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超弩級超重ゴーレム戦艦 ヒューガ  作者: 藤 まもる
第6章 アスティリアス貿易編
64/75

第51話「魔王様、国交を樹立する」

エスパーニャ暦5542年 5月10日 6時00分

魔族国バルバドス

首都ラヴィアンローズ北東50キロ海上


「よし、網をうつぞ!」


 魔族国バルバドスの首都ラヴィアンローズ。

 その北島40キロ海側の首都郊外の漁村、フォーファー村所属10トン級漁船が今日も投網漁を行なう。

 この漁船の乗員は6名で、船長の2角魔族ホプキンの他に、弟のジェイと親戚4名が乗り込んでいる。


 投げられた網は、つりがね状に広がって沈下し魚を捕らえながら海底に着床。

 ホプキンの指示で、弟のジェイは搭載されている魔導モーターを起動し、網の引き上げを始めた。


 船長のホプキンは船の周囲を確認。

 南遠方に同じ村の漁船3隻がいるが、付近に船は無く、海流も穏やかだ。

 特に危険は無い。


 確認を終えた船長ホプキンは、親戚と共に船の帆を降ろし、ジェイを見た。するとジェイは、引き上げ中の網を見ずに、遠くの北の海をボーッと見ていた。

 その様子を見たホプキンは弟に注意を行なう。


「たくっ、おいジェイ。作業に集中しろ、ボヤッとするな。巻上げ中は網をよく見ておかんと巻き込み過ぎることになるぞ!」


 しかしジェイは、その言葉に反応せず、右手を北の海に指してホプキンに言った。


「に…… 兄ちゃん、あれ……」


「なんだ? まったくお前は、まだまだ半人前だというのに、他の事に気を取られやがって、北に何が…… えっ?」


 北に顔を向けたホプキンは、驚きに体を硬直させた。


「な…… なんだありゃぁ……」


 他の4人の船員達も気付いて、作業を止めて近づいてくる「あれ」を凝視した。



 彼らの漁船から北を見ると、バルバドス島が東に突き出て、島影になって向こう側の海が見えない。

 その突き出た島影の先端から、何か巨大な物体が出てきたのだ。


 漁船からは距離がかなり開いているが、ホプキンはその蠢く巨大な物体が船だと理解できた。

 ホプキンは13歳から漁船に乗っているが、これほど巨大な船は、これまでに見たことがなかった。

 目測が狂っていないならば、その船は少なくとも30万トン以上あるか。

 

 その巨大船は艦首を南に向け、首都ラヴィアンローズの方向に向かっているようだ。

 ホプキンは、巨大船の奇妙な姿に目を奪われる。


 船の中心には大きな城があり、その背後に山と森があるのだ。

 山には数人の人がいて、こちらに手を振っていた。

 船体と対比してみると、あまりに人が小さすぎて、ホプキンは遠近感が狂ったような錯覚を覚えた。


「と、とにかく。網を早く回収しよう。船を動かせる状態にするんだ!」


「兄ちゃん。あの船一体なんなんだ?」


「で、でけぇー。あれは鉄の船か!」


「あいつは首都に向かってるぞ。大丈夫なのか!?」



 船員達は口々に騒ぐも、網の回収を始めた。

 そうこうしているうちに、謎の巨大船は接近してきて、漁船の5キロ先を通り過ぎる。

 作業をしながらジェイは、巨大船を再び見る。


 中心部に高く大きな城がそびえ立ち、両舷と艦首、艦尾に広大な甲板が広がっている。船体側面にも露出したデッキがあり、デッキの艦尾側には、乗っている漁船と同じ大きさぐらいのランチが固定設置されていた。


