八話
08
病院でユカリを助けてから一週間。やっと日常生活にも慣れてきた。
外でトイレに入る時は共用に入ってるけど……。
風呂も慣れた。でも自分の体には慣れない。
ブラジャーを付ける時なんかめちゃくちゃドキドキするし、生きるのに割いてたリソースが、余裕が生まれたからかちゃんと自分が女子になったと言うのを実感出来るようになってしんどい。
肌柔らかいなとか思うし。
ストレッチで気分転換しようとしても前屈で胸が当たって余計女子なのを感じてしまって逆効果だった。
でもストレッチ気持ちよかったので続けてる。
開脚が痛くない。体がぐにゃぐにゃ曲がる、伸ばせる。それがこんなに幸せとは思わなかった。
自分の体に戸惑いはあるものの生活に順応はしてると思う。
角に服が引っかかったりなど特有の悩みもあるにはあるが……。
それでも毎日ダンジョンには潜りに行ってる。アビスのみんなとは会えてないけど多分大丈夫だろう。
本来五人という事はあそこに居たのは本来活動してる場所では無いはずだ。
もっと深い所に行けば会えるかもしれない。
俺は七十五層手前で狩りをしていた。体の確認などをずっとしてる。どれだけ動けるか。今出せる全力はどの程度か。
スキルの利点、欠点を調査。
そして今日ボス討伐に向かう。ダンジョンには五層事にボスがいる。
冒険者ギルドの資料室にはダンジョンの攻略情報が載っている。魔物はどんなやつか、どうやって倒したかなど。
そこで調べた結果で言うと次のボスはゴブリンジェネラル。鎧と剣。場合によっては盾を装備している可能性もある。
そして配下としてアーチャー、メイジ、ソルジャーが居るようだ。
初のソロ討伐だ。自分なりに入念に調査もしたし、調整もした。
「よし」
準備をしてビジホを出た。毎日五万程は稼いでいたので生活にも困ってない。
それとあの手袋は正解だった。水を弾くので血も弾いた。少しヌメヌメするがそれは石鹸で洗えば直ぐに落ちた。
快適なものも発明されてるだなと実感した。
コンビニでおにぎりを数個とお茶を買って出る。食べながら街を見ると屋台の用意をしている人、夜に潜ってたであろう冒険者が疲れた様子で帰ってる所。
朝のこの雰囲気が好き。何かが始まるんじゃないかという期待がある。
おにぎりを全て食べ終えてからダンジョンの受付へ向かった。
「おはようございます」
そこには中谷が居た。相変わらずのいい笑顔で出迎えてくれた。けど俺には気がついていない様子。
流石に変わりすぎてて分かるわけない。
何日か休んでた様だけど、復帰して居るのは知ってた。それを見て安心したのも覚えてる。
今日初めて彼女がいる受付へ足を運んだ……と言うか、そこしか空いてなかったから。
「おはよう」
「初めましてですよね。私は受付嬢の中谷と言います。よろしくお願いします」
「よろしく」
立派になったものだ。最初の頃は少しガタイのいい冒険者が来ると緊張して噛んでたのに。
今は堂々と受付嬢をしている。
「ではこちらの水晶へ登録をお願いします」
そう言われてギルドカードを翳す。今日は準備運動をしてそれからボス戦。
無理なら引き返す。うん。大丈夫。
武器も体調も装備も問題無い。
そう考えていると中谷が受付から出てきていた。
気がつくと横に居た。
「な、なに?」
「高山さん……ですよね」
俺の頭がフリーズした。なんで分かった。
そう考えた時そういえば水晶には名前とか出るんだった。でも名前だけ。なんでバレた?
