第16話 ギルバートと空
「わはは!そりゃこんなガキンチョに比べればオレは大きいオトコだぞ!」
香織の呟きを聞いたその巨体のオトコは、また地響きを起こしながら楽しそうにお腹を抱えて笑っていた。
香織が周りを見渡すとFLATのメンバーは、慣れて呆れた様子で耳を塞いでいた。ライザは何故か楽しそうに合わせて笑ってもいた。
けれど、香織はとても笑えるような気分ではない。
何か不快だと言うわけではないが、このような巨体が現実に存在するとは思えないのだ。
イヤリスの街はーーというより、あの扉を潜った後は現実世界ではない。それは分かっているが、あくまで自分達は自分達。世界が異質なだけであって、そこにいる人が異質などと言うのは、今の香織には到底理解が及ばぬものであった。
呆気にとられながら必死に脳を働かせていると、いつの間にか近づいてきていた巨体は、香織の目の前にあるヘソを震わせながらもう一度笑い、ゆっくりと片膝を立てて座り込んだ。
「嬢ちゃんは初めましてだな。オレはギルバート。イヤリス一の討伐隊『龍演会』のリーダーをやってる」
片膝をついて話す姿勢自体は西洋の騎士のようでもあったが、その巨体を窮屈に縮こまらせても、香織は首が痛いくらいには見上げていた。
戸惑い、視線を泳がせながらも、香織は挨拶にはきちんと挨拶で返す、という常識のようなものは刷り込まれていたようだ。
特に何を言おうか考える前にその口が小さく動き出した。
「五十嵐香織、です…はじめまして」
それだけ言って差し出した右手に、ギルバートの右手が伸ばされた。その掌だけで簡単に香織の全身を包み込むことができそうだ。
握手というにはあまりにも不思議な絵面であったが、そこに疑問を抱く人間はどうやら香織以外いなかったようである。
「ほんなら、早速で悪いけど商品の確認と支払いお願いしてもええか?」
かた、と軽く小箱を持ち上げて揺らしたライザは、握手したままのギルバートの隣へと近付いた。
「おう、わかった」
「………ここで開いていいのかよ?」
空はどこか遠慮するように小さく呟いたが、対するギルバートは可笑しそうに笑い飛ばす。
「わはは、こんなもん隠すことでもないわ!ちょっとばかし高価なだけでな」
そう言いながらギルバートが木箱を乱暴に引きちぎるように開けると、中から水晶玉のような綺麗なガラスの球体が出てきた。
「わぁっ!本物は初めて見た!」
今まで後ろで瑠奈や亜紀の相手をしていた花蓮が、ピョンピョンとウサギのように跳ねながら木箱へと吸い込まれていく。
ガラス玉に負けないほどに目を輝かせた花蓮は、引き気味のギルバートの視線もどこ吹く風、手こそ触れないがじぃっと木箱を覗き込んでいた。
「意外だな、お前らコレ使わないのか?」
いいぞ、とそのまま木箱を花蓮に預けたギルバートは、自身の顎をその巨大な右手で撫でさすりながら空を見下ろした。
「俺らは戦力をそこまで求めてないからな。そいつのきっかけとかを大事にしてる」
こいつもな、と香織の背中を叩いた空だったが、あのガラス玉が何に使うのか分かっていない香織はきょとんと首を傾げただけであった。
「ふん、そんなもんかねぇ……。どうだ、FLATの魔道具使いよ、コレはホンモノかい?」
「だから初めて見たってば!………でも、この魔力量と綺麗なガラス玉…偽物を作るにはコストがかかりすぎてると思うよ?」
「………あい分かった。行商人の嬢ちゃん、支払いは中でする。着いてきな」
花蓮の言葉に真剣な顔で頷くと、ギルバートはライザを連れて城の中へと入っていってしまった。
2人の背中が扉に隠れてから、ようやく香織はリラックスしたように息を吐いて肩を落とした。
「………説明、して貰えますか?」
じと、と隣に立つ空を見上げると、彼は含み笑いをしながらゆっくりと敷地の外へと歩き出した。扉の見える位置、壁に背中を預けると自然にメンバーが周りに集まっていく。
少し遅れて香織も駆け足で近付いた。
「どっちについてだ?」
「どっちも、です」
メモを広げながら、鼻息荒く香織は空へと顔を近づけた。
「じゃあ、ガラス玉からだな……アレは、魔法を強制的に発現させるアイテム、だよな?」
「えっ?うん!そうだね……しかもちゃんとホンモノだと思うよー?」
急に話を振られて驚いた様子の花蓮は、それでも直ぐに香織を見つめながら返答を口にした。
両手を頭の後ろに組みながら、「いいなぁ、あたしも欲しいなぁ」と1人寂しそうに城の扉を見つめている。
「そんなの、あるんですかっ?」
だったら私にも教えて欲しかった、と細めた目で空を見上げるが、返ってくるのは苦笑いだけであった。
「言ったろ。俺はアレに頼るより、そいつが修行して使えるようになった方がいいと思ってんだよ」