 その圧倒的に巨大な船の姿に、ジェイは息を呑む。

 その時、ジェイは日曜学校で習った伝説の船の話を思い出した。


「ま、まさか…… 魔王船とか。まさかね……」


 ジェイはそう呟き、再び網の回収作業を開始した。





エスパーニャ暦5542年 5月10日 6時30分

魔王船 司令の間

首都ラヴィアンローズ北東45キロ海上


 俺は司令の間の窓から、外の様子を窺う。

 首都に近づくほど船の数が増えてきた。

 いよいよ魔王船は、魔族国バルバドスの中枢、首都ラヴィアンローズに到着するのだ。

 魔王城9階の見張りから、魔導伝声管を通じて、次々に報告が司令の間に届けられる。


「4時方向、距離4千メートル、漁船6隻を確認」


「10時方向。距離8千メートル、300トン級貨物船4隻確認」


「1時方向。距離6千500メートル。客船らしき船を確認」


 報告の合間に、9階に陣取るエンリケ局長から陽気な声が聞こえた。


「ハッハー、魔王様。漁船の連中、魔王船を見て目を剥いて驚いていますぞ。久しぶりに娑婆に帰ってきましたなぁ~」


 娑婆言うな娑婆。

 レムノス島は流刑地かよ。

 俺は魔導伝声管でエンリケ局長に質問した。


「エンリケ局長、どこまで首都に近づいて停泊するべきでしょうか?」


「そうですな。法律上は海岸から30キロ圏内はその国の領土なので、武装した船が無断で入れば攻撃を受けても文句は言えません。しかし魔王船は非武装なので、貨物船と言い張って、思い切ってラヴィアンローズの港に突っ込んでみますか?」


「無茶言わんでください、大騒ぎになりますよ。ここは無難に首都30キロ手前の海上で停泊しましょう」



 ここに来るまでで一番問題になったのが先触れだ。

 ベルタさん達も連れてきたが、バルバドスに連絡する手段が無かったのだ。


 魔導通信機は、魔導水晶を交換してお互いの通信を行なうので、無線みたいに不特定の相手に呼びかける。ということができない。

 ゴーレム鳩は、誘導機の魔導水晶が必要で、アッシャー号のゴーレム鳩は全部燃えてしまった。

 というわけで魔王船はアポ無しで、いきなり首都突撃という強行手段を取るしかなかった。


 別に驚かす気はないのだがな。

 バルバドスには冷静に対処して欲しいもんだ。

 そんなことを考えていると、ふいにエンリケ局長から報告が入った。


「ほほう。バルバドスも歓迎してくれるようですぞ。12時方向、距離7千メートル。バルバドス陸軍、偵察竜騎を2騎発見。こちらに接近中!」





    超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ

   ⇒第6章 アスティリアス貿易編





 3月10日にレムノス島を出発した魔王船は、低速で超海流へ移動、11日より艦内で魔道具や缶詰等の本格的生産に入った。

 12日、魔王船は超海流手前に到着。

 超海流で13日~14日まで駆逐艦のテストを行なう。


 その結果、駆逐艦でも超海流を突破できることを確認。

 さらに様々な条件を変更してテストした結果、超海流を突破する条件は、


・総鉄船か、それと同等の頑丈な船体であること

・魔走で速度12ノット以上が出ること


 と判明した。


 アッシャー号の例から、木造船でも軽量で極端に喫水が浅く、なおかつ魔走で12ノット以上出るなら超海流は突破可能と思われるが、それだけ喫水が浅いと、物資も沢山積むことができず長期航海ができない。

