第17話 ライザの魔法の夜
FLATのメンバーに香織を加えたいつもの面子にライザを足して。なかなかの大所帯になった一行は北地区を南に抜け、中央区にある小さなレストランへとやってきた。
味もサービスもそこそこではあるが、小さいためほぼ毎回貸し切り状態になることが人気の理由であり、本日もそれは例にもれなかった。
「うっま!アカンヤツやぁ、こんなカロリーの塊………!」
うるさいくらいに騒ぎながら食べているライザの両手には、それぞれ骨付きのチキンが一本ずつ。皿には骨だけになった残骸が何本も重なっており、漫画のような光景であった。
「何本食ってもその感動出来るのは凄いな……。瑠奈くらい食うじゃねえか」
「わ、私そんなに食べないからぁ!」
豊満な胸を揺らしながら必死に空の言葉に反論した瑠奈の皿も、ライザと同じかそれくらいに骨が重なっていた。
「もぅ、空くんはデリカシーに欠けるよ……」
ぶつぶつと文句を言いながらも食べる速度が落ちない姿を見て、思わず香織は笑ってしまう。自身が置かれている状況を振り返れば、決して笑えるようなことは無いはずなのだが、香織は何故か油断したように笑ってしまっていた。
そんな和やかなムードのまま、食事会は二時間ほど続けられ、ライザと瑠奈が共に満腹になったところでようやく食事が終了した。
店には、眠ってしまった亜紀と、それをアジトに連れて行った瑠奈と花蓮。護衛について行った未来を除いた、空、香織、ライザの3人が残されている。
「いやぁ、あんなに美味いモン食わしてもらった上にお金まで出してもらえるとかホンマイケメンやわぁ!」
食べていた時の脂まみれの手と口元は今は綺麗に拭き取られ、満足げなライザらしい笑顔を浮かべていた。
しなだれかかるようにくっつかれた空もまた、楽しげに口角を上げている。
「なに、この後他の事で支払って貰えるだろうからな」
にや、と笑ってライザの顎を捕まえて離した空の言葉に、ライザはまた黄色い声を上げた。
「やぁん!肉食やんかぁ!……ええの……?」
両手を頬に当てながら身体ごとくねくねさせたライザは、最後の言葉を無駄に艶っぽく空の耳元で呟いた。
「………それは、また今度な」
なんとも言えない表情で苦笑しながら、空は香織へと手のひらを差し出した。
行動の意味がわからず、香織はこてんと首を小さく横に傾ける。
「お前のお得意のメモ……見せてくれ」
今度は言葉の意味は分かったが、真理がわからず不思議ではあった。だが元々説明が丁寧な人間ではない事はよく分かっているつもりだし、今日もそれに悩まされたばかりでもあった。
不思議そうにしながら素直にメモを手渡した香織は、こめかみに手を当ててじっと覗き込む空を見つめていた。
「なになに、何のメモなん?」
先程までの女性的な雰囲気を消し、短時間ではあるがよく見てきたライザらしい笑顔を浮かべた彼女は、眼をキラキラと輝かせて香織を見つめていた。
すぐ隣でメモを開いているのを覗き込まないあたりに、彼女の隠れた気配りなどを感じられることが出来る。
それはもしかしたら行商人として、ビジネスをする人間として自然に身についているのかもしれない。おちゃらけた雰囲気と砕けた口調で香織への距離を縮めたようにも思えた。
「ほんと個人的なメモですよ?……こっちに来たのが最近なもので……色々聞いたりした事は纏めてあるんです」
「ほぇー……マジメなんやねぇ?」
どうやらそこにお金の匂いを感じなかったのだろうか。ライザは感心したようにそれだけ告げると、ほぼ空になっていた食後のコーヒーを一気に煽った。
大量の料理を放り込んでなお、ケロっとした顔で勢いよくコーヒーを飲み込める彼女の胃袋こそ魔法なのか、と苦笑いしていた未来の顔を思い出す。
「………おい、ライザ」
「はいはいっ、なんでしょっ!」
メモを閉じて顔を上げた空は、そのまま視線をライザに向ける。
勢いよく返事をして右手を高々と上げた彼女の姿に楽しそうに笑いながら、メモをテーブルに置いた。
「今回はあの商品届けに来たって行ってたが………それだけか?」
「んんー?それだけって?」
