第24話「デーモンキング・シップ」
なにゆえ、もろもろの民は嘆くのか。
なにゆえ、もろもろの国は苦しむのか。
エスパーニャのくびき、覇王の支配。
悪しき者の座にすわらぬ人はさいわいである。
殉教者は正しい者の道を知らされる。
しかし、悪しき者の道は滅びる。
見よ、遥か西海からこられる魔王の姿を、
その巨大な島のごとき魔王船を垣間見て、
もろもろの国は騒ぎ立て、恐慌を臨むだろう。
魔王は言った。
「わたしは剣をもって覇王を打ち破り、
魔族をもって彼らを打ち砕くであろう」と。
もろもろの民よ。
恐れをもって魔王に仕え、
おののきをもってその足に口づけせよ。
さもないと魔王は怒り鎮まらず、
あなたがたを道で滅ぼされるであろう。
それゆえ、もろもろの王よ、賢くあれ、
神に寄り頼むすべての者はさいわいである。
ガラエキア歴代記 詩篇 覇王と魔王
超弩級超重ゴーレム戦艦ヒューガ
⇒第3章 ヒューガ誕生編
先を見通せない通路。
俺、パッツィ、ソフィア、マリベル、マルガリータの順に、俺達はゆっくりと通路を進む。
俺の数メートル先には、小さな寄生魔獣ブレインがヒュコヒョコと通路を進んでいた。
通路の大きさは5メートル四方とかなり大きく、天井付近に魔法の明かりが等間隔で灯され、床の黒い敷石に光が反射する。
雑貨迷宮10層のボス部屋から、この通路に入って早5分が経過した。
歩き続けるも、いっこうに変化は見えない。
唯一分かることは、床は緩やかな下り坂になっており、俺達はゆっくりと地下に向かっていることだけだ。
「ねえソール。これどんどん下に下がってるけど大丈夫かしら?」
後ろにいるパッツィが不安げな声を上げる。
「ああそれは…… 大丈夫だよな、ブレイン?」
俺の問いかけに、ブレインは前に進みながら、後頭部に目と口を作って答えを返す。
「ハッ、魔王様。この通路や向かっている先には魔獣はおりません。断続して続いてる『仲間』からのテレパシーでも確認しております」
「だってさ、パッツィ」
10分後、ようやく突き当たりが見えたが、そこを右に折れると、相変わらずの長い通路が続いていた。
傾斜はやはり緩やかに下に続く。
「それにしてもかなり長い通路ね。お兄ちゃん」
歩く以外、特にすることもないので、今度はマリベルが俺に話しかける。
「ああ、天井見てみろよ、あの横筒は多分地上からの空気を通路に送ってるんだ。大掛かりな仕組みだな」
「空気を送る魔道具。まるでお兄ちゃんの扇風機みたいね。この施設は600年前の魔王が作ったものかしら、私達は今からどこへ行くの?」
「そう、それが問題だ。ブレイン。下には何があるんだ?」
「……私もこの目で見るまでは確信が持てません。まずは実物を見て見ましょう」
ふむ。実物というと、何らかの物体があるということだな。
何だろう、前魔王の財宝とか墓とかかな?
今度の通路は短かった。
5分後に再び突き当たり。
再び右に折れると、またしても下に向かう通路だ。
どうやらこの通路は、コの字の形で地下に向かうようだ。
10分後、突き当たりに到着。
再び右に折れると通路があったが、下への傾斜はなく、水平な通路になっていた。
ブレインが声をかける。
「ここが最後の通路です」
皆でしばらく進むと、唐突に通路が終了。
その先は巨大な部屋があった。
だが薄暗くてよく見えない。
ブレインは躊躇も無くその部屋に入る。
続けて俺達もおっかなビックリで部屋に入った。
「こ、これは……」
その部屋を見回して俺は驚いた。
いや、これは本当に部屋なのか……
ここはさっきの通路と質感がまったく違う。
床や柱も金属で出来ている。
そして通路側の金属壁を除いて、
見渡す限り壁が見えなかった。
どこまでもどこまでも空間が続く。
パッツィ、ソフィア、マリベル、マルガリータの驚嘆の声が、部屋の中に響く。
「凄く広い部屋ね。果てがないわ」
「おおー!」
「見渡す限り全部鉄だわ。何かの建物かな……」
「……ここは何? 場所はどこ?」
最後のマリガリータの問いにブレインが答える。
「ここは左舷甲板直下、第4デッキです。やっと確信が持てました」
「……まさか、この大きさ……」
「甲板…… これが、伝説のあの…… あの魔王船の中だっていうの?」
マルガリータとパッツィが驚愕の表情を浮かべる。
んん、魔王船って何?