 ゆえに木造船では現実的には突破不可能。

 と結論された。


 この超海流突破の条件は、軍事機密として緘口令が敷かれた。

 しかし魔王も魔王軍の局長達も、この秘密は比較的短時間しか隠すことができないと考えていた。

 というわけで、その情報は可能な限り秘匿して、その間にバニア島を要塞化し、超海流を突破中の敵を攻撃できる態勢を整えることが必要だと思われた。



 テスト終了後、魔王船は超海流手前で15日~19日まで停船。

 その間に魔王は、魔王船艦尾側両舷にクレーンを設置。

 10トン級マギアランチを釣り上げ固定。

 これでウェルドックを開かずとも、両舷のマギアランチ2隻を発進させることが出来る。


 ついでに昇降可能な鉄製階段のタラップも召喚で呼び出した。

 これで海上の船から、直接魔王船に人が乗り込むことができる。



 20日。魔王船は超海流を突破。

 2ノットでゆっくり東進、26日に魔海暖流に到着。

 そこで魔王船はエンジンを停止し、南へ毎時5ノットで流れる海流に身を任せ、ゆっくりと南下を開始。

 魔王船は平均3ノット程度の速度で、南に流れる。


 魔走を使用せず、海流を利用することで魔力を節約するのだ。

 ずいぶんとノンビリした旅程だが、船内で商品を作りながらの移動なので、急いで移動してもあまり意味は無い。



 明けて4月3日。

 海流に乗った魔王船は、ドルレオン島南側を通過。

 12日、レムノス島からゴーレム鳩が飛んできた。

 開拓局からの連絡に、魔王は少し肝を冷やした。


 開拓局のアベルによれば、首都の西に森から魔獣の襲撃があったとのこと。

 魔獣の数は全部で80匹、無事に撃退したらしい。

 18日から以前の森と同じように、建築資材として木を伐採した後、西の森は焼却する予定であると記されていた。


 23日、魔王船はバルバドス海峡西1000キロに到着。

 魔海暖流を抜けて、しばらく停船することにした。

 超海流に巻き込まれることを恐れてか、これまでに漁船にすら出会うことは無かった。


 30日、魔王船は再び動き出し、バルバドス海峡に向け2ノットで進行開始。

 明けて5月7日、海峡に到着した魔王船は6ノットに増速、首都ラヴィアンローズに向けて進む。

 10日9時、魔王船はラヴィアンローズ手前30キロで停船、アンカーは降ろさず様子見の構えだ。





「魔王様。北方向、距離8千メートル、高度500メートル。アスティリアス王国の偵察騎2騎がこちらに接近。アスティリアスもこちらに興味があるようですな」


 魔導伝声管から司令の間に、エンリケ局長の声が響く。

 先ほどから魔王船は、何度も偵察機と接触していた。

 魔王は落ち着かずに、司令の間をウロウロしている。


 30分後、魔王船にバルバドスの警備艇が接近、魔導探照灯にて発光信号を送ってきた。

 エンリケ局長は事前の打ち合わせ通り返信を行なう。



そちらの所属、目的を答えられたし


我は魔王船。魔王様がバルバドスとの友好のため来訪。バルバドスの遭難者も送り届ける


バルバドスの法律に則り、臨検を行なう。許可願う


乗船を許可する。右舷タラップより乗船せよ



 魔導探照灯での短いやり取りの後、警備船は魔王船右舷に接近、タラップで1角魔族と獣魔犬族の職員2名が上がってきた。

 魔王船側はメイドナイト2人、バトラメイド20人、キャプテン・キッドで出迎えた。

 緊張感漂う中、1角魔族の職員は声をかける。


「バルバドス警備職員です。こちらが魔王船とのことですが、本当…… ですか?」


「無論だ。ウソをついても意味など無い」


 職員にキャプテン・キッドが答える。


「魔王船の最高責任者にお会いしたいのですが」


「魔王船の最高責任者は、もちろん魔王様である」


「それでは本当に魔王様なのか確認を……」



 職員が言葉を言い切る前に、ゴシックメイドナイトのサ・ルースが激昂した。


「魔王船が目の前にあるというのに、魔王様の存在を疑うのか! 貴様、それでも魔族か!!」


「い、いえ、疑っているわけではありません。あくまで法律上の確認でして……」


 いきなり罵声を浴びせるサ・ルースに、職員は冷や汗をかく。