いつの間にか瑠奈の腕の中ですいよすいよと寝息を立てている亜紀を撫でながら、空は慈しむように優しい笑顔を見せていた。
「後何より、魔法発現球は高いんだよ……常日頃危険な魔物を狩って儲かっている討伐隊だからあんな簡単に買えるの」
サブリーダーで細かいFLATの運営を行なっている未来がそう補足する。
だが表情から読み取るに、空と同じであまりあのガラス玉に良い考えはないのだろう。空と同じように何かを隠したような笑顔を浮かべていた。
しばらくその言葉を聞いてから、香織は自身で聴きながら増やしたメモを覗き込んで、何度か納得させるように顔を縦に動かす。
「なるほど、それについては大丈夫です」
寧ろ、もう一つの方が疑問的には大きい。
そう言わんばかりにあっさりと香織は説明を呑み込み、空を見つめ直した。
「あんな大きい人……あり得ないですよ」
声が大きいと龍演会の門番にも聞こえてしまうからと声を潜めて話す香織。その声は小さいけれど感情がこもっており、動揺したような声色だった。
「……そうだな、現実には居ないだろうな」
「居ないだろうなって……確かにここは現実ではないかもしれませんけど!」
あまりにも自然に受け入れて話す空の反応に、自然と声が大きくなってしまった香織は首を小さく横に振って、また小さくも迫力のある必死な声を出した。
「それでも、私達は現実の人間でしょう……?ほら、制服!……最初に来た時に鏡も見せてくれたじゃないですかっ」
自身の襟元をぐっと引っ張って見せながら香織は空へと一歩詰め寄った。
「うん、まぁな?……でも、それだけの条件に当てはまらない奴もいるのさ」
「そんなの……っ!」
「あり得ないか?……魔法なんてのがあるんだから今更だろ」
鼻を鳴らして少し小馬鹿にしたように笑った空は、香織の鎖骨あたりに握った右手をそっと当てがった。
「姿を変えられる魔法、そう考えたらいいだろ?」
にや、と明らかに真実は伝えていないような笑顔を浮かべたままで空はそう告げる。
否定はしたいけれど、未だ香織自身理解していないし、使う事も出来ていない魔法というものを持ち出されてしまうと、引き下がるという選択肢しか残されてはいなかった。
「それに、コレはお前に前話した事にも関わってくる」
空はちらっと周りを見てから香織と同じように声を潜め、顔を近づけた。
いつまで経っても空のような整った顔立ちの人間に顔を近づけられたりするのは慣れない。香織は詰め寄った分の脚をゆっくりと引いた。
「……前、話した事………」
自身の魔法についてヒントをくれた時だろうか。ここだけの話にしてくれと言われた記憶もあるし、メモを開かずともその内容は単純だったためか頭には残っている。
自身のトラウマや辛かった事と魔法は密接に関わっている。だったか。
ギルバートさんは、小柄でそれが悩みだったとすればそう言った魔法が使えてもおかしくは無い。
無理矢理自分を納得させたように頷いた香織は、ゆっくりと空を見つめ返した。
「納得はしないけど、理解はしました………。ほかに、話してない事はありませんか?」
寧ろあるだろう、と言う気持ちを込めて皮肉気味にそう告げたのだが、空は気にも留めないように笑っていた。
「さぁ、何を話したかも忘れちまったよ」
文句を言う気持ちすら無くされてしまった香織は、諦めたという気持ちのままに大きくため息を吐いた。
そのため息と同時に、先ほどしまった扉が音を立ててまたゆっくりと開かれ、中からライザが満足げな笑顔で出てきた。隣には先ほどのガラス玉を両手に抱えた香織と同い年くらいの少年の姿もある。
「いやぁ、儲けた儲けた!ギルさんは太っ腹やなぁ!また贔屓にしてって言うといてや!」
「はは、分かりました。こちらこそありがとうございます。わざわざ遠い所を届けていただいて」
礼儀正しく頭を下げる少年に手を振り別れ、快活に笑いながら近づいてきたライザは、しゅび、と右手を素早く上げて空達へと近づいて来た。
「お待たせ!……ほんなら、お食事デートと洒落込みましょ!」
それだけ告げると、ライザは敷地から出て行き、FLATのメンバーが後へとついていく。香織がさらに後ろからついていこうとすると、少し先を歩いていた空がおもむろに振り返った。
「香織。もう一つ伝えたい事があった。………明日俺に付き合え」
「………明日?今じゃダメなんですか?」
「時間がかかりそうだからな………お前の魔法についてだ」
「………!………そういう事なら」
うん、とメモをしまいながら一度頷いた香織は、空へと並ぶように駆け足で近付いた。
「まぁ、細かく話せるかどうかは、この後次第だけどな」
そう1人つぶやいた空は、離されてしまったライザの背中をじっと見つめている。
やがてゆっくりと歩き始め、離れていく空達を、少年はガラス玉越しにじっと見送っていた。