高山俺しか居ない?けど姿違うしな……。
「た、高山だけど……」
「こっちに来てください」
中谷は他の受付嬢に何か言ってから力強く俺の腕を引いていった。
その後ろ姿を見ると怒ってる雰囲気もあるような……。
俺が通されたのは応接室のような所。ソファに座るように言われて恐る恐る座った。
扉の方からカチャンと音がした。
「これで外に音は漏れません」
「は、はい……」
完全に怒られるやつだ。それにしてもなんでバレた。高山って名前が珍しかったか。
「なんでって顔されてますね」
ゆっくり振り返る中谷に怯えながら頷く。
それに対し説明してくれた。名前が出るのは知っていた。けどそれはフルネームが出るのだそうだ。
俺は間抜けな「あっ」と言う声を出した。
高山カナデ。たまに同姓同名が居るらしいがそうなれば魔力波長を調べると判明する。
俺の名前は珍しく同じ名前の人は居ないらしい。
ゆっくり近寄る中谷から逃げるようにソファの端に下がる。
「あの日高山さんの様子がおかしくて次の日水晶を確認したんです。そしたらちゃんと帰って来てて安心しました」
「は、はい」
「それから毎日です……。高山さんの名前がありました。私は数日休んでましたが、何日かは高山さんが来られた時と被ってました」
「そ、そうです……か」
「高山さんが来られると……あなたの事をよく思ってない人から来てたよとか話が上がるんです」
それは知ってる。俺のあの風貌で初心者が潜るような場所で魔石を稼いでいたらそりゃ有名にもなる。
普通に嫌な顔されたりもしてたし……。
「う、うん……そうだね」
「でも高山さんの名前は水晶にあるのにそんな話題なかったんです」
「み、見た目……変わっちゃったから……かな?」
笑顔でそう言っても冷えた目でこちらを見ている中谷。怖い。
ギルドカードは水晶登録の時に本人確認も兼ねてる。偽造とか出来ないように魔力波長を登録してある。
だから俺本人がちゃんとギルドカードで水晶登録してたのは分かったのだそうだ。
「あの日の気掛かりを払拭したくて……姿を探したんです。でも結局見つけられなくて。ようやく分かりました」
「……ご、ごめん……なさい」
弱々しくそう呟くと中谷がこちらに覆い被さるようにしてきた。思わず目を閉じて頭を抱えた。怒られる。そう感じたが別に何も無い。
いい匂いに優しい感触に包まれている。
「そんなに大変な事になってるなら早く言ってください。生活で困ったりしてないですか?体調は大丈夫ですか?」
頭の上から声がする。優しい声。怒ってたんじゃなくて堪えていたのか。
俺の姿を見て悲しんでくれたんだ。大変だと察してくれたんだ。
そう思うとポロポロと涙が出てきた。
「大丈夫……だけど。女子って大変だね」
「えぇ。大変なこと多いですよ」
「舌打ちしてた人も……笑って接客するんだよ。男って胸とか足ばっかり見てくるんだね」
「そうですね。そう言う方が多いですね」
「…………」
そこまで言って言葉に詰まった。確かに俺は生き返った。人生をやり直した。
でも過去の自分がどれ程蔑ろにされていたのかと言うのを見せつけられているかのようで辛くもあった。
贅沢は言ったらいけない。俺みたいにやり直せない人も居るんだと自分を鼓舞した。
何より嬉しさも幸せも本物だったから。
本当に幸せだったから。
けれどそれはそれとして大変だし、慣れてないし、相談も出来ない。
いやそんなのしたこと無かった。だから分からなかった。
男だし泣き言なんて言ってられない。生活もあるし。それが更に言葉を詰まらせた。
喉に言葉がつっかえて出てこない。
そんな俺を中谷は優しい手つきで撫でてくれた。さっきまでの思いは自然と静まって落ち着いてくる。
「私が初めて冒険者の人に絡まれて困ってる時に高山さん何気なく助けてくれたの覚えてます」
「……うん」
「立派になって安心させたいってずっと思ってました」
「……そう……なんだ。ならもう十分立派だよ……」
「それと同時にあなたを救えない自分を嫌ってました」
日に日に痩せる俺。規則で収入が減って、ボロボロの服や装備はより一層汚くなっているのを見て心を痛めてたと。
けど救う事も出来ない。だから自分の罪滅ぼしの為になるべく笑顔で接していたと告白してくれた。
「だから……立派なんかじゃありません。自分のエゴの為に高山さんを利用してただけです」
「それは……仕方ないよ。冒険者ってそう言う人多いから」
「恩人を見捨ててエゴの為に利用して……だから罰が当たったと思ったんです」
母のユカリが倒れてステージ四の癌と宣告された。長女の自分が家を回さないとと色々やりながら考えていたそうだ。
これは罰だと。