 隣にいたバロック・メイドナイトのラ・ミーナが、眠そうな声で仲裁に入る。


「まあまあ、良いではないですかサ・ルース。こちらもお仕事なのですから」


「良かろう。謁見の間に案内する。魔王様に失礼のないようにな」


 キャプテン・キッドはそう言い、職員を魔王城に案内した。

 ここまでは規定の演技だ。

 舐められないように、職員を軽く脅しておいた。



 職員は圧倒的な魔王船や魔王城の存在感を感じつつ、魔王城3階の「謁見の間」にたどり着く。

 玉座にはソールヴァルドが座っていた。

 職員は膝をつき挨拶する。


「お初にお目にかかります。魔王様」


「うむ。ご苦労であった。余が魔王ソールヴァルドである」


 魔王は普段とは違う、いささか芝居じみた対応を行なった。

 バルバドスに来る前に、魔王は高級な布を召喚。

 獣魔ハムスター族のロボロフスキー種に頼んで作って貰った「魔王のドレス」を着ている。

 またパールホワイト種が作った、美しい指輪や王冠も被っている。


 手には目に付かぬように、寄生魔獣を詰め込んだ煌びやかなロッド、通称「ロッドマン」を持っていた。

 隣に立つパッツィも立派な純白のドレスを着ている。

 職員は平伏しつつ、魔王に身元確認を要請した。


「恐れながら魔王様。わが国の法律上の必要性から、不本意ながら最高責任者の身元確認をしなければならず、大変に失礼なこととは思いますが……」


「ああ、よいよい。ステータスの確認だろう? さっさとプレートを出したまえ」


 魔王ごっこに飽きたのか、ソールヴァルドは話を遮り、さっさと用件を済ますことにした。

 職員に渡されたプレートに魔王は魔力を流す。

 名前と職業だけを表示させ、職員にステータスプレートを返した。


「は、はい。確かに魔王様と確認致しました。バルバドスに良くおいでくだされました。魔王様」


「うむ。よしなに頼む。それでバルバドスと友好を結びたいのだが、そちらの首脳部といつ会えるかな?」


「ハッ、これより本部と連絡を取りますので…… 詳細は後ほどということで」


「分かった。では余は待っているぞ。ヨロシク頼む」



 短い会見は終了し、職員は急いで警備艇に戻った。

 職員の頭には、船内の臨検のことも、遭難者のことも頭から吹っ飛んでいた。

 実に600年ぶりの魔王の来訪である。

 この歴史的な大事件に、職員は完全に舞い上がっていた。


 まず職員は警備船本部に「魔王様復活を確認」と連絡。

 突如の魔王の復活に、本部は大混乱になる。

 至急首都近辺の警備船20隻を動員して、魔王船周辺海域を封鎖することにした。

 

 次に警備船は統制カウンシルのあるローズ・ロッジに連絡。

 薔薇聖魔師団ローズ・ハイラーキーを同じく混乱に陥れた。



 そして警備船は陸軍、海軍に連絡。

 もし魔王船が他国から攻撃を受ければ面目は丸つぶれだ。

 泡を食った海軍は、大急ぎで近海艦隊に出撃を下令。

 戦闘騎も派遣して、魔王船の警備を行なう。


 首都に駐屯している陸軍も出撃。

 完全武装の兵士が、首都の港に大急ぎで展開。

 首都要所も固めたので、住民はクーデターでも起きたのかと勘違いした。

 


 さらに警備船は気を効かして、いつも国賓が泊まるのに使用される超高級ホテル宛にもゴーレム鳩を飛ばし、魔王が来訪することを知らせた。

 正直、これらの警備船の初動は、悪手といえた。

 広い範囲に情報をばら撒きすぎたのだ。


 まず異変に気付いたのは4大魔公爵の間者達だ。

 魔族国バルバドスは、首都を中心に東西南北に魔公爵が領土を治めている。

 そしてこの4人の魔公爵は、いつも利害関係で対立しているのだ。


 魔公爵たちは、自分達の陣営が有利になるよう、首都ラヴィアンローズに間者を送り首都の動向を密かに探っているのだ。

 その間者網が、魔王の来訪をいち早く察知、即座にゴーレム鳩で連絡が行なわれ、4大魔公爵の知ることになった。


 それだけでは無く、バルバドス国内にいた、アスティリアス、レオン、アルコン、ルシタニア、グレナダ、サラゴサの各国の間者達も、即座にスパイ船にゴーレム鳩を放ち、魔王出現を知らせた。


