第26話「ラヴィング」
エスパーニャ暦5541年 7月20日 17時
領都バレンシア バレンシア領軍作戦司令所
第1会議室
会議室の扉が開き、金髪、碧眼に髭を生やした中高年の男が入ってくる。
地味だが高級な服を着たその男は、バレンシアの領主であるルイス・ペドロ・アルミラル・バンデラス伯爵であった。
彼が会議室に入ると、3人の男達が席を立って出迎える。
「よい」
ルイス・ペドロ伯爵が手を挙げ、全員が着席する。
「まずはアルコン帝国の動きを報告してもらおうか」
伯爵の指示を受け、情報分析官フリオ・デル・モラルが報告する。
「ハッ、3日前の情報によれば、アルコン海軍の新鋭戦列艦を含む有力な艦隊が、アルコン湾から出動したとのことです。噂の新型動力艦も確認されている模様」
「それは本当なのか。目的地はどこだ?」
領海軍参謀バルミロ・ドロンソロが身を乗り出して聞いた。
「名目上は演習。その実、ルシタニア東部への圧力が目的ではないかと上は推測してる」
「まったく、だから早めに国軍に増強せよと要請していたのに、後手に回ったではないか」
領海軍参謀は不機嫌な顔を崩さない。
ルシタニアで紛争が起きるのは、事前情報で予測されていた。
よって、レオン王国軍に増援を早めに要請していたのだが、中央は王国直轄領であるパルマ島、カナリア諸島を重視していたので、増援戦力はパルマ島に送られる予定なのだ。
特にバレンシア領に不足しているのは竜騎で、十分な防衛には、少なくとも現在の倍の戦闘騎が必要と試算される。
「これでまかり間違って、バレンシアの港がアルコンに叩かれでもしたら、パルマ島は孤立するな」
領陸軍参謀スハイツ・コディーナが他人事のように発言する。
今回の動きは海軍主体なので、陸軍への圧力は大きなものではないからだ。
そもそもバレンシア領の陸兵は数が少なく、防衛と災害への対応しかできない。
再び伯爵は口を開く。
「アルコン陸軍はどうか?」
情報分析官が答える。
「アルコン陸軍に変化はありません。平静です」
「では問題は海軍だけだな?」
「いえ、情報部では問題視していません。2日前に南海上でバアルの風が発生、北上しています。いくらアルコンでも、艦隊をバアルの風に突入させる愚は犯さんでしょう」
領海軍参謀は、あからさまにホッとした表情を浮かべる。
「バアルの風、もうそんな季節か。しばらくは時間を稼げるな……」
帆走船でも魔走船でもバアルの風を突破することは可能なのだが、現代海戦では竜騎を搭載する帆船「竜騎母艦」が必須になっている。
索敵や攻撃に竜騎は必要不可欠なのだ。
だがバアルの風で強風が吹いている中では、飛行することは不可能。
船もかなりの被害を負う、下手すれば艦隊壊滅もありえるのだ。
バアルの風の中を好んで航行する艦隊指揮官は皆無といっていい。
伯爵は黒茶を一口飲んでから、対策を指示した。
「ともかく、不測の事態に備えて、各基地の食糧備蓄を3割増強。海上、空中の警戒を厳にせよ。名目はバアルの風対策だ」
「「「ハッ」」」
分析官と参謀達は慌しく席を立ち、担当部署へ散っていった。
静けさを取り戻した作戦室で伯爵は立ち上がり、窓から夕闇を見る。
丘の上にある作戦司令所周辺は、静けさに満たされていた。
嵐の前の静けさにならねば良いがな。
伯爵は外を見ながら、そう考えた。
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第3章 ヒューガ誕生編
21日、今日は朝から森の入り口で魔法の練習をしている。
2ヶ月の休暇期間中だが、腕が鈍らないように、剣術は毎日、魔法は2日おきに訓練してるのだ。
「風雷魔法――――風刃」
右手から発生した風の刃が、木に命中して枝を引き裂く。
やはり魔力を込めれば込めるほど、魔法の速度は上昇するようだ。
見た感じだが、通常だと魔法は時速60キロ程度で突き進む。
誘導角度は30度ほどだ。
少し目標を外した程度なら、後の軌道修正で十分目標に命中させられる。
誘導方法は目視のみで、発射中は常に目標を見続けなければならないので、ほとんど身動きができない。
精霊魔法は、時速40キロ程度で速度が遅いが、誘導角度は360度で、どこへでも誘導できて、その場で静止させることもできる。
誘導方法は目視とイメージなんだそうだ。
どちらの魔法も、魔力を多く込めれば込めるほど、速度も攻撃力もアップする。
