フィリアの思い
俺は先輩の部屋を出ると、王女フィリアの元へ向かった。
行動を起こすにしてもまずは情報を集め、手がかりを元に居場所を特定しないと何もできない。
俺は勇んで駆け出したものの、
「お止まり下さい! ここから先はフィリア様の執務室です。今は誰ともお会いしないと申しておりますので、お立ち去り下さい」
と、二人の兵士に止められた。
「ん、だからフィリアに会いに行くんだよ、退いてくれ」
俺は極めて簡潔に用件だけを述べた。
今は一刻を争うのである。
下らない口論は勘弁して欲しい、と思っていると、
「ですから~、今姫様はお忙しくてお前みたいなクズに用はねーって言ってんだよ、分かれよな」
随分と敵意のある視線と共に、んな戯言を行ってきやがった。
「お、おい、勇者様になんて口を!」
「へっ、何言ってんだよ。女の影に隠れて、守ってもらうしか能のないただのクズ、勇者でもなんでもねーだろ! 剣も振れねー、魔法も使えねー、何しに来たんだよお前」
別に好きで来たわけじゃない。むしろ、来ない方が良かった奴もいた。
それでも呼んだのはこの国だ。それくらいは理解できないのだろうか。
俺には向こうに大切なものは存在しないが、家族から、友達から、引き離されてここにいる連中がいることを、こいつは理解できないのだろうか。
いや、違うか。
単純に、俺が何の力も持ってなくて、なのに勇者の仲間であることがムカつく、とか、忍に守られてる俺がムカつくとか、その程度の感情でしかないのだろう。
俺は結構な数の騎士や魔導師の前で、情けない姿をさらしている。
そんな人間が、勇者とか言われて、特別扱いされ、さらには金銭まで支給されているのが、気に食わないだけなのだろう。
だけれど、そんな理由で俺の進路を塞ぐつもりなら、鬱陶しいな。
「んだよ、だんまりかよ最弱勇者、雑魚は一人じゃ何もできまちぇんか、ママのおっぱいが恋しいんでちゅか、随分と情けねーな、おい。ぎゃはははははははははははははははっ!」
そんな不良生徒のようにこちらを貶す、屈強な騎士に、
「はぁ……」
俺は興味を失った。
「ちっ、んだよ、調子に乗ってんじゃねーぞ。ああ、いいこと思いついたぜ、俺達を退かせりゃ通っていいぜ、ま、お前には一生かかってもむりぶぼごほっぅぅっっ!!」
あり?
俺は何もしていないはずだが、騎士がぶっ飛んでいった。死んでないかが心配になる勢いで。屈強そうな騎士Aがのた打ち回る余裕もなく、ピクピクしながら気絶している。
繰り返し言うが、俺は何もしていない。無罪を主張させていただく。
「黙って聞いてりゃ、あんた、主様に好き勝手言って、ふざけるのも大概にしなさい! 与えられた力を行使してもらうしか能のない、有象無象の人間風情が、この智慧の書の主様に、生意気言うんじゃないのですよ! 無知は死ね、愚か者!」
どうやら、激怒して何らかの魔術を行使したのはイリスだったらしい。
相変わらず好き勝手に動く奴である。
「おい、イリス。そこは俺が、こう、なんか、お約束通り三下をぶっ飛ばすシーンじゃないのか?」
「ムカついたからやった、反省も後悔もしていない」
「うおぃ! 殺してないよな?」
だがまあ、すっきりしたのには違いない。
「手加減はしました。風圧衝撃――ただの低位魔法なので死にはしないでしょう」
「ならよし」
「よくありませんっ!」
と、隣の騎士が言うが、ぶちのめして通れと言ったのは、訂正、言いかけたのは彼のほうだろう。
「まあ、何はともあれ、グッジョブイリス」
「ブイ、なのですよ~」
そんな二人の人影を、取り残される騎士が追える筈も無い。
彼は素直に救護班を呼びにいって、俺達を止めはしなかった。
「しっかし、イリス……貶されてキレるとか、案外感情豊かなんだな、お前」
いや、出会った当初から今に至るまでずっと、こいつは無駄に五月蝿く、感情の発露も激しいのだから、今さらともいえるのだが、俺のために勝手に動いた今の行動を見ると、どうにも言っておきたくなった。
