禁書創造
「…………って……さい……」
深い深い意識の底に、少女のソプラノ声が響き渡った。
体を揺すられて、俺は半ば無理やりに意識を回復させられた。
「もう、起きて下さいってば、主様ー!」
「…………んっ……」
気がつけば、俺の肩を叩いていたのは、智慧の書なのだろうか。俺は一瞬、それが誰なのか分からなくなった。
本の上で、騒ぐ小さな人影。もっと正確に言うならば小さすぎる人影。
フィギュアよりも小さいその少女は、虹のように輝く髪と、透明に近い透き通った羽根を背中に生やしていて、まるで妖精のようとでも言えばいいのだろうか。
「お前……さっきいた本なの、か……?」
俺は現状を確認すべく、目の前の人影に聞く。
すると、
「はいなのですよ、主様。主様が魔力を一杯注いでくれたので、仮想生態を作ってみました!」
えっへん、と胸を張る少女を俺は、とっ捕まえて、握り潰さんとばかりに締め上げた。
「ぐぇ……ぐ、ぐるじい……です……、な、なにずるんですが……」
「お前な、よくも爆発させてくれたな……! 死ぬかと思ったぞ! ついでにわざとじゃねーだろーなー!」
俺は恨みつらみを込めて、妖精を握り締めた。
本体は魔導書のはずなのだが、それなりに苦しんでいるので良しとしておこう。俺は頭痛のする頭で震える手に命じ、人形のような何かを握る。
「わ、ざとじゃない、です……主様が規格外すぎるんです……て、天の遺物たるこの私が――」
器用に身をよじって、妖精は腕の中から飛び出す。
「とうっ! しゅた! ――そもそも天の遺物たるこの私が吸収しきれない魔力とかありえないんです! そのせいで私は主様の、その……」
恥かしそうに、いやむしろ楽しそうに、そいつは言う。
「――性奴隷にされてしまいましたし」
「……はっ?」
「もう、何度も言わせないで下さいよ。もう私は主様の、せ、い、ど、れ、あぶっ、痛いです締め付けないで下さい、痛いです、痛いですってば!」
語尾にハートマークでもつけてんじゃないかってほど蕩けた声にイラついて、俺は再び妖精を握り締めていた。
幼女には優しい俺だが、これが女であるかは疑問である。元は本だし、優しく扱う必要はないだろうと俺は結論付け、指先に火を灯す。
「どういうことだよ、分かりやすく、簡潔に、ふざけず言えたら苦しめずに燃やしてやる」
「燃やされることは確定事項なんですね!」
「簡潔に言えなかったな、よし、苦しめて燃やす」
「横暴すぎるっ!」
「ヒャッハーーー! 汚物は消毒だぁー!」
「世紀末すぎるっ!」
「知ってるか? 火刑ってすぐに死ねず喉を焼かれて苦しんで死ぬんだってな」
「知ってますよ! ついでに言うと、火傷よりも窒息死で死ぬ人間のほうが多かったりします、これ豆知識です、って火近っ! 待って、待ってください、説明します、説明しますから!」
俺は、美少女フィギアと化した元本の少女から火を遠ざけて、話を聞く。
「簡潔にな」
「失敗した、奴隷になった、以上――」
「分からん、詳しく」
「実はですね、契約魔法というものは、使う人間がその構成手順を正確に知らない場合が多いのですが、先ほどの状況の問題点と爆発の原因を一から説明すると、術者である私が、術式に言霊を浴びせ、同意を得ることで双方の術式的契約儀礼が魔法の構成要件として成立するのですが、その段階において、回廊の一部が既に魔力圧に堪えかねている状況でした。さらにはそこで――」
「分からん」
俺は処刑執行人のように妖精を握り締める。
「あ、そんなに激しく抱かれたら、体が火照っちゃいます! もう、主様ったら、だ、い、た、ぐぇ! あ、あばら骨がバリバリ砕けるように痛いぃぃぃぃっいいいいッ! 冗談です、冗談ですから許してください、何でもしますからっ!」
俺はいい加減なんちゃって知識の本に質問するのをやめた。時間の無駄にしかならない。
「お前のドジで魔法が失敗して、その代償としてお前が俺に隷属した、って認識で合ってるのか?」
