つむぎさんと生態観察その2
土曜日。
午前九時。
相馬奏士は机に向かっていた。
参考書。
ノート。
プロテイン。
そして。
白紙。
『勉強しないの?』
「する」
『十五分、白紙見てるよ』
「考え事だ」
『つむぎさん?』
「違う」
『顔が『違わない』って言ってる』
「……」
『また生態観察?』
「純粋な興味だ」
『言い方変えただけだよ』
奏士は腕を組んだ。
「謎なんだ」
『うん』
「大学生かと思ったら平日にいる」
『うん』
「社会人かと思ったら暇そう」
『うん』
「友達も見たことない」
『前回見たでしょ』
「いや、同年代の」
『ああ』
「親も見たことない」
『そうだね』
「何者なんだ」
『だから聞けばいいじゃん』
「はぐらかされる」
『尾行するの?』
「……」
『する顔だ』
◇
午前十時。
つむぎは猫と遊んだあと、鼻歌交じりに出掛けていった。
少し離れて、奏士も歩く。
『懲りないね』
「距離は取っている」
『そういう問題じゃない』
つむぎは本屋に入った。
しばらくして出てくる。
「本か」
『何買ったんだろ』
次は文房具店。
色鉛筆。
シール。
折り紙。
「子供か?」
『大学生ではなさそう?』
次は商店街。
「つむぎちゃん!」
「あ、おばちゃん!」
八百屋のおばちゃんが手を振る。
「今日はトマトおまけね!」
「やったー!」
魚屋のおじさんも手を振る。
「また猫描いたシール作ったのか?」
「うん!」
肉屋のお兄さんも笑っている。
「つむぎちゃん、元気だなぁ」
「元気!」
「……」
『顔広いねぇ』
さらに。
公園。
「つむぎお姉ちゃーん!」
子供たちが集まる。
十人近い。
「絵本読むー?」
「読むー!」
ベンチに座って、絵本を読み始めるつむぎ。
みんな笑顔だ。
「……」
『先生?』
「保育士?」
『学生?』
「分からん」
◇
一時間後。
「お疲れさまー!」
子供たちが帰っていく。
つむぎは一人になった。
奏士は電柱の陰から……
「オジィ」
「うわぁ!」
目の前につむぎ。
「何してるの?」
「いや」
「生態観察?」
「……」
「二回目?」
「……」
『もう言い逃れできないね』
つむぎはくすくす笑った。
「今日の成果は?」
「謎が増えた」
「そっか」
「君、先生なのか?」
「違うよ?」
「学生?」
「どうかな?」
「仕事は?」
「してるよ?」
「何を」
「いろいろ」
「答えになってない」
「えへへ」
つむぎはベンチに座る。
「オジィも座る?」
「……おう」
隣ではなく、少し離れて座る。
「なあ」
「ん?」
「友達いるのか?」
「いるよ?」
「見たことない」
「オジィ」
「なんだ」
「今見てる」
「……」
「友達」
「僕か?」
「うん」
「違うだろ」
「違わないよ?」
『奏士、固まった』
「うるさい」
「あと猫ちゃん」
「知ってる」
「おばちゃんも」
「知ってる」
「子供たちも」
「知ってる」
「みーんな友達」
「範囲広すぎる」
「オジィは狭すぎる」
「……」
奏士は返す言葉に困った。
確かに。
会社の人。
学生時代の友人。
それくらいしか思い浮かばない。
「不便じゃないか?」
「ううん」
つむぎは空を見上げた。
「なんかね」
「うん」
「一人じゃないなーって思えるから」
「……」
「いいよ?」
「そうか」
すると。
ぽん。
また頭に手が乗る。
「よしよし」
「なんでだ」
「オジィ、難しい顔してるから」
「してない」
「してる」
「してない」
「してる」
『してる』
「ナビィまで!」
つむぎは笑った。
「ねえオジィ」
「なんだ」
「そんなに知りたい?」
「ああ」
「わたしのこと」
「……まあ」
「じゃあ、もっと仲良くならないとね」
「なんでそうなる」
「秘密は急に教えちゃだめだから」
「そういうものか?」
「うん!」
「誰が決めた」
「わたし!」
「雑!」
つむぎは立ち上がる。
「また明日!」
「おう」
「生態観察はほどほどにね?」
「……善処する」
『やめないんだ』
「謎なんだ」
『はいはい』
最適化の鬼・相馬奏士。
本日の観察結果。
つむぎという生き物は。
やっぱり正体不明。
でも。
不思議なことに。
少しずつ知っていけばいいか、と思えるくらいには。
彼の毎日に馴染んできていた。