何が言いたいんかわからん、と腕を組みながら呟いたライザは、怪訝そうに首を思い切り傾げて、椅子の上で胡座を組み始めた。
「ホンマに今回の仕事はあれだけやで?ちょっと遠かったけど、儲けにはなるからなぁ」
そう聞いて香織は、先程同い年くらいの少年に手渡していたガラス玉を思い返した。
両手で持ち運べるくらいの大きさだし、現実では百貨店だとか、百均にさえ売っていそうな見た目のものであったが、それがとても高価らしい。
最も、強制的に魔法が使えるようになるというものであれば、不安もあるが高値が付くのも頷ける。
「………ふむ、そっか……」
空は何故かそのセリフに不満げに声を上げた。また右手を上げて、今度は自身の耳についているFLATのリーダーの証である金色のピアスを触りながら少し考え、また口を動かした。
「じゃぁ、そうだな………。行商人だろ?何か商品は持ち歩いてないか?」
「商品ならもちろんあるで!………なになに、買ってくれんのん?」
嬉しそうに笑いながら腰につけたポーチを机の上に乗せたライザは仰々しく開き、中からまた小さな木箱を一つ取り出した。
「買うかどうかは分からん………でも、一通りは見せてくれ」
香織のメモを見て、考えてまで言った事がただの買い物なのだろうか。不思議そうにしながらも、香織とて異世界の商品には好奇心が湧いてしまい、机に置いてあったメモを取り返して、ペンを構えながら覗き込んだ。
中には小さな布切れだけが無数に並んであった。
紫色の布に包まれ、その一つ一つは指先に乗るほどの小さな塊であった。
「おぉ……凄いな」
ただ布が丸めて置かれているだけである箱を覗き込みながら、空は感嘆の声を上げる。
何が、と突っ込もうとした香織だったが、その言葉を口にする前にライザが布を一つ持ち上げた。
親指と人差し指で丁寧に、優しく持ち上げた布の塊を木箱の横に置くと、何故か自慢げに香織に笑顔を向けてくる。
「メモに増やしたってや!……ウチの魔法は特別やからね!」
そう言いながらまた壊れ物を扱うように優しく手を伸ばした彼女は、両方の親指と人差し指を使い、その小さな布の結び目を解いた。
するとどうだろう。
一瞬白く光ったかと思うと、小さな布切れは机の半分に行くかという程に大きく広げられており、その中心には鞄が一つ置いてある。
ライザが木箱を取り出した、腰につけていたポーチより3倍ほども大きいその鞄が急に現れると、香織も先ほどの空のように感嘆の声を上げることとなった。
「すごい……!どうやって出したんですかっ??」
また不思議な現象が一つ増えた、と嬉しそうにメモを取りながら食い付いた香織。
香織のメモを見ていた時のライザの様に、その瞳はキラキラと輝いていた。
「ふっふっふ〜!この布はな、ウチしか作られへん魔法の布やで!……これに物を乗せてたたむと……」
「………っ!!」
ライザは広げたばかりの布を持つと、香織に見せつける様にゆっくりと布の端を持ち上げる。大きな鞄を覆い隠す様になったかと思うと、また白い光が発生して、瞬く間に指先ほどまでに縮んで小さくなってしまう。
香織が感動の声を上げるより先にライザがまた布を開くと、先程と同じ様な白い光とともに大きな鞄が机の上に現れる。
「魔力量が凄いことはわかったが、これほどまでとはな。………まさに行商人になるための魔法みたいだな」
感心してどこか嬉しそうにも聞こえる声色で、空はそう呟いた。
無いアゴヒゲを満足気に指先で撫でる様な仕草をしながら、空は布の端を軽くつまんで顔を近づけた。
「コレは何回でもできるし、誰でもできるのか?」
「せやね。あくまで布は普通の布やねんけど、そこにウチが魔法を付与してる感じやから」
「………なるほどな、花蓮と同じ様な魔法か」
楽し気に話を聞いている空と必死にメモを取りながらも好奇心満載の笑顔を浮かべている香織。2人が2人とも同じ布の違う端をつまんで覗き込んでいた。
「重さはどうなるんだ?」
「よう聴いてくれた!ウチの魔法の凄いところはそこやねん!」
行儀悪くも椅子の上で胡座を組んだ脚を、パシン、と叩きながらライザは自慢気に声を大きくさせた。
