9話 情報交換
ギルドの2階は、酒場のようになっていた。
丸い木のテーブルに、これまた丸い背もたれのない 木の椅子があり、その椅子の上にプレイヤー達は座りこみ、飲み食いしながらワイワイと盛り上がっている。
幾つもあるテーブルの周りを、ウェイトレスとウェイター達が忙しなく動き回っていた。
その内の1人がこちらに近づいて来る。
「2名様ですか?」
「ええ。」
「かしこまりました。こちらのテーブル席へどうぞ」
ウェイトレスの女性の 後ろに付いていくと、奥の壁際にある、四角い2人掛けのテーブル席へと案内された。
テーブルに向かい合って座ると、リアがさっそく注文する。
「私はホーンラビットの塩焼き定食をお願いするわ」
「俺も彼女と同じものを」
何を頼んだら良いのか分からない零は、取り敢えずリアと同じものを頼むことにした。
ウェイトレスが頭を下げて居なくなったのを合図に、零が口を開く。
「結構人が居るんだな。最初は金が無いからガラガラだと思ってたんだが……」
「チュートリアルを全部やり終わったら 1000ディール貰えるのよ。だからそのお金で来ているんでしょうね」
「ここで使うよりも準備資金として使った方が有意義じゃないか?」
「最初の1000ディールは救済措置としてデスペナが適用されないの。腹が減っては戦はできぬって言うでしょう? 皆お腹が空いて此処に集まったんだと思うわ」
「なるほどね」
(救済措置の1000ディール。それに始まりの草原の敵も強くは無さそうだったし、いくら初心者でもそう簡単にはデスペナにはならないか)
零が他のテーブルに座っているプレイヤー達を見ながら考えていると、リアが1人のウェイターを指差す。
「彼はNPCじゃなくてプレイヤーね。上に名前が青く表示されてるでしょう」
「本当だ」
彼女に指摘されて説明書に書いてあったことを思い出す。
(確か青がプレイヤー。黄色がノンプレイヤーキャラクター。赤が犯罪者プレイヤーだったな)
上に表示される名前は最初から見えないようになっているが、ステータス画面で見えるようにすることも可能だ。
零はまさかウェイターとしてゲームの中で働くプレイヤーが居ると思っていなかったため、気付くのが遅れてしまった。
「彼は何故ウェイターなんてやってるんだろうな?」
「彼はお金を稼いでいるのよ。多分戦闘はしたくないんじゃないかしら。バイトしてお金を貯めて、生産職をやりたいんだと思うわ」
「生産職か」
「ええ。ここで働けば最初はウェイターからやることになるけど、厨房で料理もするようになるから料理系のスキルも手に入るしね」
「料理系のスキル?」
「そうよ。みじん切りとか輪切りとか、覚えたての頃はスピードも遅いらしいんだけれど、レベルが上がると速くなっていくらしいわ。まあリアルで料理ができる人には必要のないスキルね。ただ、例えば肉を焼く時間が同じ火力でも短くなったりとか、焦げ難くなるスキルとかもあるらしいから、バカにできないんだけれど」
「時間が短縮されるのは良いな」
零が感心して相づちを打っていると、ウェイトレスが料理を運んできた。
「こちらホーンラビットの塩焼き定食になります」
2人の前にそれぞれ置かれた定食は、皿の上に白い肉が狐色に焼かれて置いてあり、キャベツの千切りが隣に盛り付けられていた。
ご飯も茶碗に入っていて、白い湯気を出している。
「ではごゆっくりお召し上がりください」
下がって行ったウェイトレスを見送り水で喉を潤す。
「意外と旨そうだな」
「でしょう? ベータテストで食べたときは、質素だったけど、食べやすかったし、値段も安いから気に入っているの」
「ベータテストで牛のステーキが出たって話だけど?」
「あれはテスターに味の再現率や、食べごたえ、満足感とかを教えるためのイベントよ。実際はもっと先に進まないと食べられないらしいわ」
思い出しているのか、リアの顔が少し緩んでいる。
「美味しい物は戦って手にいれろってことか」
「そういうことね。それよりも早く食べましょう」
「そうだな……。いただきます」
「いただきます」
お互いに手を合わせて箸を手に持つ。
零はさっそくホーンラビットの肉を口に運んだ。
「鶏肉?」
味の薄くなっている鶏肉のような肉汁に、塩が効いている。
「鶏肉みたいでしょう。味は薄いんだけどね」
零が思った感想をそのまま口にしたリアも、肉とご飯を交互に食べ始めた。
「ご飯も何か味が薄いな」
「最初はこんなものじゃないかしら。私は先に進んで行ったら、どんな美味しい物が食べられるのかって、今からでも凄く楽しみだもの」
「それはこっちの世界で一度美味いものを食べてるから、余計に期待しているだけだろう」
「そうね。それは否定出来ないわ」