 首都の警戒に当たっている兵士達も魔王来訪に興奮し、思わず町人に口を滑らせ、短時間で町中に魔王の噂が広がってしまった。

 その噂を聞いて回った記者は、即座に記事を作り、号外を出すべく印刷工房にダッシュする。


 たまたま所用で首都に来ていた、南部リムリック領のエルフ達を束ねる森エルフの美女、魔公爵キャンディス・レッドグレーブ・ミルワードの元にも間者から「魔王様ご来訪」の報告が送られきた。



バァン!


「大変ですキャンディス様、魔王様がご来訪なさいました!」


「ぶほっ、な、なんじゃとっ!」


 遅めの朝食をとっていたキャンディスは、赤茶を噴出し、勢いよく立ち上がった拍子に机に足をぶつけて、後方にヒックリ返った。


「だ、大丈夫ですか。キャンディス様?」


 女性森エルフの護衛魔族騎士、ブリジットがキャンディスを労わる。


「そ、そんなことはどうでもよい。確かな情報なのじゃな?」


「ハッ、間者によれば港で魔王船を目撃したとのことです。街中は大騒ぎです」


「分かった。すぐに魔王様にお目通り願うぞ。一番先に魔王様にご挨拶するのじゃ! ブリジット、ついて参れ!」


「お言葉ですがキャンディス様。乱れた髪にその服装。そのままでは魔王様への不敬が疑われてしまいます。しっかりと準備しませんと」


「むっ、そうか。それはたしかにな。おい、湯浴みの準備じゃ、礼服も3分で用意せよ。他の魔公爵に遅れをとってはならんぞ!」


 キャンディスは猛スピードで準備を行い、30分でシックな黒ドレスに身を包むと、ブリジットを伴い屋敷から勇躍、外に踊り出た。

 が、しかし、屋敷の出口にはハイエルフの兵士達が壁のように立っていたのだ。

 ハイエルフの男性部隊長は、少し息切れしながらも美形の顔で笑顔を浮かべ、キャンディスに話しかける。


「これはこれはキャンディス様。そんなに慌ててどこへ向かうのですかな。今関係各所はとてつもなく混乱しておりましてね。どうかキャンディス様には、屋敷で大人しくしておいて欲しいのですよ」


 いつの間にやら、キャンディスの館は、薔薇聖魔師団ローズ・ハイラーキーの部隊に包囲されていた。



 魔王様の来訪をいち早く知ったラヴィアンローズの漁民達は漁を全休。

 漁具を全て下ろして、簡易座席を次々に設置した。

 漁民の家族達は、町に出て呼び込みを開始した。


「漁船による魔王船見学ツアーはいかが? ギリギリまで近づくよ。1人銀貨5枚だ。早い者勝ちだよ!」


 その呼びかけを聞いた町人が、呼子に殺到した。

 「号外、号外!」と叫び、新聞商会は号外をばら撒き、街の各所で屋台を開いていた人々は、屋台をすばやく畳んで、港の魔王船が見える位置に屋台を開くべく、大急ぎで港に集結、号外を見た街の人々も港にいっせいに移動を開始した。


 漁船は客を乗せ、次々に港を出発。

 魔王船に急いでいた警備船はその様子を見て、警備船10隻の追加増援を要請する。

 魔王船を守るべく、沖には大急ぎで戻ってきたパトロール艦隊が出現。


 上空では竜騎10騎ほどが哨戒飛行を開始。

 さらに遠方にはアスティリアス船籍の警備船や偵察騎が姿を現す。

 バルバドス海軍は、全力で竜騎母艦艦隊の出撃準備を行なっていた。


 それら首都を出航した、野次馬漁船を加えた船舶300隻近くの「船団」は、一斉に魔王船を取り囲み、ギリギリ間に合った警備船は魔王船に近づきすぎる漁船の排除を行なった。