ということらしい。
と、もう11時か。
今日はソフィアとのデートだから、早めに町に戻ろう。
ソフィアがパッツィから許可を得ているそうだ。
リリアに向かって歩いていると、上空に海竜が飛んでいるのが見えた。
「ごめん待ったー?」
「いいや、今来たところだ」
リリアの中央広場で待っていると、ソフィアがやって来た。
今日は花柄のワンピースに麦藁帽子をかぶってる。
ソフィアとベタな挨拶を交わした後、とりあえず昼食を食べに行く。
入ったのは庶民的な料理店、レストランテ・リリア。
注文は、エスパーニャ風オムレツ・じゃがいものトルティージャ。
海老とマッシュルームのオイル煮。
タコのガリシア風、猟師風パエリアにした。
固焼きオムレツの中のジャガイモがホクホクしておいしい。
タコのガリシア風は、ぶつ切りの茹でたタコにパプリカ・塩・オリーブオイルをかけたシンプルな料理。
オイル煮はアヒージョといい、具材を小土鍋に入れて、オリーブオイルとニンニクで煮込む料理。
猟師風パエリアは、米の上に海老、魚、ムール貝、レモンが乗っている。
腹いっぱい食べた俺達は、喋りながらデザートを食べる。
デザートは羊乳を固めたチーズの一種、クワハーダ。
見た目はクリームチーズみたいで、味と感触はヨーグルト風プリンかな。
あまり甘くないので、好みによりハチミツをかける。
満足した俺達は店を出る。
なんとなく上を見上げると、またまた海竜が飛んでいるのを発見。
今日は珍しい日だな。
「じゃあ海岸に行こうか」
中央通を南下してリリア漁港を左に抜けると砂浜に出ることができる。
道すがらソフィアの手を握る。
ソフィアはホッペを赤くしてうつむく。カワイイ。
白く抜けるような美しい砂浜についた。ここはグァムかワイキキか。
砂浜にはゴミひとつ落ちていない。
青い海とのコントラストが美しい。
この世界には海水浴という習慣は無く、砂浜は俺達2人の貸切だ。
ソフィアと腕を組んで波打ち際を歩く。
遠くでムツゴロウを10倍の大きさにしたようなユーモラスな生き物が、砂浜を駆け回っていた。
名前は忘れたが、魔獣は出ない所にあいつはよく出没するのだそうだ。
俺とソフィアは波打ち際の付近で、砂の城を立てて遊ぶ。
「ちょっとソール。凝りすぎ~」
つい熱中してしまい、土木魔法を使って頑丈で立派な城を作ってしまった。
西洋風の城で、高さは1メートル。
砂の城ってレベルじゃねえぞ。
俺は海をバックに立派な砂の城を眺める。
遠く水平線上に1枚帆の漁船が見える。
その漁船の上空にまた竜騎を2騎見つけた。
これで4騎目だ、新記録だな。
やたら竜騎を頻繁に見かけるが、
今までこんなに見たことは無い。
何かあったのか。
砂の城を作った俺達は、付近の小さな丘に登る。
そこには草花が沢山咲いていた。
「花冠を作ってあげるね」
生えている小さな白い花を使って、ソフィアは花を編んでいく。
俺も座って様子を見る。
うーん。なんか和むなぁ……
それにしても編み込む速度が早い。さすがは森エルフ。
あっという間に花冠と花のネックレスを作り、
俺にかけてくれる。
「はーい。魔王様にプレゼント~」
ソフィアは笑顔を見せてくれたが、その笑顔が急に陰る。
「ん、どうしたんだソフィア」
「うん…… ソールって魔王じゃん。そんな凄い人が、あたしなんかと付き合っていいのかなって思って……」
「おいおい、ソフィアも最近凄くなってるよ。魔王が言ってるんだから間違いない」
そりゃ最初はアレだったけど。
最近は人外じみた動きもするし、前衛に立てるエルフは希少性が高い。
いわゆる魔法剣士という感じだな。
ソフィアをもっと励まして自信を持たせてあげよう。
俺は彼女の両手を握り目をみつめる。
「ソフィア、君は高所に咲く高嶺の花、美しい一輪草だ。気高く白き貴女、俺こそ君の横に並ぶことができて光栄だよ」
「もう、ソールったら……」
そう言いながらも、ソフィアは笑みを浮かべる。まんざらでもない様子だ。
恥ずかしいので花冠と花ネックレスを外し、俺達はリリアに戻る。
帰り道で、俺達はありえない物を見た。
めったに見ない領軍の「車」が5台連なってリリアに向かっているのだ。
相変わらずの時速8キロ程度のゆっくりした速度、荷台にはパンパンに荷物を積んでいる。
「わー、車だよ。沢山走ってるね」
ソフィアも目を丸くして驚いている。
