進む。


「増速せよ。最大戦速。見張りを厳とせよ」


「最大戦速へ移行!」


 先頭を行く巡洋艦デーモン・ロードは、最大魔走速度18ノットでアルコン湾に突入。

 後続の駆逐艦が同速度で、巡洋艦について来る。


 今回アルコン湾に潜入するにあたり、竜騎が飛行しない夜に情報収集を行なうことになった。

 敵の勢力圏内で作戦を行なうことができる方法、それが巡洋艦に特殊装備しているある機能によって実現化できた。

 

 巡洋艦デーモン・ロードには、艦首、艦尾、両舷に寄生魔獣の大きな眼球がついている。この眼球の巨大な角膜、水晶体、太い視神経によって、目視による索敵能力が大幅に向上した。それに加え、光闇魔法レベル1の闇目ダークビジョンにより、高い夜間索敵能力を持つ。これらの機能により、アルコン湾に潜入して偵察するという、大胆な作戦が可能になったのだ。


 この世界の夜の海は非常に暗いので、闇目ダークビジョンを使用した見張りによる通常の索敵距離はせいぜい2千メートル。敵船が明かりを使っているなら、もっと遠くから分かるが、戦闘海域で夜間にランプを使用する間抜けな軍艦はそうはいない。

 まれに夜戦が発生することもあるが、距離2千メートル以内での戦闘になるので、敵味方双方極めて危険な戦いになる。


 しかし巡洋艦デーモン・ロードの夜間索敵能力なら、夜間でも最大1万メートルの範囲の船を発見できる。

 アルコン側に気付かれずに、作戦を遂行できるはずだ。


 突入を開始して30分、巡洋艦の巨大眼球が船影を捉える。

 台座に鎮座している寄生魔獣デーモン・ロードの声が、真っ暗なブリッジに響く。


「10時の方角、距離7千メートル。貨物船と思われる船影4隻確認。針路西方向」


「ふむ。面舵10度、貨物船と距離をあけろ」


 エンリケ局長は、デーモン・ロードの夜間視認能力にあらためて驚く。

 10時の方角を見ても、真っ暗な海が続くだけで、まるで船が見えない。


 こいつを夜間戦闘で使えば無双できるかも。

 と局長は考えたが、世の中そんなに甘い話はなかった。


 夜間砲戦を行なうと、砲から閃光が発生するために、敏感すぎる巨大眼球が麻痺してしまうのだ。

 ゆえに夜間は索敵にしか使えないが、相手を先に発見して先手を取れるので、これだけでも非常に優秀な能力と言える。

 突入1時間後、新たな船影が見えた。


「10時方向、距離1万2千メートルにランプをつけた船影発見。客船と思われる。針路東」


「2時方向、距離8千メートル。警備艇と思われる船影2隻確認。針路西」


「針路そのまま」


「ヨウソロ」


 巡洋艦と駆逐艦は、そのまま全速を維持し、警備艇と客船の間をすり抜ける。

 その後も数度、漁船と警備艇をかわし、分隊はアルコン湾内部に入り込んだ。

 相変わらず最大戦速を維持しながら、2隻は深夜の海を疾駆する。


 深夜12時半、アルコン湾内部180キロにまで侵入成功。

 暗くて見えないが、ここから北に300キロ向かえばビスケー湾入り口、さらに1500キロ進めばアルコン帝国心臓部、首都アルコン・キュベレーだ。南へ400キロ南下すれば、ルシタニア王国に着く。


「デーモン・ロード、テレパシー範囲内にまだ入らないか?」


「まだです。現在こちらから呼びかけ中」


「アルコン湾侵入限界ラインは200キロだ。でなければ日が昇る前にアルコン湾を離脱できんからな」


「了解です」


 局長は、局長席の横の台座に鎮座するデーモン・ロードと会話し、続けて副官に声をかける。

 