俺はパッツィに魔王船について聞いた。
「魔王船というのは、西の果ての海から魔王が乗ってきた船よ。伝承が少ししか残ってないけど、島のように巨大な船で、鉄でできていて、どんな攻撃でも跳ね返すことが出来たと言われるわ。でも残骸も何も見つからないから、ただのおとぎ話だと思っていた。まさか実在したなんて……」
パッツィは放心したように暗闇を見つめた。
ブレインは続けて皆に話しかける。
「それでは階段で下に降りましょう。第7デッキで私の『仲間』が皆さんを呼んでいます」
「光闇魔法――――光玉」
マリベルが魔法を使い周囲を明るくした。
船内や階段室が薄暗いためだ。
付近にあった階段でどんどん下に下りる。
階段も鉄製で、カンカンと降りる足音が周囲に響く。
どれくらい降りたろうか?
恐らくだが、ビルでいえば7階相当分を降りた気がする。
横にも縦にもとんでもなく大きな船だな。
「着きました。ここが第7デッキです。」
ブレインと俺達は階段室から出た。
そこもまただだっ広い空間で、倉庫のようにも見えた。
そこを艦首側に少し歩いて、通路に出る。
通路を少し進むと、少し大きなホールに出た。
そこには巨大な鉄の扉がある。
俺達が扉の前に立つと、それを待っていたように巨大扉は稼動音を響かせつつ、ゆっくりと開いていった。
巨大扉の内部の部屋に魔法の明かりが灯る。
「では参りましょう」
ブレインの先導で、俺達は巨大扉のある部屋に入った。
その中の光景に俺は思わず息を呑む。
で、でかい!
奥にいたのはブレインと同じ寄生魔獣だ。
だが遥かに大きい。縦横15メートルほど、高さは5メートル。
巨大な肉の塊で、血管がドクンドクンと脈打ってある。
肉塊のいたるところに、口や目があり、大きな目玉や、縦に裂けた大きな口は数メートルの大きさがある。
だがブレインとは違う特徴もある。色だ。
俺が召喚したブレインは緑色だが、
魔王船の寄生魔獣は真っ赤だった。
それがよりグロテクスさを目立たせる。
デカイ寄生魔獣って可愛くないな。
まだブレインのが愛嬌があるわ。
魔王船の寄生魔獣は、全ての目で俺を注視している。
やめてよね、そんなに沢山の目で見つめられると照れるじゃない。
と、とりあえず軽く挨拶しとくか。
「あっ、どーもこんちわ。俺、一応魔王やってるソールヴァルドです。ヨロシクー」
真っ赤な寄生魔獣はしばし静止。
おもむろに縦に裂けた巨大口を大きく開き。
そして吼えた。
ゥォオオオオオオオオオオオオォォォゥゥ!!!!
凄まじい大音量に空気が震える。
俺達は耳を塞いで、顔をしかめた。
真っ赤な寄生魔獣が突然吼えたので、俺はテンパった。
何、ひょっとして怒らせたのか。
やっぱ挨拶が適当すぎたのが悪かったか?
こ、こういう時はブレインに聞こう。
「な、なあ、なんでいきなり吼えたんだ。ひょっとして今ご機嫌斜め?」
「いえ、魔王様に挨拶をしております。『魔王様におかれましては、ますますご盛栄のこととお慶び申し上げます。さて、春光うららかな季節となりましたが、500年以上待ち、ついに魔王様に出会うことが叶い、歓喜に絶えません。前魔王との約束も果たされました。はなはだ浅学非才の身ではありますが、何とぞ魔王様のご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申しあげます。』と申しております」
「そ、そうか……」
巨大な心臓みたいな気色悪い姿だが、えらく礼儀正しいな。
人は外見のみで判断するべきでない。
ということか、いや、人じゃないが。
というか、春光うららかな季節って何だよ。
こんな暗い地の底で季節も何もあったもんじゃないだろう。
俺は疑問点をブレインに質問する。
「ところで、前魔王の約束って何?」
「さて、そこまでは私も分かりかねますが……」
すると真っ赤な寄生魔獣がブルブルの震え、体の一部が伸びて触手になり、ブレインのほうに伸びてきた。
それを見てマリベルは「ひっ」と言って顔を引きつらせる。
マリベルはグロ耐性が低いようだ。
触手の先端から、ポロンと赤黒い肉玉が落ちてきた。
ブレインはそれを見て、肉玉を食べた。
ああ、こいつは知識玉というやつだな。
これで膨大な情報の受け渡しができるんだった。
「ふむ、なるほど……」
「何か分かったか?」
「はい。前魔王は、次の魔王誕生を予期していたようですな。この地を去られる時、魔王船をここに封印していったようです」
