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夕暮れの陽(ひかり)【異端と異形と異常が織り成す恋愛譚】  作者: 譚月遊生季
Fin juin

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第28話 ancêtre

絶え間なく流れる時間の中にも、隔絶された場所はある。繰り返され続ける無慈悲な遊戯は、「外」の時間など意に介さない。

……ただひとつ、遊技場の主である少年が、青年になったことのみを除いては。


「僕ねぇ……恋とか、愛とか、言ってしまえば性欲も……そういうの、よく分からないんですよ」


血に塗れた金髪を見下ろしながら、まだあどけない顔つきの青年は語る。

眼鏡の奥で、黒々とした瞳が血濡れた肢体を映す。


「……だけど、悲鳴は好きです。いたぶられた時の悲痛な声は、聞いててゾクゾクするんです」


傷だらけの白い肌を突っつきながら、一人で語り続ける。

なぶられ続けた異形の女は、既に元の形を失い、手足すらも判別のつかない肉塊(にくかい)と化していた。


「りょう、た、サン……」


それでも、彼女は語り続ける。


「あい、シ、て……ル…………」


破滅的な愛を、いびつに爛れた唇から、吐き出し続ける。


「……馬鹿ですね。分からないって、言ったじゃないですか」


青年は女の頭を掴み、地面に叩き付ける。

潰れた喉から、掠れた悲鳴がほとばしる。


「もっと、」


青年の端正な表情が、愉悦に歪む。


「もっと、もっと、もっと……ちゃんと声を聞かせてくださいよ。……ねぇ?」


床に血の染みが広がる。

苦痛に喘ぐ吸血鬼(アンヌ)嗜虐(しぎゃく)に酔う人間(亮太)。正義も、良心も、そこでは意味をなさない。

……それでも彼女は彼を愛した。そして、彼は……


「……そういえば貴女、どうして、お兄さんと一緒に逃げなかったんですか?」


仁藤亮太(にとうりょうた)には、愛がわからない。




 ***




血が欲しい。

喉を掻きむしるほどの衝動が身を焦がす。

大上の屋敷で精神を鎮めなければ、アランの精神は瞬く間にいびつな殺人鬼へと戻っていく。


「……」


仮面に触れる。このまま人前に姿を見せれば、クロードを身代わりにした意味がない。……アランにも、あの無残な死に報いたい想いくらいは残されている。


「……なぁ、セザール」


全てをなげうった男は、あっさりと灰になった。

群れから離れさまよい、誰の忠言にも耳を貸さず……

最期は、呆気なく死んだ。……救おうとしたアランの手を振り払い、1人で死んで行った。


「今思えば……死ねたお前は、幸せだったかもな」


妹は……アンヌは、セザールに憧れていた。

その心を打ちのめし、勝手に死んでいったことを恨まなかったといえば嘘になる。


だが……


──お兄ちゃん、もういいんだよ


彼女を狂わせたのは、何もセザールだけではない。


──私は、居場所を見つけたの


むしろ晴れやかに笑って、彼女は破滅の道へと進んだ。

「そう」させたのが誰なのか、何なのか、アランには痛いほどわかる。


セザールを、そしてアンヌを壊したのは、彼らを取り巻くすべてだ。

世界のすべてが、ヴァンパイア……いや、「怪物」である一族に牙をむいた。

祖父アルベールは故郷での迫害から逃れようと新天地を探し、この地に降り立った。……けれど彼らが夢見た安息は、結局、夢でしかなかった。


「……のうのうと生きやがってよ……」


アランはセザールほど繊細でも、アンヌほど優しくもない。

……その殺意が花開いたのも、決して狂乱に身を落としたからではない。


「犠牲の上で得た安穏は、どんな気持ちだろうなぁ。憎くて羨ましくて……頭がおかしくなりそうだ……」


元よりアランの中で、「それ」は解き放たれる時を待っていた。


「……血が欲しい……」


フラフラと歩みを進める。……見つからないよう、他者の気配を視覚以外の全ての感覚を使って探る。

理性をかき集め、滾る憎しみを押さえつけ、男は闇を手探りで奔る。血を啜らなくとも、大上の屋敷に着けば、一先ずは落ち着ける。……だが、もし、もし人間に見つかれば……その時は、()()()()()


やるべきことなど、もはやどうでもいい。

責任も、立場も、本当はどうだっていい。

 ……けれど、


「オレは……美しいんだよ……! 美しくなきゃならねぇんだ……」


その意地だけが、アランをアランたらしめている。



 ***



門扉に辿り着くと、静寂がその場を支配していた。

そのくせ、人の気配は慌ただしい。息を潜めながら、それでも何かに急かされるよう走り回っている。


「……あぁ……?」


芳醇な匂いが、そこに充満していた。

くらりと鼻につく、心地のいい()()

理性がぐらぐらと揺らぐ。……不思議と、アランの人格そのものは保たれている。


「……裏の方か……」


手招くような香りに釣られ、アランは歩を進めた。

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