「ガスパール、アルコンは思ったより手薄だったな」


「はい。連中もまさかこんな奥深くまで侵入されるとは思っていなかったでしょう」


 さらに30分経過、デーモン・ロードの呼びかけに、アルコン湾とルシタニア北部に潜入していた寄生魔獣達から情報が送られ始めた。


「来ました。テレパシー通信中。終了まで約40分ほどかかります」


「分かった、減速だ。両舷原速前進」


「両舷原速前進!」


 2隻の船は急速に減速。

 デーモン・ロードは別室の分体へ情報を送り、分体は物凄い速さで、羊皮紙にこの1年で入手した情報を書き込んでいく。

 5分後、デーモン・ロードは巡洋艦に接近する船影を捉えた。


「11時方向に複数の船影確認。距離7千500メートル。艦数は8、大型艦2、小型艦6。パトロール艦隊と思われる。進路南南西」


 ブリッジに緊張感が走る。

 このままの針路で進めば、発見される可能性が高い。


「11時方向の船影。距離7千メートル。作業終了まで25分」


「針路変更、面舵5度。艦首を南へ」


 局長の指令を受けて、2隻は緩やかに針路を変更していく。


「11時方向の船影。距離5千500メートル。作業終了まで10分」


 静まり返ったブリッジにデーモン・ロードの声が響く。

 局長は額の汗を拭きながら、じっと席で待った。


「11時方向の船影。距離4千800メートル」


「まだか?」


「……今、終わりました」


「よし、最大戦速。ただちに海域を離脱せよ!」


 情報収集を終えた外海派遣艦隊の分隊は、急加速。

 アルコンのパトロール艦隊を背に、急いで南下を開始した。


 朝5時。

 太陽が昇る頃、2隻はアルコン湾をギリギリで脱出した。



 翌日の5月2日。

 外海派遣艦隊分隊は、再び夜間にバレンシアとパルマ島中間部に北から潜入。潜入していた寄生魔獣より情報を収集。

 任務を終えた2隻は、本隊と合流するため、カナリア諸島北沖から西に西進した。今頃本隊もレパント海で潜水艇4隻の放出を完了し、待機していることだろう。


 エンリケ局長は魔王から許可を受けていたので、収集した情報を1人で読んだ。

 アルコン湾の状況を読み、エンリケ局長は驚く。


「うーん、まさか……」


 情報によれば、アルコン湾の大型ドックには大型軍艦が多数入渠しており、改装工事を行なってるとのことだ。

 今年の9月あたりのレオンとの開戦を予想していたエンリケ局長は、予想が外れたことになる。今年開戦ならば、とっくに大型ドックは空になっているはずだ。


 つまりアルコンの狙いは、魔王様の予想通りアスティリアスなのか……?

 まだ完全な確証は得ていないが、その可能性が高くなったことは間違いない。

 こいつは困ったことになったな。とエンリケ局長は思った。

 

 レオンとの開戦なら、魔王軍は後方支援メインで介入すればいいが、アスティリアスとなら、魔王国やバルバドスが直接影響を受ける。アスティリアスが敗北すれば、魔王国は内海に封じられる可能性が高く、それを阻止するために魔王軍はアルコンと直接ぶつかることになるだろう。

 

 エンリケ局長は部屋に戻り、ゴーレム鳩で魔王に報告するため、作戦成功の報と状況分析を手紙にしたためる。



 5月6日。

 本隊と無事合流した外海派遣艦隊は、アスティリアス方面へ南下を開始。

 16日にアスティリアス北600キロに到達。

 ここでも潜水艇3隻を放出。


 これで外海派遣艦隊のオペレーション・ウォッチタワーの任務は終了だ。最後にバルバドス付近にいると思われる魔王船に、報告のゴーレム鳩を送る。


 あとは北上してしばらく演習、1ヵ月後にのんびりレムノス島に帰還する予定である。

 しかしホッとしたのもつかの間、東に放っていた偵察騎から急報があった。副官ガスパールよりの報告。


「局長、索敵3番騎より連絡。東方向距離350キロで国籍不明艦隊を発見。竜騎母艦1、フリゲート、クルーザー、コルベット多数。針路西南」


「国籍不明艦隊? しかも竜騎母艦か。気付かれたな?」


「恐らくは、しかし偵察騎は雲に紛れて後退、竜騎の追撃は受けていませんが……」


 ガスパールが話し終わる前に、再び伝令が飛び込んできた。


「報告。索敵2番騎が北東方向、距離400キロで船の残骸を発見。付近に船影なし」


「ふーむ。こいつは……」


 国籍不明艦隊、そのすぐ近くで船の残骸。

 考えられる可能性としては……


「局長、以前アッシャー号が竜騎に襲われたことがありました。連中は海賊でしょうか?」


「その可能性はあるが確定ではない。ともかく、今回の作戦はできるだけ秘匿するのが魔王様の方針だ。戦闘は極力避ける。偵察騎を呼び戻し、わが艦隊は北上し距離をとるぞ」


 局長の命令により、外海派遣艦隊は北上を開始。

 国籍不明艦隊より600キロ北に移動、念のため南と南東に偵察機を差し向けたが、発見したのは遠洋漁船2隻のみだった。安心したエンリケ局長は、漁船が通り過ぎるのを待ち、19日より演習を開始した。