「つまり俺のことか。それで俺に何をやらせるつもりだった?」
「過去の記憶については抹消されています。ただ前魔王から伝言を一つ。『船の装備と記憶はほぼ抹消した。そのほうが次期魔王もより楽しめるだろう』とのことです」
「なんだよそれ…… 好きにしろってことか?」
よく分からんが、前魔王は俺にヒントもくれる気はないらしい。
放心していたパッツィが気を取り直す。
「まずは今分かる情報を分析しましょう。そこにヒントが隠れているかも知れないし」
「そうだな、とりあえずは…… この船の諸元は分かるか?」
「ハッ、基準排水量41万1千トン、満載42万6千トン。全長は560メートル、全幅180メートル。主機関は6連装魔導ポンプジェット2基12軸です。最大速度は16ノット。最大乗員2万5千人。装甲は鋼鉄、アダマンタイト、ミスリルの複合装甲となります」
「ちょっと待て、42万トンだって……」
俺は魔王船のあまりの大きさに絶句した。
この世界で使われている船は、木造帆船が主流だ。
鉄で装甲された軍用の木造装甲船はあるが、最大でも3千トンぐらいだぞ。
600年も前に、こんな凄まじい船があったのか。
たしか、日本にあった世界最大の戦艦である大和が7万トン。
アメリカの原子力空母が10万トンだ。
地球最大の船は北欧の石油タンカーだな。
たしか56万トンだったはず。
いずれにせよ、この魔王船は、
地球でもおいそれと見れるような規模の船ではないぞ。
パッツィ達はポカンとしている。
やっぱ女の子は、船にはあまり興味がないか。
この魔王船がどれだけ常識ハズレの船か、
上手く理解していないようだった。
パッツィは疑問を呈す。
「うーん。凄く大きい船だということは分かったわ。でもこれだけ大きいと、動かすにも魔力が随分かかるでしょうね」
「それもそうだな。おいブレイン、こいつの動力源は何だ?」
「魔力結晶です。7つ星以上の魔力結晶が推奨されます。現在魔王船にはありません」
「7つ星以上の魔力結晶!! そんなの国宝、いえ伝説級の魔力結晶じゃない」
パッツィは驚きの声を上げる。
パッツィが言うには、
民間や軍用で用いられる魔力結晶は5つ星まで、
6つ星魔力結晶は、国宝として王族達がいくつか保管しているらしい。
しかしそれ以上の魔力結晶は、
文献には記載されているものの、
ここ数百年見つかってはいないそうだ。
「つまり、この船は動かない。今のところ無用の長物なわけか」
俺は心より安堵した。
これがいつでも動かせるとなったら、
いつの時期にか、俺達がややこしい事態に巻き込まれるに決まっている。
「ねえソール。この赤肉団子、天井や床を突き抜けてるよ。どこまで続いてるんだろう?」
ソフィアが真っ赤な寄生魔獣にこわごわと近づき、寄生魔獣の上下のつなぎ目を観察してる。
「たしかに突き抜けてるな。おいブレイン。あれはどこまで続いてる?」
「ハッ、一言で言えば『全体に』です。この魔王船の装甲の中層、床と床の間。あらゆる所に埋め尽くされております。これにより彼はこの船の全てをコントロールしているのです」
あまり想像したくない光景だ。
なるほどな。
つまり手甲剣に搭載されていたブレインのように、この金属の船は、あいつの体の外殻というわけだ。
ということは見方を変えれば、この魔王船は一種の巨大な生物とも言えるわけか。
ところで、
「なあ、あいつずっと黙ってるけど、ひょっとして喋れないのか?」
「はい。どうやら彼は相当の巨体らしく、この船を管理するためだけに進化した模様。思考は正常に行なわれていますが、喋る能力を失っております」
そうか、赤い寄生魔獣は吼えることしかできないのか、俺はてっきり、召喚する魔王によって寄生魔獣の色が違うのかと思ったが、この船の管理の為に特化したわけだな。
これで大体の情報は得た、
時間も無いしそろそろ帰るとするか。
聞きたいことがあれば、また来ればいいし。
しかしその前に、是非とも立ち寄りたい所がある。
俺達は、赤い寄生魔獣に別れを告げ、
長い階段を上へ上へと登っていく。
目指す場所は第1デッキ。
最上部甲板だ。
一度魔王船の全体の外観を見ておきたいのだ。
階段を登りすぎて足がダルくなってきた頃、ようやく甲板に出ることができた。
「こいつは……すごいな」
外に出て周りを見渡し、俺達は絶句する。
金属製の船体の大きさも凄まじいが、その巨大船体がすっぽり入る、巨大な天然洞窟もまた凄まじくデカイ。