「合ってます、ばっちりです。もう、分かってるじゃないですか惚けちゃって、このい、け、ず、さん」
俺はつい手元が狂って、妖精の髪に火を灯した。不慮の事故なので仕方ない。
「ちょ、熱ッ! って、え、燃えてます、マジで燃えてます! 私、炎上してます! 調子に乗った若者のブログのようにーぃ!」
俺は後ろで悲鳴を上げるバカを放っておいて、出口を探した。
「帰るか…………」
だが、そこで俺は気づいた。
「帰り道が、ない、だと?」
何だこの圧倒的閉鎖空間。
というか、俺どっから来たんだ。
一面見渡す限り、宇宙区間、といか銀河系。浮かぶ小惑星のような本。
じっとしていれば、あのエロ爺、迎えにくるのか。いや、来ない。
何故だか分からないが、そんな気がする。
「ふっ、ふっ、ふっ、お困りのようですね、主様」
「ちっ、生きてやがった」
「ちょっと、露骨に残念そうな顔しないで下さい!」
おっと、つい本音が。
「いたのか羽虫」
「妖精です!」
「で、羽虫、お前知識の書を騙るならここからの脱出手段も分かるのか?」
「勿論です、何せ私、頭を使わせれば右に出るものがいないほどの天才ですので」
「記憶力がいいのと頭がいいのは別問題だぞ、ちなみに俺の中でお前は間違いなくバカだ」
魔力に釣られてひょいひょいやってくる辺り、小学生と同レベルである。
「と言っても、後十分もすれば帰れますけれど。主様は限定的に立ち入りを許可されただけのようですし。ここに来る前、何か貰いませんでしたか?」
「ん。これか?」
俺は爺に手渡された古ぼけた鍵をポケットから取り出した。
「管理者の鍵、それも断片ですね――劣化具合から考えて、後十分もすれば強制的に現実世界に帰れますよ。まあ、どうしても今すぐ出たいなら、主様の魔力を使えば無理やりぶち破れそうですよ! ちなみに極大魔法の発動に三十分はかかります!」
何だそれは、今すぐ出れないじゃないか。やはり使えない。
「そんなことよりも主様、いい加減名前を下さい! 契約魔法で隷属させられたので、名前を頂ければ、貴方の能力として取り込めますし」
「お前なんぞいらん」
「ひどいです、あんなことまでしておいて!」
あんなこと?
爆発か? なら、むしろあんなことをされたのは俺のほうである。
「契約してくれたじゃないですか!」
「ああ、爆発したけどな」
「隷属させたじゃないですか!」
「ああ、爆発したけどな」
「脱出方法教えてあげたじゃないですか!」
「ああ、ばくは――」
「ごめんさい、全面的に私が悪かったので許してくださいっ!」
俺は分かりやすくため息をこぼした。
まあ、素直に謝れば許してやろう。子供は間違えるものである。
「で、何だ、名前か。虫でいいんじゃないか?」
「いやです。女の子らしいのを要求します!」
贅沢なやつめ。
俺は何となく思いついた名前を口にする。
「泡姫」
「キラキラネームじゃないですか!」
「希星」
「DQNネームはもういいです! 名前は、女の子にとって、重要なんですよ! そんなんだから主様は分からないのですよ、滅茶苦茶な名前をつけられて、いじめられて学校を辞めていく子供達の気持ちが!」
はー、俺はそこまで言われてようやく頭を回す。結果的に、こいつは俺の物になったわけだ。得をしたと考えよう。
そうと決めれば、名前の一つくらいは考えるべきか。
本。
妖精。
うーむ、思い浮かばん。
なら、見た目。
小さい。
それに、美少女。
それと、虹色、か。
「イリス、これならどうだ?」
「いいですね、響き的に――主様の知識は断片的で分かりにくいですけど、神話の女神ですか。いいですね、それでいきましょう!」
と、飛び回って喜ぶイリス。
虹色と日本人に名付けるとキラキラネームになるのだが、まあ気づかないならそれでもいい、か。
知らぬが仏。
知識はあってもバカだから気づかない、ほんと残念なアイテムである。
「じゃあ、お前は今日からイリスだ――」
