禁書庫の喋る本
遥かなる闇が、無限に広がるそんな空。
暗いはずの世界なのに不思議と目は辺りを見渡すことが出来ていた。
空に浮かぶは満天の星々、流れては消える光の奔流。
ここはもう、別世界のような空間だった。
そして、そんな幻想世界に漂う無数の書物。
一冊一冊が、輝きを放っているはずの星達よりも濃く、強大な存在感をヒシヒシと放っていた。
「とんでもないとこに迷い込んじまった…………」
この場を禁書庫と呼んでいいのかは甚だ疑問だけれど、まあ現実を受け入れるしかない。
さすが魔法、何でもありだな、と俺は簡潔に理解する。
「んでも、こんなとこに送り込んで、何しろってんだ、あの爺……今度会ったらぶん殴る、のは無理くさいから、嫌がらせしてやる……」
俺は密かに復讐を誓いつつ、漂う書物の一冊に、何となく手を伸ばした。
すると、
「んぎゃっ!」
本が、がばっと開くと、獣の牙のように俺の腕に喰らいついて、そのまま飲み込もうとしやがった。
「うおおおおおおおいっ! ちょ、なんだ、これ、やべえぇええええええっ! ほ、本に食われる!!」
俺は条件反射で、全身に魔力を循環させた。
すると、ばちっ、と破砕音が鳴り響いた後。お互いの力が干渉し合い、衝撃と共に弾けとんだ。
「んぎゅわっ!」
俺の体も衝撃で揺らぎ、本は彼方へと流れていった。
魔力操作を練習しておいて、心底良かったと思えた瞬間である。
「っ――――! はぁ、はぁ……物騒すぎんだろ……なんだよ、ここ……」
危うく死ぬところだった。
九死に一生だ、ほんと。
本に食われて死ぬとか、冗談にしても笑えない。
何処に進めばいいのか、何を探せばいいのか、少なくとももう本には触りたくない、そんなトラウマを抱えかけたその時。
《魔力の波動。色濃く鮮やかな神秘の香り。汝が我の新しき契約者なるか?》
と、無機質且つ、厳かな声が響く。
俺はふと視線を上げ、目を見開けば、そこには一冊の本が浮かんでいた。
幾何学模様の魔法陣、それが幾つも幾つも重なって、円のような、水晶のような、そんな不可思議な紋様が表紙に描かれていて、中央では瞳の代りに黒い宝珠が輝きを放っていた。
それが無機物なのか、それとも有機物なのか、そこにすら疑いを持ってしまいそうなほど、理解の外にある、本という物質。
「何だ、お前……?」
《おまえ…… いや、汝は我をなんと呼ぶ? 語る蔵書、彷徨う魔導書、知識の聖典、智慧の書、人は我をそう、呼んだ……》
俺は一冊の紙束の存在感に気圧されそうになりながらも、どこか違和感を感じていた。
この本、何か口調に違和感を感じる。
どこがだ、と質問されても、具体的には答えられないのだが、俺のロリコンセンサーに反応があるのだ。
こう、なんというか、小さい子供が無理をして大人のように振舞っている、何故だかそんな感じがする。
そして、俺のセンサーはそう簡単には間違えない。五キロ先で泣いている幼女の気配を見つけるくらいには正確なのだ。
「喋る本とか、何でもありかよ、さすがファンタジー…………」
《ファンタジー? 聞いたことのない言葉……って、じゃなくて――――あ、そうか――――汝は異世界人か、故にその常人離れした魔力を持つ、と》
取り繕ったかのような声が響く。
同時に、俺の推測は、確信へと変わる。
「お前……実は無理してない?」
《な、な、な、何のことだ。わ、我は無理などしておらぬ、緊張もしておらぬ。滅茶苦茶魔力持ってる人間が現れて、どうにかして手に入れようなどとは全然、全く、これっぽっちも思っておらぬわ!》
「…………」
自白乙。
何だ、こいつ。
勝手にべらべらと目的を喋りだした。というか、なんか無機質な声が、だんだん抑揚がついて、ロリっぽい声になった。これはこれでアリだ。
「つまりお前は俺の魔力に惹かれてホイホイやってきた、と」
《我は、な、汝の願いを聞き届けにきたまで》
「んで、どうしても俺の魔力が欲しくてお願いしにきた、と、そういうことだな?」
《ち、ち、違う! 汝がどうしてもというなら、特別にその魔力を代償に我の叡智を分け与えてやろうと、そういうことなのだ!》
「ふーん」
なるほど。
大体掴めた。
つまりあれだ。こいつはお菓子に釣られた小学生ということなのだろう。
偉そうな口ぶりや妙な存在感で気圧されたが、実の所、ただのおバカさんである。
「んで、具体的にお前何が出来るの?」
《我は何でも出来る。我は知識の塊。我を持つものは魔導を極めることも、国を治めることも、栄華を極めることも、すべてが容易い》
俺が聞くと、自信満々に胸? いや、表紙を張る一冊の本。
はっきし言って胡散臭い。