あの日様子の違う恩人を追いかけもせずに普通に仕事した事。水晶で帰ってきて気の所為と思ったこと。
「全部私のせいです。私が……」
「違う」
覆い被さってる中谷の腕を掴んで顔をあげる。涙が降ってきた。子供のような泣き顔。
全部自分が悪いと思うほどの善性。うん。この人だから助けようと思った。
この人のおかげで俺は人で居られた。
「俺が落ちぶれたのは全部自分のせい。それは誰にも言う余地のないこと。中谷さんが助けようとしても絶対断ってた」
「でも……何かあったんじゃないかって思うんです」
「中谷さん。世の中はどうしようもなく辛いことも理不尽な事も多い。でも希望もある。俺が中谷さんのエゴに救われてたのもそう。
俺が人であろうと思い続けられたのは中谷さんのおかげ」
中谷の瞳から更に涙が零れる。それを見て俺も泣いてしまう。
「だから否定しないで。中谷さんのエゴで救われたのも事実だし、あの時の俺を助ける手段はなかった。
それでもあなたに希望を持ってた俺の夢を壊さないで」
「……ふはっ……あ、あんな私に希望を持っていてくれてたんですか」
「うん。太陽みたいな人ってずっと思ってた」
中谷の涙を指で掬う。それでも止まらない涙。
少し中谷は笑ってそれから小さく謝罪をしてきた。
おでこを合わせてお互い静かに泣いた。
その間ずっと中谷はありがとうと呟き続けていた。
「ごめんなさい……きっと高山さんが辛いと思って助けたくて連れてきたのに……。私が愚痴みたいなことを……それに大泣きまでして……」
「大丈夫。私もスッキリしたし。………………その……中谷さん」
「はい」
「そろそろ……退いて貰えないでしょうか」
今俺は中谷に馬乗りされている。構図だけ見れば襲われているようにも見える。
さっきまではそれ所じゃなかったので平気だったが今は顔が真っ赤になるくらい恥ずかしい。
「もう少しこのままで」
と言って中谷が抱きついて来た。
胸に頭を乗せるように寝そべって来た。どうするか悩んだ結果背中に手を回して軽く撫でることにした。
「心臓の音凄いですね」
「人に慣れてないの……せ、セクハラで訴えないで」
「しませんよ。本当に辛くないですか?」
「……全くないって言ったら嘘になるけど…………でもちゃんと人としての幸せを感じてるから大丈夫」
「良かったです。それよりも!」
急に起き上がる中谷。そして顔を手で挟み込まれる。
「なふぁふぁにふぁん?!」
「この肌の白さ!キメ細やかさ!どうなってるんですか!!どんなケアをしたらこうなるんですか!」
「ひぃひみちゅ」
「秘密?!ずるいです!髪の毛もサラサラで可愛くて美人で!スタイル良くて!どんな善行積んだらこうなれるんですか!!!」
肩を掴まれて前後に揺らされる。角もある分余計に頭が振れるなぁ。
「それに許せないのはこの胸です!!」
「ひゃぅ?!」
と胸を掴まれた。真顔で揉まれる。
ドキドキはする。けど中谷が怖くて何も出来ない。
「なんで女の私よりも大きいんですか!」
「知らない知らない!」
「それにこの腰の細さ!!」
「ひぃん?!」
次は腰を掴まれる。確かに細いなとは自分でも思う。
冒険者だし動くから太りはしないだろう。
そんな事お構い無しに腰を触られる。少しくすぐったい。
「羨まし過ぎます」
そう言って胸に倒れ込んでくる。
谷間に顔を埋めながら空いた手で腰や胸を触られる。
「私も分かんないから。それに中谷さんもすっごい可愛いし、綺麗だよ」
そう言うと中谷は顔を赤くした。
中谷は人気の受付嬢だ。冒険者からの人気は凄まじい。俺が話しかけても虐められなかったのは、中谷が何かてくれてたんじゃないかと思ってる。
多分聞いてもはぐらかされるだろうけど。
「いつからそんなプレイボーイみたいな事言い始めたんですか」
「え?いやいや。そんなんじゃないよ。ほら私って会話苦手で思ったこと言うしか出来ないし」
「そういう所です!!」
と言われながら腹いせとばかりに胸を揉まれ堪能された。柔らかくてマシュマロみたいと聞こえたが不思議な気分だ。嬉しくもなんともない。
「ほら中谷さん仕事あるでしょ。起きて」
「いーやーですー」
そう言って駄々をこねてる。しょうがないので抱っこして起こす。
落ちそうな中谷をお姫様抱っこで抱える。
「立派な姿見せてくれるんでしょ?」
「……はい」
その後二人で目元をタオルで冷やした後に、中谷はお化粧直しをした。
メイクは難しいからしてないと告げるとまたむくれられた。
「今度私がメイクしてあげますね」
そう言われた。ダンジョンへ潜る気分でも無くなった俺はそのまま受付を後にした。
後ろから聞こえる笑顔の中谷の声を聞きながら安堵した。
今も昔もずっと立派だよと心の中で思いながら。




