シンディは魔女?マジシャン?
この作品は『ノベルアップ+』にも掲載しています。
カウントゼロと同時にシルスの頭上に、どん!と大きな音がした。
きゃあ!と観客からの悲鳴。ルーフェルメの声がハッキリと聞き取れ、シルスは思わずぷっと吹き出した。
「うわ、スゲー!」
と、アルシーア。
剣は箱の上からど真ん中に突き刺さっているように見えるが、実際は刀身が握りの部分に納まる『伸縮仕掛け』のある剣だ。
子供だましのような仕掛けだが、シンディの見せ方は上手かった。
「ではではお次は両手でーぇ、どーん!」
残る二つの剣を、今度はカウントダウン無しで箱の左右両側から突き刺した。
どす!っという鈍い音と観客の悲鳴がシルスの耳に届く。
「ハーフエルフちゃんの運命や如何に!?一体どうなっちゃってるんでしょうかー!?」
「シルスちゃーん!返事してぇ!」
ルーフェルメは本当に心配している様な声だ。
――ダイジョブですよ、わたしはここにいますよ。
シルスはそう言いたくなるのをグッと堪えて、シンディの合図を待っていた。
「いいリアクションをありがとう!ツインテールのオジョウサン!」
大抵のマジシャンは無言で淡々とマジックを披露するのに対し、シンディは面白おかしく実況しながらマジックを披露する。
それがシンディ流なのだ。
「ではでは!仕上げの呪文とまいりましょう!」
――呪文かあ。本格的かも!
シンディが両手を高々と掲げ詠唱したその呪文は。
「時、満ち、時、干上がる瞬間に、天空に君臨する翠の彗星よりいずる魔力を食らいしマボロシのケモノの名はシルス!術者シンディがいざない、かの者をかの地へ。贄の血を啜り、目覚めよ魔方陣!」
――えっ!?その呪文って!?翠の彗星!?シェラーラの……うわ!?
と、箱の中のシルスの足元が眩く輝き出した。
最初の旅立ちの時にシェラーラが唱えた呪文。それを一語一句違えずにシンディが唱えたのだから、シルスが驚くのも無理はない。
シルスの足元に妖しく光る魔方陣。小さいが、それにもシルスは見覚えがあった。
――ちっちゃいけどシェラーラが子分テーブルに描いたのと同じだっ!?
目を開けていられないほどに魔方陣の輝きがさらに増していき。
しゅふぁあっ!
シャワーの水が身体を素通りするようなくすぐったい感覚。
眩い光が収まりゆっくりと目を開けると、足元の魔方陣がぷつぷつと音を立てていた。
「これ……時渡の秘術に似てる……ちょっと違うけど……転移魔法……?」
「それではミナサマ!ハーフエルフちゃんは無事に瞬間移動出来たんでしょうかっ!?ちょっとオトナに変身したでしょうかっ!?大成功ならご喝采ぃ!」
高らかなシンディの声がシルスの耳に届く。
と、一瞬、口の周りにヒヤリとした何かが触れる感覚。
それを訝しげに思う間もなく頭上からトントンっと、シンディが箱をノックする音がする。
――あっ、合図だっ。
「はい出ましたっ!どーん!」
箱の蓋が開き、ぱっ!とシルスが立ち上がると。
どっ!と沸く観客の笑い声。
シルスはオトナになっていた。
小さな子供が母親の真似をして口紅を塗りたくったようなメイクをして、箱の中から現れた。
何故笑いが起きたのか。当然、シルス本人はわからない。
「おおう!?やったぜ大成功っ!?」
何故か、当のシンディ本人も驚いている。
――あれっ!?ホントに……本当に移動したっ!?なんでなんで!?シンディさん……本当に魔法使いなのっ!?魔女さんなのっ!?