「何を今さら、私は元知性ある宝具であり、今は主様の奴隷なのですから、当然です。これからは一人前の乙女として扱ってください!」
と胸を張るイリス。
何だかんだ言って、今のように魔法が扱えるのもこいつのおかげか。
そう思うと、あれ俺全く成長してなくね、と思うのだが、イリスは俺の能力なので俺の力である。そう思わないとやってられない。それに利用しているのは俺の魔力なので、やはり俺の力といえる。
ま、助けられてばかりなことに変わりはないが、俺は別段助けられることが嫌いじゃない。
助けられることもまた、才能であるのだ、とそう思いたい。
妙なトラブルに巻き込まれたものの、俺は無事に女王の執務室へと辿り着いた。
俺は一端イリスをしまって、一人で扉の前に立った。
どうせ、ノックしても入れてくれなさそうなので、そのまま無礼に失礼させて貰うことにする。
光を受け入れたその先には――
「放して、はーなーしてーよぉー。お姉ちゃんが、お姉ちゃんが助けに行くんだもーん。お姉ちゃんが、お姉ちゃんがーぁあああああああああああああああああ」
泣きながら駆け出そうとするのをメイドに止められる、フィリアの姿があった。
なるほど、これは確かに人には見せられない。騎士が止めたのも納得だ。
俺は礼を失したことなど頭から飛んで、なんとか受け入れがたい現状を平然と飲み込もうとする。
「えっと、フィリア殿下?」
「勇者ー、セラをのけてぇえぇー、ユーリカを、ユーリカを助けにいくのー!」
そんな、普段の口調を忘れたように幼児退行したフィリアとは対極的に、いつもフィリアの傍にいるセラと呼ばれるメイドは冷静だった。
「ごきげんよう、勇者様。姫様は今、見ての通りポンコツですので、用件があれば、私が伺いますが?」
説明なし。
つか、動揺もなし。
凄まじいな、このメイドさん。
「いえ……あ……はい……」
思わず口ごもってしまったが、今は一刻を争う事態なのである。
「ユーリカ姫が攫われた場所と、手がかりなんかを教えて頂こうかな、と思ってきたんですけど……その、姫様、大丈夫なんです?」
「勇者様は予想以上に聡明な方ですわね。ユーリカ様は恐らく無事です。殺しては人質、そして交渉の余地が失われますので。こっちの方はお気になさらず」
と、セラは言う。ちなみに聡明なのは俺ではなく先輩。俺は朝まで誘拐事件のことなど全く知らなかった。
「あー、うー、どうせ私なんか役立たずですよー、ユーリカを攫われてしまう駄目な姉なんですよー、だ。うええええーーーーーん」
とソファーに蹲ってしまった。
まるで子供だ。
これが一国の姫の姿と聞けば誰もが笑うだろうが、俺はそんな彼女を笑う気はない。
何故なら、日本での成人は二十歳で、彼女は明らかに子供の年齢を出ていない。
そんな、高校生でもやってるのが普通な少女が、脳ミソ焼ききれるような政争の中で、あれほどの手腕を振るうのだから、弱さの一つくらいはなければそれはもう人じゃないだろう。
彼女にとって、それがユーリカという名の妹だった、それだけだ。
「すいません勇者様……ですが、既に追っ手はもちろん捜索隊も近衛騎士から選抜し捜索しております。直に保護されるでしょう」
と、そう言うセラの言葉を俺は内心で考える。
同時に、このメイドはフィリアを気遣っての発言をしていることは間違いないので、俺はフィリアを刺激するような真似はしないように振舞う。
そういえば、俺もよく泣いている子供をあやした事がある、勿論趣味で。
こういう時はまず、安心を与えることが大切だ。
それは、言葉よりも、身体的な接触が良いだろう。
俺は蹲って泣いているフィリアにちょいちょい、と手招きをして、ソファーに座り膝の上を軽く叩く。
「ほれ、姫様、おいで」
弱っている人間は人肌を求める。