そう、俺が言葉にした瞬間。
体の内に何かが宿り、暴れているような錯覚が俺を襲った。
いや、それは錯覚とは到底呼べないほど、痛々しい現実味を帯びているような気がした。
「ぐぅっ!」
思わず心臓を握り締めるように押さえつけ、荒れた呼吸を整えようと努力してみるのだが、体の熱さがそれを妨げる。
俺はこの感覚に覚えがあった。
王城にて初めて自分の能力を確認したあの瞬間と同じ、いやそれよりももっと荒々しい力の塊。
「くはっ……がぁ……げほっ……」
それが、体の隙間を埋めて、満たして、体中を激痛が支配して、それを意識の力で押さえつけた。
まるで生物のように蠢くそれを、俺は必死で押さえつけ、受け入れる。
(このっ、大人しくしやがれ)
なんという中二病。
だが、本当にそう言いたくなる。胸のうちに巣食う獣が暴れているような、そんな激痛がするのだ。
やがてそれは静かになって、徐々に一体化していくのが分かった。なんとも言い難いファンタジーな経験である。
「やりましたね、主様――異世界人でもその極地に辿りつけるのはほんの僅かな人間だけですよ、まさか――――」
俺は小うるさい妖精の話すら耳に入ってこないほど、余裕がなかったのだろう。後半の言葉は聞き逃したが、どうせろくなことは言っていないはずだ。
「はぁ、はぁ、何だってんだ、一体――」
俺は両膝をついて、そのまま両の手で体を支えた。
すると、淡く輝いていたはずの映し鏡の板が、胸ポケットからポロリと落ちた。
それは何時にもまして輝いていたが、その形が示す色は、正常とはいえない。
淡く、そして明るく輝く文字列とは打って変わって、どす黒い、何か。
文字列の最後尾。
そこに記された文字の色は、歪なまでに濃く深い赤色だった。
『………………………………
――――――――――――
異常能力 禁書創造 1/13』
禍々しい。
思わず直視したくなくなる。
見るからに危険としか思えない。
「第一の書――統智のイリスって所ですか、主様」
「これ……何なんだ、本当に俺の力なのか? よく分かんないんだが……」
イリスはちょこんと俺の頭の上に乗って、口を開く。
「間違いなく、主様が望んだ力のはずです。さっそく使ってみましょう、そうすれば分かるはずです。もう、私も貴方様の力の一部にされてしまいましたし」
「使うってどうやって?」
「もう、主様の力なんですから、意識するだけで使えますって。魔力の泉と同じように意識を向けて、動け、と念じるだけでいいのです」
俺は、それに意識を向けると、もうそれは俺の能力で、自然と使い方が分かってしまった。
「第一の書、顕現――はもうしてるか、起動 」
許可してないのに現れて、好き勝手飛び回る羽虫に苛立ちを感じながらも、俺は能力を行使した。
空間に亀裂が入り、砕けた世界の奥底から、本の断片が顕現する。宙に浮かんだページが色濃く発光した。
「いいですね、いいですねー。周辺の禁書の解析が終わりました――統合して、私達の、いえ、主様だけの禁書を生み出しましょう!」
心の隙間を埋めるように情報の渦が逆巻いて、力となる。
「第六領域――第十領域へのリンクを確認、さあ、主様――」
本来、人間では処理できないはずの莫大な情報をイリスが全て捌いて、まとめ、必要な領域へと書き込んでいく。
なるほど。
これはまさしく、イリス無しでは存在しえない能力であった。
何故ならば、こいつがいなければ、情報量が与える過負荷で俺の脳は破裂していることだろう。能力のせいで死ぬとか、冗談にしては笑えない。
というか、そんな物をホイホイ使わせるな、しかも二つも同時に。
もし、またこいつがバカやって、爆発したら、今度こそ本当にお陀仏になりそうだった。
だが、ここまで来て引き下がるのも面白くない。
随分と俺は置いていかれているのだから、いい加減リスクを背負ってでも、前へ――
「行くぞ、イリス――創造」
そうして世界に、新たな禁書が生まれるのだった。