「俺魔法使えないんだけど?」
《何で! モッタイない! あ、そっか、異世界人だからかプププ》
最早取り繕うことすらやめた本。
イラッとした俺は唯一の成果であるライターの火を灯して、生意気な魔導書に近づける。
「燃やすぞ、お前」
《あーっ! あーっ! わーっ! わーっ! 暴力反対っ! 待って、待って、謝るから、謝るからー!》
「ったく、次はないぞ」
《はっ! 了解しました!》
素直さに免じて、俺は指先に灯した炎を消す。
《でもでも主様、我――――あー、もういいや、めんどくさい。私と契約すれば、主様に代って私が魔法使うよ?》
魔法使うよ、魔法使うよ、魔法使うよ…………
俺の頭の中で魔導書の声がループした。
それはまさに天恵だった。加えて、天啓でもある。
俺はこいつの口調が崩れたこともまるで意に介さず、反射的に叫んでいた。
「マジでっ!!」
そんな素敵な解決策がこの世にあったのだろうか。
俺は驚き勇んで、飛びつく勢いでふわふわと飛んでいる本を握りしめた。
《ちょっと、あんっ、何処触ってんのよ……!》
どこと言われても、本を触るのに部位などない。強いて言えば全身になるのだろうか。
「んなことはどうでもいい、それよりもあれだ、さっきの話、マジなんだな? お前、本の癖に魔法とか使えるんだな?」
《当然でしょう、私は天より創生された古代の遺物――智慧の書なのよ? この世で行使された魔法は全て知として学び、取り込んでいる。魔力さえあれば、使うことは容易い》
「よし、契約しよう。さあ、契約しよう。今すぐ、契約しよう。お前がそんなにも有能だとは思わなかった!」
本は再び、どうよ、とばかりに調子付いて空を漂う。俺はそれさえも気にならないほど興奮していた。
「で、どうすりゃいいんだ。契約ってなんか条件決めるんだろ? 後、俺は魔法を使えんぞ?」
《いいよ、私が代りにやったげるから。感謝しなさい! さあ、手を置いて――》
俺は言われたとおり、魔導書に手を置いた。
《魔力を流して》
俺は体内にある魔力を再び流す。
すると、俺の体は光ることなく、その光は全て本の中へ、そして魔法陣へと流れていった。
光の奔流は留まることを知らず、地に、そして天に、陣を描いて走り抜ける。
《うわっ! すごっ! 美味しい! でも、あれ、ちょっと、予想以上に多いかも…………》
若干焦っているような声で、魔導書が言う。
《うわっ! やばっ、術式が…… えっと! 契約内容は――主様は魔力の供給、私は貴方への協力、それでいいわね!?》
俺は早口な魔導書の言葉に頷く。
「ああ、それでいい――つか、どうした、なんか魔法陣、崩れかけてないか? それに、なんか、光りすぎな気もするんだが……」
異常が目に見えるようになって、俺もやっと焦り始める。
こう、何だ、漫画でいう、爆発前の明滅、そんな物が見て取れるのだ。
《あんた、どんだけ馬鹿げた魔力してるのよ! んっ……んあっ! 駄目っ! もう、これ以上は入んないよぅ……入んないってばぁ……!》
と、何故か身悶える魔導書。声は中々に官能的だが、あくまで相手は本である。
魔力供給を完全に切ると、契約が失敗するかもしれないので、俺は魔力を制御しながら流し続ける。というか、最初から魔力制御で加減しながら行っているのだが、それでも余裕はないらしい。
《何これ、私の術式が侵食されて…………あー、もう、いい、さっさとやっちゃおう!
――――わ、我、真理を探求せし、叡智の管轄者な、なり……我と契約を、の、のぞむぅううううううっ!?――――》
「うおいっ! お前、大丈夫なのかよ!?」
俺が心配しても、うっさい黙ってなさい、と一蹴されるだけだった。
《ひゃあっ! んぅ! もおっ! あんっ! 駄目……》
俺がやれることは何もないので見守るのだが、どんどん暴走しているように見えるのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。
《我、と、我、けいや……われ、我、我が、我に、我、わ、わ、ワ………………ワレハレハウチュウジン……》
「おい、こら、ふざけてる場合かっ! しっかりしろ、おいっ! お前凄い魔導書なんだろ、何とかしろおおおおおおおおおおおっ!」
だが、俺の雄叫びは届かない。
《もう…………無理っ…………駄目…………》
本は周囲の陣と同調するように輝きを増し、魔法陣が歪んで、激しく光る。
そして、再び出会った時の無機質な声で、
《エラー、爆発まで後、5、4、3、…………》
「嘘、だろ…………?」
《1、0》
刹那、轟音。
そして閃光。
俺の意識は、深い深い闇の底に落ちていった。