エスパーニャ暦5543年 5月27日 10時00分

魔族国バルルバドス 首都ラヴィアンローズ沖

魔王船5階 指令の間


 やっと魔族国につきましたよ。

 ここに到着する前に、アスティリアス西沖で潜水艇3隻を放出、そのまま首都にやってきた。10日ほど前にエンリケ局長が放った便りも回収してある。


「4時方向、距離3千、高度500にバルバドス偵察騎2騎、こちらに接近中」


 見張りの声が響く。

 今回は先にゴーレム鳩で連絡しておいたので、バルバドスは落ち着いているようだった。


「8時方向、距離2千、高度200に黄金ロケット、こちらに接近中」


 お、来たな。

 俺が連絡ついでに呼んでおいたのだ。

 書類を持って俺は指令の間横の見張り台に出た。


 飛んできたロケットは、見張り台上空で姿勢を変更、噴射口を下に向けながら見張り台に着地した。


 シュゴゴゴゴ ズン! ジャキジャキジャキ!


 黄金ロケットは色々な形にひん曲がり、○ッターロボのような変形を見せて、内部から手や足、顔が出てきた。1年ぶりくらいのロケット外交官だ。 

 奴は金メッキの男前な顔で俺に笑いかける。口が動いているだけだが。


「ハッハッハッ、魔王様、お久しぶりでございます」


「よう。お前も元気そうだな、黄金の悪魔君」


「これはお戯れを、その二つ名は周りがつけたもの。私が名乗っているわけではありません」


「仕事はまじめにやっているようだから、それはいい。まずお前に資料を渡す、後で読んでおいてくれ。機密もあるから取り扱いに注意しろよ」


 そういうと俺は書類の束をロケット外交官に渡す。

 ロケット外交官は胸のカバーを外し、中に書類を突っ込む。

 おお、便利だなそれ。

 ゴーレム鳩以外に書類も入るのか。


「それと最新の情勢だ。偵察情報により、今年のアルコンとの開戦の可能性は低い」


「ふむ。ということはやはり……」


「確定ではないが、アスティリアスに来る可能性は高まった。しかしアスティリアスやバルバドスには言うなよ」


「ハッハッ、分かっておりますとも。戦争の可能性があれば両国は輸出を絞るでしょうから、魔王様の商売に影響が出かねません」


 ちゃんと分かってるじゃないの。

 こんな格好でも外交官の能力は、キチンと持っているということか。


「しかし来年は注意が必要だ。もし事が起きれば、すぐにイチゴときなこ、バトラメイドを回収する船を送る。だが悪いが、お前は最後までここで仕事をやって欲しいのだが、頼めるか?」


「もちろんですとも魔王様。私は戦う力もありますし空も飛べます。なに、危なくなったらバルバドスかアルボラン半島に逃げますとも」


「すまんがヨロシク頼む」


「ハッハッハッ、問題ありません。では次の話を、バルバドスでの日程を組んでおりますので……」



 というわけで、魔族国バルバドスへ2回目の訪問となった。基本的な動きは1回目とあまり変わらない。


 上陸する面子は同じで、局長達は人を募集しながらアスティリアスへ移動。

 俺は4大魔公爵、統制カウンシルに挨拶、晩餐会、きなこ達の様子見などなど。

 1週間ほどバルバドスに滞在し、6月4日にアスティリアスへ移動、久しぶりのベルタさんとの会合後、商売の開始だ。

 

 今回魔道具のほうは、前回より3倍程度の数を揃えた。

 だが缶詰のほうは、頑張ったが14万9千個が限界だった。


 需要は26万+100万+αなのでまるで足りない。

 レオンに2万個で、それ以外はアスティリアスとバルバドスに流すことになった。

 一応ベルタさんに謝っておいた。


「いやぁすみません。なんか急だったもんで、缶詰全然足りませんよねぇ」


「しかたないですよ。そう思って値段は釣り上げたわけですから。ただ先方からは矢の催促で」


「やはり貿易は1年に1回では限界がありますね。輸送船を仕立てて年に3回くらいは来る必要があります」


 そうだな、武装輸送船を2隻準備して、定期的にこっちに缶詰を送ったほうがいいね。

 生産はレムノス島が缶詰王国になる勢いで作るしかないか。


 販売のほうはすでに商人の予約で埋まっており、次から次に商人がやってきて売買契約をし、3日ですべてがはけた。なんというスピード。

 総売り上げは金貨252600枚となる。


 後はこことグレナダで荷物を受け取り、前回と同じくレオンへ輸送。

 今回は竜騎40騎、物資4千トンの輸送を請け負う。

 売り上げは金貨81200枚だ。


 そこから税金と関税を抜けば、金貨227340枚、無理やり換算で日本円で22億7340万円程度になる。

 前回の貿易より3倍ちょっと多い計算になる。大分余裕が出てきたな。


 移民のほうは、バルバドスから500名。

 マリオ組66名、シャルル組103名、海軍組198名。


 マットロック近辺でもまだ移民を募集できそうだったが、今回はスルー。問い合わせがあった探索者見習い6名のみ引っ張った。


 スルーしたのはこちらの事情だ。スプリガンの労働力を船の製造にかなり使っているのだ。なので充分な村を用意できない。せいぜい今年は村3つほどを作るのが精一杯だろうと思われる。