笑われているという感覚よりも、箱から箱へ移動したという事実にシルスは心底驚いていた。
アルシーア達三人も想像以上のマジックに感嘆の拍手を贈る。
「なんかシンディさんが一番びっくりしてるな」
「うまく行き過ぎだったんじゃないの?」
「シルスちゃんっカワイイっ!」
シンディがシルスを箱から出して横に並ばせ、二人揃ってペコリと一礼。
再び観客から拍手と声援が贈られる。
観客は多くない。
それでも。とシンディは思う。
この拍手を受けられる事が、お客さんの笑顔と声援が、自分の生きる糧の一つになっている、と。
とは言え、拍手と声援だけでは空腹は満たされない。
「ではではミナサマ!『良かったよ』と思われた方はこちらの帽子に応援を頂ければ!」
シンディがシルスに帽子を持たせ、二人揃って観客からの拝聴料を集金する。
面白かったよ!がんばって!と小銭や御札を帽子に入れてくれる者もいれば、何事も無かったように立ち去る者もいる。
――この瞬間だけは慣れないなぁ……
と、観客からの集金は何処か切なく感じるシンディであった。
アルシーア達も小銭を数枚帽子に落としシルスを労う。
「いいカオだぜ、シルスっ!」
「えっ?何がですかっ?」
特に何をした訳でもない。シルスは箱の中にしゃがんでいただけなのだから、いい顔と言われても何の事かはわからなかった。
箱の置いてある場所に戻り、もう一度シンディとシルスが揃って一礼して時空マジックは幕を閉じた。
「はー、お疲れ様!ありがとうねシルスちゃん!こんなにうまくいくとは思わなかったよ。はい、これで顔拭いて」
渡されたタオルで顔を拭くと、何故かタオルが赤くなる。
シンディから口紅の事を聞き、赤っ恥をかかされた、というよりも。
何故、どうやってといった好奇心の方が大きく、シルスはシンディに顔を寄せてグイグイと詰め寄った。
「あのあのっ!シンディさん!聞きたい事がっ!
時渡って何ですかっ?
あの魔方陣はっ?
翠の彗星って!?
どうやって箱から箱に移動したんですかっ?
箱の中に何かいたみたいだけどアレ何ですかっ!?
シンディさんて魔女さんですかっ?」
「おおう、近い近い。グイグイくるねえ。何から答えようか迷っちゃうからちょっと落ち着こうか、シルスちゃん」
「あっ、はい……スミマセン、つい……」
「そうだなー、まずはこれ。口紅の秘密はねー、コイツだよ」
シンディがパチンと指を鳴らすと何処からともなく一匹の小さな黒猫が現れた。
たたっと身軽にシンディにかけ登り肩に乗ると、皆に挨拶するように、ニャーと鳴いた。
「うわー!カワイイですねっ」
「ふふーん。助手で使い魔のミケルだよ。すごいでしょ?この子がね、シルスちゃんに口紅塗ったんだよ」
「使い魔ぁ?ただのネコじゃん。黒猫なのにミケルって、まあ面白いけど!」
「使い魔……シンディさんて、魔女でマジシャンなんですかっ!?」
「ややこしいから魔女シャンでいーじゃん」
「お、いいねえ。魔女シャン!新しい!それでいこう!魔女シャン、シンディここに誕生!」
アルシーアから出た新語をシンディが即決採用した。
これ以降、シンディはマジックを披露する際の芸名として『魔女シャン』と名乗るようになる。
「我ながらいいネーミングだな!そういやさー、あたしら何でシンディさん探してたんだっけ?マジック観に来たんだっけか?」
アルシーアがその場の雰囲気を楽しみ過ぎて当初の目的を忘れてしまうのはいつもの事だ。
「え、色んなパフォーマー観に来たんでしょ?」
と、隣に立つルーフェリカが補足するがそれも的を外している。
「シルスちゃんのマジックショーデビューに立ち会えて、ルメちゃんはラッキーなのぉ!」
ルーフェルメは、ただただシルスに夢中なだけだ。
マイペースな娘達である。
「みんな違いますよう!舞台に描かれた魔方陣の事聞きに来たんですよう!」
「あ、そーだっけ?」
「「そーだったんだあ」」
示し会わせたように双子がハモる。
「じゃあさ、私達の研究室来なよ。そこで話そうか」
「え、いーの?あたしらも今日はもう予定無いからお邪魔しよっかな!」
アルシーアが勝手に話を進める。双子はそれに慣れているが、シルスは出会った時からアルシーアに振り回されっぱなしである。
――そう言えば……舞台に飛び出た時も力任せに振り回されたような……
と、物理的に身体を振り回された事を思い出す。
「それじゃあ、悪いけど荷物持つの手伝ってくれるかな?すぐそこだからさ!今日はもう上がりでいいや!」
シンディが後片付けを始めると、アルシーア達も慣れた様子でそれを手伝う。
時空マジックで使用した箱は折り畳み式になっていて持ち運びに便利な作りになっている。
魔剣と称したマジック用の剣も、シルスが三本まとめて持てるほどに軽く作られていた。
残りの幾つかの小道具を皆で分担し歩く事およそ15分。
ふと気付けば、アールズの街の大通りから外れた昼でも薄暗い外壁に近い区域に足を踏み入れていた。
シルスにはここが何処なのか、なんとなく見覚えがあった。
ほんの数日前にメレディスに会いに来た通りに似ている。
「はー、着いた着いた。ここだよー。みんなありがとねー!」
シンディが指差した研究室のある建物。
その入り口の看板に書かれていた文字は。
「スケスケ……ぱふぱふ……」
ポツリとシルスが呟いた。
シンディさんは魔女シャンです!
次話『ロウソクの炎って結構熱いです』
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