洞窟はとても暗いだろうと予想していたが、意外にも船の外観が分かる程度には、明るかった。
天井を見ると、巨大なクリスタルが光っていた。
「あれは光のクリスタルです。あれの真上が雑貨迷宮の横にある古代遺跡となっています。古代遺跡の巨石が太陽の光を吸収し、光のクリスタルに送っているのです」
なるほど、古代遺跡の下がこんな構造になってるなんて、夢にも思わなかったな。
改めて船を観察してみる。
俺達が立っている場所から、200メートルほど先に船の舳先が見える。
船体の形は地球でいう「三胴船」に類似しているが、実際には船体は3つには分かれていない。
船の下には海水がある。
深いところでは外海と繋がっているのだそうだ。
前魔王がこの洞窟とクリスタルを見つけて、魔王船を封印。
出口を岩で固めたのだそうだ。
「お兄ちゃん、あれ……」
「ああ、城……だな」
マリベルが袖を引っぱるので、俺は艦首側から艦尾側に目を向ける。
そこには巨大な城が立っていた。
「あれが魔王様の居城、魔王城です」
ブレインが解説してくれる。
この巨大な船の中心部分。
地球の普通の船なら艦橋が立っている部分に、西洋風の大きな城が立っていた。
第3デッキから立っている、四方150メートルほどの円筒形の基礎の上に、重厚感のある城はあった。
城を正面から見てみれば、入り口には門衛門らしきものがあり、その中をくぐると張り出した小さな城下町のような場所に出る。
その先には、魔王城の城壁があり、周囲には10メートルほどの外殻塔が4つそびえ立つ。
城壁中央部には、城本体である大きな主塔。
その上には、2つの側塔に挟まれた居館がある。
城の高さは35~40メートルあるか。
リリアでは見ることがない、巨大な城だ。
船の艦橋部分に大きな西洋風の城が立っているので、俺から見れば違和感バリバリだが、
パッツィ達はこんな形の船を初めて見たためか、呆然としてはいるが驚いてはいない。
まあ何にしろ、斬新なデザインの船だな。
俺達は城付近を見物することにした。
門衛門を通って、小さな城下町らしき場所に出た。
600年の時が原因だろう。
城下町は廃墟となっていた。
木製の屋根はすべて朽ちて消え去っており、
後に残るのは石造りの壁のみ。
家の中を見てみる。
朽ち果てた木片。石のテーブル。
割れたコップにポッド。
ボロボロの布らしきもの。
様々な物が床に転がる。
今はただの残骸だが、
たしかに昔、ここに人が住んでいた痕跡があった。
600年前はどんなドラマが、どんな物語があったのか。
俺は様々な思いを過去に馳せた。
城下町を越えて、俺達は魔王城直下の通路を進む。
ここにも様々な部屋や残骸があった。
城に入ることができるホールや、魔導リフトの乗り場もあった。
俺達はそれを横目に、城の艦尾側に出る。
そこには闘技場があった。
闘牛もできそうな大きさだな。
そこを通り過ぎ、艦尾側の門から外に出る。
そこでも俺達は驚きの風景を見ることになった。
地球の船で言うなら、艦橋のすぐ後ろ。
煙突がある部分に山と池と森があったのだ。
ブレインが再び解説する。
「魔王様。あそこに見えるのは魔界山、魔王池、深魔の森と呼ばれていました」
ふむ。
まさか船の上に山やら森やらがあるとは思わなかった。
なかなか趣がある風景だ。
合理的な地球の船と違い、一見すると無駄と思える自然がある。
これは長期航海の癒しを考えてのことと思う。
ただここまで来ると、この魔王船は船というより、自走する島のように思えるな。
俺はふと深魔の森を見た。
何か視線を感じた気がしたからだ。
しかし森に動くものは見えない。
気のせいか。
あるいは鼠ぐらいいるかも知れないな。
さて、見るべきものは見た。
そろそろ帰るとするか。
日が沈むとこの洞窟内も真っ暗になるだろう。
俺達は通路から、再び雑貨迷宮に戻る。
向かう時は皆緊張していたが、帰り道はわいわい騒ぎながら帰った。
そりゃ伝説の魔王船が実在したのだから、ハイテンションにもなるわな。
「お兄ちゃん。また来ようね」
「ああ、今度は魔王城を探検してみようか」
マリベルも乗り気だ。
魔王船はもう動くことはないだろう。
あの赤い寄生魔獣も、500年以上もひとりぼっちで魔王船を守ってきたのだ。
寂しいだろうから、時折はあいつの様子も見てやろうか。
第24話 「デーモンキング・シップ」
⇒第25話 「ヒューガ」