 


 6月9日。

 魔王船はアスティリアスを出発。

 一路グレナダ王国へ。

 航行中にアスティリアス東沖で潜水艇3隻放出。

 グレナダ王国にて荷物を受け取るとともに、再びビジカ商会へ。


「お久しぶりです魔王様。カルロッタ・ビジカです」


「こんにちはカルロッタさん。今日は竜騎を買いに来ました」


 というわけで竜騎購入。

 偵察騎マッキ・アエロナウティカ種10騎。

 爆撃騎マッキ・サエッタ種30騎とした。

 これでレムノス島、魔王船とも一応航空戦力は揃うか。


「ところで魔王様。半年前から新型重戦闘騎の販売が開始されたのですが、買いませんか?」


「新型重戦闘騎?」


「はい。名前はマッキ・ヴェルトロ種といいまして、高速性能、耐久力共に高いです。それに鱗型自動空戦フラップもありますし、空戦能力も高いですよ」


「でもお高いんでしょう?」


「まあ値段は、5年縛りで1騎金貨600枚ですが、ハハハ……」


 うん。

 マッキシリーズにしてみれば、バカ高いな。

 しかし隊長騎にちょうどいいかもしれない。俺はお試しに5騎購入することにした。今回は金に余裕もあるしね。



 6月16日。

 荷物を積載し、グレナダ王国出発。

 レオン王国へ行く途中、アルボラン半島沖で潜水艇3隻放出。

 これでオペレーションウォッチタワーのノルマは達成した。


 23日にレオン王国に到着。

 荷物をレオン内に運ぶ。

 その際、レオン王国の外交官がやって来た。聞き取り調査に来たらしい。


 おおよそのことは以前帰還した者から聞いたらしいが、俺は詳しい経緯を説明してやった。なにか軍事的な要請をされるかと思ったが、外交官からは「できるだけ缶詰を送ってください」と要請された。


 なるほど。

 レオンの認識では魔王国は、軍事力ではなく缶詰生産国の枠に入っているのか。

 まあ兵站は大事だけどね。


 それとレオンから魔王国に連絡官を派遣、受け入れの要請もされた。さすがに旧バレンシアの住民を放っておくわけにはいけないと考えているのか。


 それにしたってレオン王国の旧住民への対応は宙ぶらりんだよな。俺だって旧バレンシア住民だぞ。まあ領主も死んだようだし、アルコンとの戦争を前に余裕が無いのは分かるけどねぇ。


 ともかくも、レオンと友好を結ぶ良い機会なので、連絡官は受け入れることを了承した。





エスパーニャ暦5543年 6月30日 15時30分

アスティリアス北600キロ海上

生体巡洋艦1番艦デーモン・ロード ブリッジ


 演習を終えた外海派遣艦隊は、西への移動を開始していた。

 予定の作業はすべて終えたので、あとはノンビリとドルレオン島北を通って、超海流前で魔王船と落ち合うだけだ。

 しかし、平穏にはこの航海は終わりそうになかった。

 副官バスパールがエンリケ局長に、先ほどの魔導通信機での連絡を報告する。


「局長、索敵1番騎より報告。東方向距離300キロに国籍不明艦隊。竜騎母艦1、クルーザー、フリゲート、コルベット多数。針路西。1ヶ月前に見かけた奴です」


「例の国籍不明艦隊、まだこんな所をうろついているのか」


「速力は4~6ノットの帆走と思われます。どうしますか?」


 魔王船は順調に航程を消化しているのなら、今頃ドルレオン島を目指し移動していることだろう。

 国籍不明艦隊がこのまま西進を続ければ、ドルレオン島で魔王船と鉢合わせする可能性もある。ここは念の為、艦隊で先行して魔王船に連絡をとるべきか。


 そう考えたエンリケ局長は指令を発し、艦隊は12ノットに増速、目標をドルレオン島に変更し、航行を開始した。



    第57話 「魔王様、作戦を開始する」

   ⇒第58話 「魔王様、ドルレオン島に立ち寄る」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