「サイズだけやない、重量もほぼ無くなるんや!………布さえ用意できれば、家やろうと二本指で持ち運んだるで!」
狭いレストランではそこまで声を張り上げなくても絶対に2人へと言葉は届くのだが、ライザはさらに声を大きくさせた。
「まぁ、布は非売品なんやけどな!……それより、商品もオモロイの取り揃えてんでー?」
そう言いながらおもむろに立ち上がると、ライザは机の中央に居座った大きな鞄を持ち上げた。
「コレはな、保有の鞄って言うねんけど」
布でできたその大きな鞄の口を開くと、空と香織に覗き込ませる。
中には真っ暗な空間が広がっているだけで、おおよそ鞄の中身とはとても呼べなかった。
「あんなぁ?中に適当になんか入れるやろ?」
そう言いながらライザは、自身のコーヒーについていた紙ナプキンを取り出して鞄の中に放り込んだ。
その姿は、種も仕掛けも無いと魅せるマジシャンのような姿でもあった。
「そしたらなぁ?……なんかちゃうもん出てくんねん」
あっさりとした口調でそう告げたライザが鞄の中に手を突っ込むと、今度は大きな木の板がズルズルと引き出されていった。
「「おぉ〜!」」
空と香織はただの客へと変わっていた。
現実にも実演販売というものがあるが、ライザはそういった才能があるのかもしれない。
淡々と見せているだけであるが、その口調や仕草は2人を存分に引き込んで楽しませていた。
「………違うものっていうのは具体的には?」
空がそう聞くと、ライザは笑いながら木の板を鞄に戻し、今度は小さな靴下を取り出した。幼稚園児の足程の大きさのその布切れを見せながら、ぷらぷらと揺らしている。
「ちゃうもんはちゃうもん!……何が出るかは分かれへんねん」
あはは、と笑い飛ばしたライザは、ゴミを捨てるようにポイっとその靴下をまた鞄に戻して口を閉じた。
「……ランダム?しかも最初のものは戻せないのか?」
「うん、無理やな!」
「……その鞄のメリットは?」
「オモロイ!」
それだけやな、と笑いながらライザは鞄ごと布で包んで、また指先ほどの小さな布の塊に戻してしまった。
「おもろい……って、それだけですか?」
苦笑ともバカにしているとも取れる笑いを浮かべながら、香織がそう聞くと、ライザは心外だとばかりに頬を膨らませて唇を尖らせた。
「オモロイってのは大事なことやでっ?」
そう言いながら次に彼女が開いた布の中には、真っ黒な小箱が一つ。手のひらサイズのそれをまた2人が覗き込むと、楽し気にライザが話し始めた。
「コレはなぁ?お金を入れんねん。そしたらちっちゃい妖精さんが出てきてなぁ?なんでも言うこと一つ聞いてくれるんよ」
懐から小銭を取り出すライザ。現実世界での1円玉と同じように、イヤリスで1番低い額の銅貨を中に入れると、香織の人差し指ほどの身長の妖精が出てきた。
4枚の羽をパタパタと動かしながら空中に浮かぶソレは、女性のような顔立ちをしており、身体つきも小さいながらに女性的であった。
「でも聞いてくれるのは、額による。もちろん世界征服だとか、ギャルのパンティとか無理な事は無理やけどな」
コーヒーお代わりもろてきて、と告げたライザは、カップを小さな妖精に持たせる。
一度頷いた小さな彼女は、パタパタとまた羽を動かしてゆっくりとキッチンへと飛んで行き、数分もすると半分ほど中身が注がれたカップを持って帰ってきた。
ライザのソーサーに戻すと、手を振りながら煙のようにその姿は消えてしまう。
「なるほどな、額によるって……バイトみたいな事か」
「妖精さん!そんな夢のない言い方はせんといて!」
不満気にまた唇を尖らせながら、ライザは黒い小箱を布に包みなおした。
「もうっ、オモロイとかそう言うことをもっとちゃんと考えてや!」
三度目の正直、と笑いながら布切れを開いたライザは、中に入っていた木箱を開けて、中身のブローチを取り出した。
「コレは便利やでー!ブローチなんやけどな、ただのブローチちゃうねん」
それは何となく2人も理解していたが、素直に頷いてみせる。
特に空は、今までのような楽しむ顔ではなく、説明を聞き漏らすまいと真剣な顔立ちをしていた。