 魔王船周辺は船に埋め尽くされ、それこそ跨いで歩けば、港にたどり着きそうな数であった。





 一方魔王とエンリケ局長、ベルタらと魔王の婚約者は、司令の間で雑談していた。

 パッツィの純白のドレスを見て、ソフィアはケラケラ笑う。


「その純白キラキラドレス。パッツィに似合わない~」


「うっさいわね。分かってるわよ」


「え~、でもそのドレス素敵ですよ。私もハムスター族に頼みたいです」


「……私は赤いドレスが欲しい」


 エンリケ局長は、黒茶を飲みながら司令の間から外を見て、魔王船に集まってくる野次馬船の集団を観察していた。


「凄い数の船がやってきましたな。おっ、魔王様。あそこで警備船と漁船が、おしくらまんじゅうしていますよ」


「本当ですね。なにやってんだか……」


「あー、あの漁船、旗をかかげてますね。魔王様。あの領旗は魔公爵キャンディス様の旗ですわ。多分、本人が乗ってるかと」


「マジですか」


 ベルタは魔王船に近づかんと警備船に体当たりを続ける漁船を呆れて見ていた。



「ええいっ、どかんか貴様ら! 私を魔公爵キャンディス・レッドグレーブと知っての狼藉か。後で問題にするからな!」


 館をハイエルフに囲まれ、館内に戻るしかなかったキャンディスだったが、その程度のことで諦めはしない。

 脱出用にこっそり作ってあった地下通路を利用し、館の外に脱出したのだった。


 それから警備厳重な港を避け、郊外北のフォーファー村で漁船をチャーターし、魔王船のいる海域に来たのだった。

 船を操るホプキン船長は、何で俺、こんなことに巻き込まれているんだろう?

