ナナシの切札
身軽な身体を用いた剣術を容赦なく披露する魔悪邪。二本の影で出来た剣は意外に重く、片腕で振れているのが不思議なぐらいだ。
速さなら自信があったナナシだが、それを軽く上回る魔悪邪の動きに、動揺を隠せずにいた。
「っ! ……!?」
「これまでの我は全開じゃなかった! はーはっはっ!」
(想像以上の速さ! 拙者が、一方的に押されているでござる!)
「切札は最後までとっておくんだったな!」
「……まだ拙者は……使ってないでござるよ……」
「そんなハッタリ、我には通じんぞ!」
重い剣の、重い一振り。刀で受け止めるものの、地面に足が埋まっていく。地面に足を捕られ動けないナナシを、これでもかという程、鬼の形相で追い詰めていく魔悪邪。
「ハッタリではないでござる。拙者には、とっておきの切札があるでござるよ!」
※ ※ ※
上空に浮く、影の剣。それは激しく震えだし、空気を震わせていく。次第に風が強くなる。天変地異の前触れのように。
「あれが……災いの種か。目障りな厄介者だ。問答無用で斬り捨てる!」
和を纏いし華。後ろに束ねた髪を揺らし、刀を抜いて発つ。その目を閉じて雑を除き、空気から伝わる邪を捉える。
「秘刀・早姫乱れ流。破邪一閃」
横に一筋入れ、刀を鞘に納める。斬った影が消えていくのを確認すると、早姫は身形を整えた。
※ ※ ※
「頑張れセリオ! さっさとやっちゃいなさい!」
「うん。ああいうものは、無いに越したことはない」
ミカノの指輪の力で武装を纏うセリオ。自身や任意のものを瞬時に移動させる能力によって、核を移動させようとしていた。
「ナナシだって戦ってんだ。オレ達だって戦ってやろう」
「実際に相手をするのはセリオだ。そっちが威張ってどうする」
「気分の問題だ! オレ達なのには変わらない」
「こんな時にふざけないで! セリオが集中出来ないじゃない!」
「「ご、ごめん」」
(こんな時でも変わらない。ムロもカズマもミカノも)
「セリオが笑ってるぅ~」
(アンも変わらない。だからこそ、冷静になれる)
「テレポート!」
核は消えた。セリオによって、宇宙の彼方に飛ばされたのだ。
※ ※ ※
「行くのだ! 夏郷ならば問題ないのだ!」
「行け。君の強さを見せてやるのさ」
破耶と七菜。二つの背中に発破を掛けるさまは指揮官のようである。二人の声程、彼等に力を与えるものはないだろう。
「いけるかい? 緋」
「いつでもどうぞ! 夏郷さん!」
破耶の指輪の力によって刀を得た夏郷と、変身した緋が飛び上がる。二人の刀は、影の核を確実に捉えていたが、他の世界に飛んでいった物よりも頑丈であった。
「あたしも!」
木刀を持った女子高生が叫ぶ。夏郷と緋にも劣らない太刀筋で核を捉えた。両腕に伝わる痛みなどなんのその、核を足場にして舞い上がる。身体を捻り、力を木刀に加える。
それを見た夏郷も同じ動きをする。師から教わった術を、ありったけの力を込めて放つ。
「「気消閃!」」
「紅蓮斬!」
三人の刀からの攻撃を喰らった核は消滅した。
※ ※ ※
空を見上げる雁斗。呑気に煎餅をバリバリ食べている。程よい熱さのお茶を飲んで落ち着いていた。
「緑風斬!」
黒髪で、緑色の風を起こしながら飛んでいる甲多。巨大な手裏剣を核に飛ばしている。それでも破壊には至らない。
「うーん。僕だけじゃ駄目なのかな?」
雁斗の方を向くが、雁斗は頷くばかり。悪戦苦闘している甲多を信じているだけである。甲多の幼なじみである美加お手製のケーキを黙々と食べるのみ。