赤と青、それぞれのブローチを見せながら、ライザはまた自慢気に口を開く。
「魔法石で出来ててな!片方が割れると、もう片方に触れてある物質が、割れた側のところに飛んでくるようになってんねん!」
「………ふむ」
腕と脚を組みながら、空は真剣に頷いた。
確かに便利かもしれないが、空がここまで食いつく理由がわからず、香織はブローチと空を交互に見つめ始めた。
「触れているって言っても、もうちょい凄いんやで?…例えば、家の床に置いて、もう片方を違うところで砕くと、家具とかそう言うのも全部建物ごと移動できんねん!引っ越しとかに便利やろ?」
そんな凄い現実離れした魔法にも関わらず、例えが現実的過ぎて、香織は思わず口元を隠しながらくすくすと笑い始めてしまった。
「生物は?…例えばお前が違う場所で砕いた時に俺が身に付けてたら俺はどうなる?」
「転移できるで!……もちろんすっぽんぽんとかでも無く、装備とか服装もそのまんまでな!」
「なるほど………」
ここにきて真剣に聞き始めている空に、ビジネスチャンスを見つけたのか、香織は身振り手振りを交えて商品の説明を続けていく。
「1人分しか出来へんねんけど、荷物とか持ってたらそれごと転移できるから、都会の討伐隊は使ってる人らも多いなぁ」
それにそれに、と香織が口を挟んだり考える暇もなく、ライザは二の矢三の矢を次いで出していく。
「後はなぁ、戦闘にも使えるんやで!………石が砕いてから数秒ラグがあるから、石を魔物の巣とかに投げ入れたら、奇襲できるやん?………しかも、軽く投げるくらいの衝撃で発動するから楽やしな!」
「………それは、裏を返せば落としただけで発動しないか?」
その一言に、ライザが冷や汗を一筋かきながら乾いた笑いで笑い飛ばした。
「あっはは、流石頭ええね?……んー、そこは取り扱いに気をつけたってや!ネックレスにするとかでもええしな!」
「なるほどなぁ………………いくらだ?」
「えっ、空さん買うんですかっ?」
急な空の態度にただでさえ戸惑っていた香織は、ようやく口を挟む事ができた。
自身の財布を懐から取り出しながら買う気満々の彼に、驚いたように香織は椅子から立ち上がった。
「別に変じゃないだろ………面白いってのは大事みたいだしな」
「さっすが!!イケメンで太っ腹!………今ならウチも一晩ついてくるけど〜?」
その言葉に笑いながら頷いた空は、ゆっくりと席を立ち、ブローチを箱に戻した。それを揺らさないようにかゆっくりと抱えながら香織に手渡した。
「後で未来が迎えにくるから、渡してくれ」
「………えっ?………えぇ、わかりましたけど………」
相変わらず前振りだとかそう言ったものが存在しない男だ。振り回され慣れ始めた香織は反射のように頷いたが、説明をしてくれ、とこの男に対して何度思ったかわからない感情をまたふつふつと沸きあがらせる。
「じゃぁ、未来が来たらお前も今日はアジトに泊まれ」
さらに新たな情報を香織にぶつけながら、空は肩を抑えて香織を座らせた。
財布から金貨を取り出して二枚置いた彼は、そのまま席に座る事なく店の扉へと歩いていく。
「えっ、え!空さんどこにっ?」
未来が来るならそれまで一緒に待てばいいだろうと言外に伝えた香織は、また戸惑ったような声を上げる。
その声を聞いて空は扉を開けながらテーブルを振り返った。
「ライザ。ブローチにお前も付いてくるんだろ?……行くぞ」
「わっはぁ!行く行く!!………へへっ、また儲けたで〜!」
出した時と全く違う雑な手つきで商品の入った箱をポーチに戻し、それを抱えたまま席を飛び出して空の腕へと飛びついた。
「ほんまにええのん………?」
「買ったのは俺だから好きにさせて貰うぞ」
そうからかうように笑う空の言葉に、ライザは甘えるように体重を預けてくっついた。
そんな様子を見ていると、何故か分からずイラつきすら覚えてしまう香織だったが、文句を言う前に2人は店を出て行ってしまう。
「………………はぁ」
脱力したように大きくため息をついた香織が店に1人残される。
何気なく木箱を開けると、赤と青のブローチは変わらずランプに照らされ、怪しく輝いていた。