 と、納得できない気持ちを持ちつつ、警備船の隙間を抜けようと舵を操った。

 護衛魔族騎士ブリジットが叫ぶ。


「キャンディス様。北から船です! あの領旗は、北部ダンドラム領のオーガスタス公です!」


「チッ、あの嫌味角野郎め、もう来おったか!」



 魔王の到来と共に、4大魔公爵の熱い戦いも本格的に始まったのだ。

 4大魔公爵の仲の悪さを疑問に思った魔王は、ベルタに質問した。


「なあ、なんで4大魔公爵は、あんなふうにスタンドプレーや対立が目立つんだ。ここの一番偉い所は統制カウンシルとか言うとこなんだろ?」


「まあ、カウンシルは協議会ですから。カウンシル・メンバーの3名のハイエルフ・ロードは、あくまで調整と取りまとめ役でして、権力基盤が弱いので」


「ん? でも命令くらいできるんだろ? 最高意志決定機関なんだから一番偉いということだよね」


「あのー。ローズ・ハイラーキーは前魔王から続く近衛部隊でして、一番偉いのは前魔王ということです」


「ああっ! つまり統制カウンシルってのは魔王の代わりに国を治める代官みたいなもんか。なるほど、なるほど」


 ソールヴァルドはおおよその国の事情を察した。

 そしてこの権力闘争には巻き込まれないよう注意が必要だとも考えた。


 今まで色々な問題があったものの、バルバドスはこの統治機構でこれまでやってきた。

 だが、ここに生きている魔王が出現したのだ。


 ここで魔王ソールヴァルドが、例えば魔公爵キャンディスがバルバドスの領土を統治することがふさわしい。

 とか言えば、バルバドスで内戦が起きるかも知れないのだ。


 冗談じゃない。

 俺はバルバドスに商売に来たのであって、そんなドロドロの権力闘争に手を突っ込む気はない。

 魔王は、バルバドスへの政治的干渉は最小限に控えようと決意した。





エスパーニャ暦5542年 5月16日 9時30分

魔族国バルバドス

首都ラヴィアンローズ


 魔族国バルバドスに魔王船が到着して6日後、ついに俺たちに上陸許可が下りた。

 俺とパッツィは王族として正装を着込み、側室としてマリベルとマルガリータ。

 側室兼護衛として完全武装のソフィア。

 特別補佐官としてベルタ支店長。


 護衛としてメイドナイト2名に、バトラメイド10名。

 メイドマスターのレ・ルーナ、メイド4名。

 大臣としてセシリータ局長、マリオ局長、エンリケ局長、シャルル局長を引き連れて、迎えの客船に乗り込んだ。


 ラヴィアンローズに着くと、やたらに立派な馬車でお出迎え。

 俺たちは分乗して馬車に乗り、国賓が使用する超高級ホテルに向かう。

 途中の沿道では、町の人々がこちらに盛んに手を振っていた。

 俺はテレビの偉い人を思い出し、馬車から笑顔でぎこちなく手を振る。


 メインストリートには、獣魔犬族の大きな銅像が立っていた。

 この国の偉人、ロリー・ギャラガーの像らしい。



 18日、迎賓館にて歓迎式典。

 夜会も開かれ、例の4大魔公爵にも初めて会う。


 北部ダンドラム領で、1角魔族と2角魔族を束ねる、1角魔族の魔公爵オーガスタス・プロクター・レイビー。

 西部ブラックロック領で、ドワーフとシードワーフを束ねる、ドワーフの魔公爵バイロン・マットロック・ピカップ。

 南部リムリック領で、森エルフ、シーエルフ、黒エルフを束ねる、森エルフの魔公爵キャンディス・レッドグレーブ・ミルワード。

 東部ポート・レーシュ領で、獣魔人族と獣魔頭人族を束ねる、獣魔犬族の魔公爵キャレブ・ギャラガー・マジソン。


 お互い牽制するように現われ、ご機嫌伺いの後、自分の売り込みを開始。

 その後しつこく妾やメイドの斡旋をしてきたが、この国の権力闘争に関わりたくないので、俺は適当にはぐらかしておいた。



 19日、いよいよ統制カウンシルメンバーと会談。

 俺は統制カウンシルのいるローズ・ロッジに向かった。

 なんというかバラ園の中に佇む別荘みたいな雰囲気の所だ。


 どうやら前魔王は薔薇が好きだったようで、ラヴィアンローズは「薔薇色の人生」という意味だし、ローズ・ハイラーキーやローズロッジと薔薇に関わる名前が多く、バルバドスの国旗にも中心に薔薇のシンボルが描かれている。


 ローズロッジは近衛軍の薔薇聖魔師団ローズ・ハイラーキーによって守られている。

 前魔王が健在だった頃は、文字通り師団規模の部隊であったそうだが、現在は3千名ほどで、由緒正しい名前だけを受け継いでいる。

 構成メンバーは全員ハイエルフだ。


 カウンシルメンバー3名はハイエルフ・ロードで、現在はロード・フレイア、ロード・アクア、ロード・シルフの3名が代表だ。

 俺は落ち着いた雰囲気の中、館のウッドデッキの会見場で3人を待つ。



 しばらくすると、真っ白なドレスに身を包んだ3人のハイエルフ・ロードが現れた。

 ハイエルフは額に紋章があるが、ハイエルフ・ロードは額と腕、足に紋章があった。

 ハイエルフ・ロードも席に着き、俺たちは自己紹介を始める。


「お初にお目にかかります」「ようこそバルバドスにおいで下さいました」「魔王様の来訪を歓迎いたします」


「あっどうも初めまして。魔王のソールヴァルド・ローズブローク・カリオンです」


「わたくしの名前はロード・フレイア」「ロード・アクア」「ロード・シルフといいます」


「バルバドスとは今後、友好関係を築きたいと考えていますので、ヨロシクお願いします」


「こちらこそ」「この時期に魔王様がお帰りになられ」「大変心強いです」



 なんだこの人達?