「美加のケーキ!? 僕も食べるよ!」
甲多に湧き上がる力。巨大な手裏剣を渾身の力で投げて破壊すると、ケーキを食べに降りていった。
※ ※ ※
手も足も出ないということは一大事である。見上げることしか出来ないというのは歯痒いものである。
「どうすんのよアレ! 絶対にヤバい系よ!」
「落ち着いて、落ち着く!」
「そんなこと言われても! あーあ、こんなことなら、ラームドの練習をしとくんだった。自然に使えるようになるだろうって見向きもしなかった」
「……リリ、やる。前みたいに出来るか分からないけど」
「駄目だわ! 戦いから遠ざかれたのに!」
「ちゃんとした想いを込めて戦うから大丈夫。リリ、セイララを守るから!」
全身に力を込めて深呼吸。銀髪の少女の目が、アイドルから戦士のものへと変わる。勢いよくジャンプをすると、核目掛けて蹴りをする。何度も何度も止めどなく。
「はあ!」
振りかぶった拳は核を破壊した。リリの正義の為の拳が、悪の為の核に勝ったのだった。
※ ※ ※
「眠いにょん」
「やれやれ。度胸が据わっていると言うべきか。危機感の欠如と言うべきか」
「五月蝿いにょんよ、ライド大尉。これでもにょんちゃん焦ってるにょん」
「元帥の能力ならば、あの物体を始末するなど朝飯前では?」
「にょんちゃんが片付けてもいいにょん?」
「セラテシムンの危機ですからね。国長である元帥が適任であろう。それとも何かご不満かね」
「もう~。にょんちゃん、戦いは嫌いにょん」
「それは同感だ」
稲妻を発して核を撃ち落とすライド。
ササッと走り出したにょんちゃんは、影の核を視界に捉えて離さないでいる。影の核が消えていく。何事もなかったかのように消えていくのみ。
「終わったにょん」
「どうも元帥」
「いつも通りでいいにょんよ。にょんちゃんは、にょんちゃんだにょん!」
※ ※ ※
「な、何事だ!?」
次々に消えていく影の核に驚く魔悪邪。動揺していた隙を突かれて飛ばされる。懸命に気配を探るが、それは無駄な行為である。
「どうやら失敗したようでござるな。思った通りでござるよ」
「なんだと!」
「拙者の切札、それは仲間でござるよ! 皆を信じているから、拙者は心を折らずにいられた」
「仲間? それこそアテにならん。いつかは裏切り、お前を容赦なく狙う!」
「拙者はそれでも構わぬでござる。拙者よりも優先すべき物事は当然あるでござろう。拙者を敵にしなければならない時もあるかもしれぬ。その時は受けて立つ。拙者の覚悟でござるよ」
「甘い……お前は!」
「それでも拙者は、拙者でありたいと思うでござる。そんな拙者を認めてくれる仲間がいるから」
「仲間仲間仲間! そんなに孤独が怖いか!」
「怖いでござるよ? 拙者は臆病でござる。だから仲間を大事に出来るでござるよ。魔悪邪、お主もその筈じゃ。孤独は怖い筈じゃ」
「我が? 戯け!」
突進する魔悪邪。剣を振るってくるものの、先程とは違う太刀筋になっている。ナナシの言葉に動揺しているのだ。
「裏切られるぐらいなら、最初から拒絶するまで。そんなところでござるか。拒絶が破壊へと繋がってしまったのなら、それほど悲しいことはないでござるな。お主が描く理想の世界……そこには居るでござるか? お主の仲間は」
「弱虫が!」
「強がりは止めるでござるよ。そんな太刀筋では、拙者の刀を折ることは出来ぬでござるよ!」
迷いのない一振りは、迷える一振りを折るだけの力がある。魔悪邪の剣は衰弱する。仲間の数だけ強くなるナナシに、魔悪邪が勝てる筈はない。