本来ならば、このメイドさんがやって欲しい所だが、普段からの付き合いが邪魔をして、甘えることができないのだろう。
俺はその代役である。
姫様は警戒するように擦り寄っては来るものの、心を許す気はなさそうだ。まあ、得に信頼関係を築いたわけでもないので、当然といえば当然だ。
でもまあ、辛いときに一人でいるよりは二人でいたほうがいい。これは確信を持って言える。
俺は半ば無理やりフィリアの腕を掴むと優しく、涙に塗れた顔を膝の上に置いてやった。
「うぅぅぅ、ユーリカぁぁ…………」
「うん、きっと無事です。何事もなく帰ってきますよ。姫様は自分ができることがもうなくて、辛いんですよねー」
彼女のことだ打てる手は打ってあるのだろう。
で、全ての対応が終わって、できることがなくなったから不安で、辛い。
ただ待っているだけの自分が許せない。
何と言う贅沢すぎる悩み、だけれど、彼女にとってはそれが何よりも辛い。
「もっともっと、兵士を護衛につけておけばぁああ。でも、近衛もつけたし魔術師も精鋭を近くにおいていたのに……私が見誤ったのです……そのせいで、ユーリカが……」
俺はフィリアの頭を撫で様として、その手をセラに止められた。
そして何故かセラがフィリアの頭を撫で始めた。
俺はアイコンタクトで、
――代りましょうか?
と、伝えてみるが、返事は首を振るだけだった。
多分フィリアは、習慣的に身についた性として、部下に弱みを見せたくないのだろう。今さら手遅れな気がするのだが、やはり越えられない一線というものがあるらしい。
でもまあ、彼女はこの場に合った最良の選択をしてくれているのだろう。
弱みを見せた以上、俺の無礼も見逃してくれている。
こんな姿他の騎士達に見つかればただでは済まされない現状を、だ。
無駄な問題を省くために、俺は何も見なかった、彼女も何も見ていない、これでウィンウィンな関係である。
それにしても、これだけ溺愛しているのだから、彼女が警備に手を抜くはずはない。
近衛騎士を退け、魔術師も打ち倒す。そしてその上で人攫いを行う腕がある敵で、かつ雇われで、切捨てが可能、さらにはそれなりに信頼も必要、となるとかなり絞れそうな気もするけど、まあ犯人は誰でもいい。
「俺はロリ姫と仲良くなれればそれで――」
「ゆうしゃー!」
しまった、声に出ていたらしい。
俺の膝に蹲っているフィリアが怒りと共に、ポカポカと膝を叩く。
「は、はい」
「ゆーうーしゃー!」
叫びながら、足をパタパタさせるフィリア。
何この生き物、可愛い。
いや、待て。
態度は子供だが、年齢的には好みじゃない。
落ち着け俺、冷静になるんだ俺。
「何でしょう、姫様」
言いにくそうに顔を伏して、瞳を隠しながら、フィリアは言った。
「――ユーリカを助けて!」
「っ! いいんですか?」
予想外の言葉に思わず飛びつく。
「やだよ、あんた頼りないし」
グサッ!
「あんまかっこよくないし、弱そうだし」
グサグサっ!
違う、俺は別に不細工でもないし、弱くもない。
ただ俺の周りが超絶美少女とあり得ない才能の持ち主ばかりだから、比較されると駄目人間、それだけなのである。
「でも、セリアちゃんが幸せそうになったのはあんたの近くに置いてからだから、一応信頼してあげるの、感謝しなさい!」
「あ、ありがとうございます?」
「でもユーリカに触っちゃ駄目だからね、汚れるから」
「ひでぇ言われようだな……ま、でも姫様が駄目って言っても俺が助けますけどね、何せ俺、子供の前では勇者ですから」
俺はキメ顔でそう言った。
「セラ、勇者に情報を渡して」
え、無視?
ちょ、なんかリアクション頂戴よ、いや下さい。
「はっ、では勇者様まずは事件現場から――」
「ちょ、マジで無視? 俺超恥かしいんだけど……」
「ヒーローですから、プププ」
「はい、ヒーロー様、お聞き下さい」
「…………」
死にたい、であります。