 3人でピッタリ息を合わせて返事してくるな。

 まあいいや。


 一応、俺が魔王という証明にステータスプレートを見せ、腰に挿していたロッドマンを取り出し、先端部分のカバーを外し寄生魔獣を見せた。


「これは寄生魔獣」「はじめて見ました」「魔王様の専用魔獣ですね」


 ほう。

 パッツィ達は寄生魔獣を知らなかったが、ハイエルフ・ロードは知っている訳か。

 俺はヒューガが前魔王の伝言を憶えていたことを思い出し、3人に質問した。


「これで俺が魔王だということは証明できたと思います。それで、前魔王から何か俺宛に伝言はありますか?」


「いえ特には」「しかし次の魔王が現れたら援助しろと」「前魔王から言われています」


 ふうん。

 相変わらず情報はないが、一応気は回してくれてるんだな。


「俺は超海流の向こう側の名無し島にレムノス島と名づけ、魔王国ヴァルドロードという国を作ったんだが、バルバドスと友好条約を結び商売をしたいんだけど、協力してくれるかい?」


「はい」「もちろん」「ハッキリしています」



 よし。

 とりあえず魔族国の後ろ盾は得ることが出来そうだ。

 ヴァルドロードは何の実績の無い小国だからな。

 エスパーニャ大陸で動くには、こちらを国と承認してくれる友好国があったほうが何かと都合が良い。

 しかし、無論交換条件はあった。


「魔王様にお願いがあります」「私達統制カウンシルの立場を」「保障していただきたい」


 そら来た。

 俺から統制カウンシルを支持する声明を引き出して、4大魔公爵を牽制するつもりか。

 まあいいや。

 あまりこっちの政治にかかわりたくないが、ここは妥協しておこう。


 その次は、同盟を結ぶ話を持ちかけられたが、さすがに断った。

 同盟すればバルバドスの最新兵器を供給してくれるらしいが、それは自力で何とかできる。


 俺たちの戦略目標は、あくまでもアルコンを負かし、バレンシア、パルマを奪還することだ。

 戦略目標がブレる訳にはいかない。


 こっちは戦力が限られるので、可能な限り自由なタイミングと場所で魔王船を戦場に投入しなければならないのだ。

 ここで同盟を結ぶと、バルバドスを守る義務が生じて、行動の足かせになりかねない。

 なのでバルバドスとは友好条約のみ、同盟は時期尚早と判断した。




 5月20日。

 俺と統制カウンシルのハイエルフ・ロード3人娘は、共に会見に立ち、友好条約を締結した。

 条約の内容はおおざっぱに以下の通り。


・魔族国バルバドスは、魔王国ヴァルドロードを国家として承認する。

・魔王国と魔族国はお互いの国に外交官を派遣する。

・魔族国は、魔王国に法律・経済の専門家を派遣、指導を行なう。

・魔王国は、魔族国バルバドス内での移動、商売、移民募集を自由に行なうことができる。


 代わりに俺からは共同宣言で、


「新魔王である余としては、バルバドスでの統治体制は、前魔王の意志を尊重するものである」


 と、事実上統制カウンシルを支持する見解を示した。


 とは言え、やや玉虫色の発言ではある。

 ハッキリと強く支持を表明しなかったのは、4大魔公爵からも支援を引き出したいからだ。

 なにせ軍事力や経済力は、統制カウンシルより魔公爵のほうが大きいからな。

 状況しだいで、魔王の支持が魔公爵に向くかも知れないと思わせるほうがいい。


 こうして魔王国ヴァルドロードは、魔族国バルバドスと無事、国交を樹立し、友好条約を結ぶことに成功した。





    第51話 「魔王様、国交を樹立する」

   ⇒第52話 「魔王様、成金になる」



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