リアはあっさりと認めて水を口に含む。こくんと飲み干して、また口を開いた。
「森のモンスターの話なんだけど、どんなモンスターがいたの?」
リアの質問に口の中の食べ物を飲み込んで返答する。
「蜂をでかくしたニードル・ホーネットとか、ゴブリンがいた。俺が戦ったのはこの2種類だけだな」
「戦った感想は?」
「ニードル・ホーネットはAIの頭が良かった 。1匹で勝てないと見ると仲間を呼んで、挟撃してきたりとかな。ゴブリンは奇襲で倒したんだけど、馬鹿そうだった。3体で固まって行動してたな」
「基本集団戦なのかしら? 始まりの草原は一対一だから」
「かもしれない。始まりの草原で1対1の戦い方を覚えて、森で集団戦の戦い方を覚える感じなのかもな」
リアが零の話を聞いて考え込んでいる。
「一体一体は弱かったの? 」
「ああ。弱かった」
「普通の人でも一人で行けそう?」
リアの質問に零は手を顎に当てて考え込む。
「難しいだろうな」
「理由は?」
「一対多数でいきなり素人がやって勝てるとは思えない。立ち回りが重要になるからだ。ゴブリンはニードル・ホーネットよりも耐久力は高いけど、馬鹿っぽかったから、ゴブリンの方が戦い易いかもな。しかもニードル・ホーネットは対空中戦になるわけだし」
「私もパーティー組んだ方が良さそうね」
「デスペナもキツいし、パーティー組んだ方が無難だろう。お前なら男性プレイヤーが放って置かないさ」
「貴方は組んでくれないの?」
リアが目を細めて挑発してくる。
「美少女の誘いは有り難いが、俺は当分の間1人でやる予定だから。残念だけど遠慮しとくよ」
「つれないのね……」
リアは軽く流されたことに不満な顔になる。
「そう拗ねるなよ」
「その余裕がムカつくの」
じとっとした目で睨み付けられるが、零は受け流しながら食事を平らげていく。
そこでふと聞きたかったことがあったことを思い出した。
「そういえば、モンスターの剥ぎ取りってどうなってるんだ?」
零の急な質問に、リアは一瞬反応が遅れたが、素直に答える。
「剥ぎ取りはそのモンスターで大きさが決まってるの 」
「大きさが決まってる?」
「例えばホーンラビットだと、皮は一体に一つしか剥ぎ取れないわ。剥ぎ取るときに小さく剥ぎ取ってしまうと、素材アイテムとして認識されずに、素材アイテム化が出来なくなるの。具現化したまま持って行ってもギルドでは買い取ってくれないしね」
「じゃあパーティーで一体のモンスターを倒したら、誰が素材アイテムを手に入れるかで喧嘩になるんじゃないか?」
「その通りよ。ベータテストでは、そのことを最初は皆知らなかったから、よく喧嘩になっていたわ。結局4人パーティーだったら、例えばホーンラビットなら、4体倒して1人1体ずつ素材アイテムを手に入れるって感じで解決したわ。今だとチュートリアルで注意を受けるみたいね」
「1人1人均等に手に入るまで同じモンスターを狩るってことか」
「そういうことね。面倒だけどリスクが減るからメリットはあるわ」
「なるほどね」
「大きく剥ぎ取り過ぎて、アイテム化したら一定の大きさで統一されてしまう点も注意が必要ね」
「最適な大きさがあるのか」
「ええ。モンスターによって適切な大きさが違うから、そこも難しいわ」
「スキルはないのか?」
「あるわ。剥ぎ取りスキルね」
「何処かで取れるのか?」
「1体でも完璧なサイズの剥ぎ取りができたら手に入るわ 」
「どんな効果があるんだ?」
「適切な剥ぎ取りの大きさを教えてくれるの 。とても便利になるわ」
「手に入れた方が良さそうだな」
「私はもう持ってるわ」
ニヤリと笑って自慢してくる彼女に少しカチンとくるが、どうせ直ぐに手に入るだろうと心を落ち着かせる。
「ご馳走さま」
零が先に食べ終わって手を合わせる。
「私もそろそろ食べ終わるし、楽しい食事も終わりね。貴方はこれからどうするの?」
「情報交換が楽しかったかは別として、俺はまた森に行くよ」
「私もたぶん森に行くからまた会えるかもね」
「そうだな」
リアも食べ終わり口元を拭う。
「ここは俺が奢るよ」
「あら、どうしたの? 好感度を上げにきたのかしら?」
リアは零の発言に対して意外そうに目を見開いた後、挑発的に微笑んだ。
「今回の情報交換は俺の方が多くの事を教えて貰ったからな。そのお礼だよ」
「確かに私が教えてばかりだったものね」
リアはクスクスと笑いながら返事をした。
「また縁があったら」
「そうね。また会えたらね」
お互いにあっさりと別れの言葉を送って、零は会計に、リアはそのまま一階へと降りていく。
「さて、取り敢えず森の奥に行ってみるか」
会計を済ませてギルドの外に出た零は、一言そう呟いて町の外へと歩き出した。