車に乗ってる乗員は、
いつもは「うぜー、早く帰りてぇー」的なオーラを出しているのに、今回は「まじめに任務中なので話しかけるな」みたいなオーラを出している。
珍しいこともあるものだ。
マリオ司令から「干渉は最小限にする」と言われているが、こう整然と車なんかで来られたら、俺を捕まえにでもきたのかと緊張してしまう。
まあ乗員は俺達なんかガン無視なんだが。
5台の車はまっすぐ基地の方へ向かっていった。
「よーし。誰もいないな……」
15時ごろ、家に帰宅。
この時間帯は誰もいないことが多い。
俺はソフィアを部屋に連れ込んだ。
俺は椅子に座り、ソフィアは対面で俺の膝の上に乗っていた。
俺達は抱きしめあった。
緊張してるのか、ソフィアの体に力が入っているのが可愛いらしい。
俺はソフィアの長耳に口元を寄せ、甘く言葉をささやく。
「ソフィア、勇敢で美しい俺の女神、大好きだよ」
ソフィアはビクビクッと体を震わし、全身の力が抜けてしまった。
フフ、女の子って耳が弱いんだな。
ソフィアはトロンとした表情で、俺を見つめて呟く。
「ソール。あたしも大好きだよ」
チュッ
ソフィアは俺の唇に軽くキスをした。
「い、今のが、あたしのファーストキス……」
「ああ、俺も初めてのキスだよ」
その言葉を聞いて、ソフィアは頬を膨らませる。
「ウソばっかり、パッツィと一杯ペロチューしてるくせに」
「何言ってる、心はいつでもファーストキスだ」
そう、2人と同時に付き合うという、完全に未経験の領域に入るに当たり、俺は決めたことがある。
パッツィと2人きりの時はパッツィだけ、ソフィアと2人きりの時はソフィアのことだけを考えてあげるのが、俺の中での最低限のルールだ。
そしてそれが彼女達への誠意にもなるのだと思う。
そのためには、やはり童貞精神を忘れるべきじゃない。
たとえ千人の女と寝ようとも、女1人1人に初めて経験するように接する心がけが大切なのだ。
性交の数は誇らず、なにより精神的な童貞性が重要である。
ああ、魂清浄なる童貞、俺はそんな男になりたい。
「もう、ソールのばか~」
「今度は大人のキスを教えてやるよ」
呆れるソフィアの口を、今度は俺の口で塞いだ。
唇を吸い、後頭部に手を添え、ソフィアの口の中に舌を差し入れる。
ソフィアの舌と俺の舌が絡まる。
「ん…… ふぅ……」
ちゅぱっ
いやらしい音がして、ソフィアの唇と離れる。
ソフィアは顔を赤らめ、手で唇を押さえ呟く。
「これが大人のキス…… ペロチュー」
「愛しのソフィア、俺は君ともっと愛を奏でたい。君の事をもっと深く知りたいんだよ」
俺とソフィアは再び唇を重ねあった。
今度はお互いに激しく唇を貪りあう。
エスパーニャ暦5541年 7月22日 13時
バレンシア領 エルチェの町南西550キロ
アルマダ海 上空2千メートル
幻想的とも言える雲の隙間を一騎の竜騎が縫うように飛んでいく。
その竜は、黄色に黒斑点の表皮で全身を覆っている。
その特徴は、南方産の「マッキ・アエロナウティカ種」が持っているものだ。
レオン王国では、この南方から輸入した竜を民間で多用していた。
その竜の背中には「竜座」といわれる風防カウル付きの座席が装着されており、座席には2人の男がまたがって乗っていた。
1人は領軍上がりの熟練ドラゴン・ドライバーであるエフレン竜騎手。
もう1人は、この道15年のベテラン観測員ベニートであった。
2人は高度3千メートルで巡航。
目標近くに到着したので、観測のため高度を下げつつあった。
その観測目標は、この世界で「バアルの風」と呼ばれている台風である。
2人が着ている鎧は「竜座鎧」と言われ、防寒と耐衝撃性に優れている。
頭には専用のヘルメットをかぶり、迷宮産のクリアシールドで顔を覆っている。
エフレン竜騎手は神経質な目で、上下に展開している雲の様子を窺う。
雲は様々な高度に散らばっているものの、今日は高度2千メートルと8千メートル付近に密集した雲が多い。
雲に突っ込まないように、エフレン竜騎手は竜を操る。
上空の太陽からの木漏れ日に、雲が光り、真下を見ると一面が海。
素晴らしい美しさだが、今のエフレンに景色を楽しむ余裕は無い。
なにせ台風の暴風域が、目の鼻の先にあるのだから。
急な横風が吹く、エフレン竜騎手はそれに逆らわず、竜を横滑りさせながら、高度を500メートル落とし、横風をいなした。
