(96)不穏な空気(2)
何故か少々ネルに怯えているブレイドを落ち着かせつつ、現状把握の為に操作系統の力で支配下に置いているレベル9の霞狐を調査に向かわせる事を提案したジニアス。
『ジニアス様。ダンジョンの変化と言う事であれば以前の状態を知らない霞狐では難しいと思います。その原因が深層にあれば原因調査をさせる事も一考の余地がありますが、深層ともなれば同格の魔獣も数多くいるはずですので、少々危険かもしれません。補助魔法による強化も可能ですが、侵入中の冒険者やダンジョンそのものに悪影響を与える可能性もありますし、難しい所です』
ネルが申し訳なさそうにしているので、とりあえず霞狐による調査は諦めてアズロン男爵や冒険者であるヒューレット一行から状況を聞く事にしたジニアスは、今のやり取りをしっかりとスミナにも教えて、食堂に向かった。
アズロン男爵の領地と帝都でも活動をしているヒューレットパーティー一行は、アズロン男爵領で行われている復興の援助をしている隣国のシラバス王国との打ち合わせの為にアズロン男爵領におり、数日のうちに帝都の男爵邸に戻ってくる予定だ。
彼等が戻ってくるのを待つ事なく、その間に帝都にいるアズロン男爵に今日店主から得た情報を開示して情報を聞くのだが、男爵領や帝都での自分の邸宅近傍ではそのような話は一切聞いた事が無いと言う事で、新たな情報を得る事は出来なかった。
結局今の時点でわかっている事は、ダンジョンが今迄とは全く異なる環境になり始めているのだが、それは非常に危険と言えるレベルではないながらも一般冒険者にしてみれば死活問題になるかもしれない事だ。
その現象は、アズロン男爵領と、男爵領に接しているシラバス王国を含めた場所には異常がなく、それ以外の場所で起こっている可能性が極めて高いと言う事だった。
「あの……さ?ひょっとして、ひょっとしてだけど、あの時ダンジョン内部で出会った魔物の態度から想像するに、ブレイドとネルを避けてこの現象を何者かが引き起こしている可能性って、どうかな?」
ダンジョン内部をここまで変化させるには相当な力が必要で、ジニアスの経験から考えると、以前ソフィア達を救出する為に向かったダンジョン内部に潜んでいた魔物はその力を持っていると判断でき、更にはその魔物が何故あの場所に居たのかと言う事も気になり始める。
ジニアスの問いかけに対してその通りかもしれないと思いつつも、その対象は間違いなく自分ではなくネルであるとの思いから、ブレイドは思わずネルの顔を見てしまうのだが、当のネルは涼し気な微笑を携えたままの表情を崩さない。
『ジニアス様。確かに私のお花畑を無茶苦茶にした不届き者がいるのかもしれません。その責を負う事を恐れてコソコソとしている可能性は高いと思います』
どう考えてもお花畑は関係ないように思うのだが、二人を避けている事には間違いなさそうだと言う感触をつかんだジニアスは、その次の行動に対してどうすべきかを考える。
「えっと、ジニアス君?こんな事を言っては申し訳ないのだけれど、お父様の所に害がなければ正直あまり問題ないと思うの。他の場所について私達が勝手に手を出すと色々と問題になるし」
スミナの言う通りに、異常が見られるダンジョンはそれぞれ別の貴族や王族直轄の領地に存在しており、対策の義務については税を徴収している立場の者が負う事は当然で、そこに突然アズロン男爵の関係者が何の依頼も無しに出向いては現在までの妖幻狼の納品やヒューレットの専属契約などで良い目で見られていない事も相まって、余計な攻撃材料にされかねない。
「そうだね。じゃあ、被害がこっちに出る事がないように気を付ける事と、暇を見て情報を仕入れていれば良いかな?」
『それで大丈夫かと思います』
『私も、お花畑の犯人を捜す事をしつつ注視しておきます、ジニアス様』
その後にジニアスはヒューレット達も戻ってきた際に事情を説明したのだが、やはり彼等もスミナと同意見で、ある意味他人の持ち物に対して余計な事をしては更に皇帝からの覚えが悪くなる事は間違いないと言われたので、大人しくする事にした。
「でも、ジニアス君。幸運な事にシラバス王国でも一切異常がないから、俺達の身内、守るべき存在については今の所安全だよ」
「あ、それは良かったです。そうですね、そう言われれば確かに身内の安全を確保する事に全力を挙げて、余計な事はしない方が正しいですね」
王侯貴族のドロドロしたやり取りについて若干だけ経験したジニアスは、確かに余計な事をすると自分だけではなくアズロン男爵にも迷惑をかける結果に繋がると理解して、あっさりとダンジョンに対する対策を放棄した。
時を同じくして、冒険者ギルドから皇帝シノバルに対して、アズロン男爵領地にあるダンジョン以外については全て難易度が数段階上がっているとの報告がなされる。
「フム、何故アズロンの所だけ異常が起きていないのだ?」
「それは不明ですが、ひょっとしたら……あれほどの強さを持つ魔獣を従えているのですから、その力で無理やり制御しているのかもしれません」
「お待ちください。私はそうは思いません!きっと、いや、間違いなくアズロンが何か手を加えて自らの領地以外に騒動を起こそうとしているのです!」
相も変わらず謁見の間に同席しているダイマール公爵は、ギルドマスターの納得できる意見を完全に無視して、何とか目障りなアズロンを国家の敵だと皇帝シノバルに認識させようとする。
一応筋は通っている内容ではあるので、皇帝シノバルも暫し考え込む。
「両者の言い分共に有り得る内容ではある。だが、ダイマール。仮にアズロンの所が余計な手を回していたとしよう。お前はあの霞狐共やジニアスに従っている二体の魔物を相手にできるのか?更にはヒューレット達もおるのだぞ?いや、そうだ。ヒューレット達がいる以上、そのような愚行はないと考えて良いだろうな」
「そ、それは……」
以前であれば力のない身内を攫う等の絡め手を使える可能性があったのだが、今は目立つ服を着させられている霞狐が護衛をしており、そうなると自分達では視認できない他の魔獣の存在も否定できないので、無暗に仕掛ける事が出来ないダイマールだ。