可能なら高度1万メートルの雲の上に昇って、バアルの風の勢力を上から確認できれば楽なのだが、命知らずのドラゴン・ドライバー達の実験によれば、竜達の限界高度は8千メートルなのだそうだ。
人間は高度4千メートルまでは大丈夫だが、それ以上の高度に5分以上止まると、注意力障害、判断力低下、運動障害などが症状が出る。
地球で言う低酸素脳症の状態だ。
それゆえ、法律により安全飛行高度は4千メートル以内とされ、4千メートル~6千メートルは、5分間は止まっても良い限界飛行高度。
6千メートル以上は飛行が禁止されている。
高度を下げエフレン達は、台風の正面に出る。
運良く視界を妨げる雲が無い場所に出た。
観測員ベニートは大声を上げる。
「バアルの風の暴風域ぎりぎりを沿うように飛んでくれ!」
「ラジャー!」
ベニートは目を凝らして台風を観察する。
この世界では高気圧や低気圧の概念はまだないが、変わりに魔法が存在する。
水船魔法レベル5の「天候感知」ならば、1日の天候の経過を予測することが可能だ。
この魔法を使える観測員を複数配置、それに50年分の台風データを合わせて分析すれば、少なくとも台風の経路は、かなりの精度で予測可能である。
ベニートは長年の観測経験から、この台風を5段階評価のレベル4と判断した。
大型台風だが、この進路を維持するならバレンシアに直撃はせず、パルマ島西海上を北上する可能性が高い。
だが、バレンシア領には大雨と強風が確実に来るだろう。
ベニートはバアルの風に対し、警報を発令することを決意した。
観測を終えたベニートは、ドライバーに帰還を命ずる。
黄色い竜は翼を翻し、一路台風観測所があるエルチェの町を目指す。
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ソフィアとの愛を深めた2日後に、俺はパッツィとデートした。
なんか複雑な感情だ。まさか俺がプレイボーイの真似事をするなんてな。
今はパッツィと2人きりだ。
「どうしたのソール」
「いやぁ、2人同時に付き合うってどうなんだろうかと思ってな」
「別に気にしなくていいわよ。私は本妻、ソフィアが妾ならね。あぁ、ソールは魔王だから、私はお妃、ソフィアは側室かしらね」
「本当にそれでいいの?」
「思うことが無いってわけじゃないけど、気になるなら今は……私だけを見てくれればいい」
そう言うと、パッツィはゆっくりとバスタオルを取って、全裸の姿を俺に見せる。
ああぁ、綺麗だ。
真珠のような素肌。
しなやかな裸体。
狼のエロティカ。
特にあのおっぱいが凄い。
顔を埋めると窒息しそうだ。
恥ずかしがってるのもいいね!
今俺達はリリアに1軒しかない高級宿の1室にいる。
そう、今日、俺達は結ばれるのだ。
これは前々からパッツィと約束していたこと。
胸の高鳴りを抑え、俺も裸になってパッツィを抱きしめた。
「ん、優しく……してね……」
「もちろんだよ。愛しい人よ……」
俺達は熱いキスを重ね、情熱的な愛の言葉をささやき合う。
いよいよ俺は、脱童貞のステージに立つことになったのだ。
俺はパッツィをベッドに寝かせ、上に乗り優しい愛撫を重ねる。
パッツィから甘い吐息が漏れる。
潤んだ青い瞳が俺を見つめる。
俺は……
■以下、スペイン語でお楽しみください■
「パッツィ、トゥ・エレス・ムイ・ボニータ」
「ソール、エレス・ムイ・ボニート・タンビエン」
「グラシアス」
「はぁ、はぁ、ソール、ベサメ、ベサメ…… トカメ、アブラサメ。あああぁ、アイ・ケ・メ・ムエロ」
「パッツィ……」
「ダメ、ダメ! ヤ・メテ……」
「シー……」
「はっぁあああああ。ソール! ソール!」
ギシッ ギシッ ギシッ ギシッ
「ぐうっ、パッツィ。アイ・ケ・リコぅ」
「ソール! メ・ビーノ! メ・ビーノ!」
「うっ……」
「んはぁぁっ!!」
ハア ハア ハア ハア……
ギシッ
「パッツィ、テ・キエロ・ムーチョ」
「ジョ・タンビエン……」
第26話「ラヴィング」
⇒第27話「シークレットラブ」
スペイン語の部分、ダメ!(Dame!) ヤ・メテ!(Ya mete!)は日本語ぽいですがスペイン語です。
ちょうど日本の意味とは間逆になります。
詳しくは、活動報告に「第26話でのスペイン語参考資料」投稿しましたので、何を話しているか知りたい方は、そちらをご覧ください。




