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 僕と牧田は喫茶店で三十分くらい話した。なんとなく入った店だったが、狭い、小洒落た店で、コーヒー一杯で千円近くした。お洒落代、とでもいうものだろうか。

 「かわいいね」

 僕はウエイトレスをこっそり指差して言った。店を行き来しているのは全員、見た目の可愛い、若い子だった。制服も可愛かった。ガールズバーか何かかと一瞬考えたぐらいだった。僕は、可愛い女の子ばかり採用している小洒落た喫茶店というものが、どんな風に運営されているかについてぼんやり考えた。牧田はあまり興味を示さず「ああいうのが好みなんですか?」と言った。「いや、まあ…」 その話はそれで打ち切りになった。

 「僕、セザンヌが好きなんですよね」

 牧田が言った。さっき行った美術館に、セザンヌの絵も掛かっていたはずだった。有名でないものだったけれど。

 「絵画ではセザンヌが一番好きで。風景と、それからセザンヌの内面とが一つに溶け合って、主体と客体の融和が実に見事にできている。セザンヌも孤独な人でした。…芸術って孤独じゃないとできないんですかね?」

 「そういう事もあるだろうね」

 僕は横目でウエイトレスを見た。全員、見た。全員が可愛い子で、それでこの店はそういう採用をしているのだと確信した。全くどうでもいい確信だったが。僕が次に考えたのは、とすると、ここで働いている子らはみんな、自分がこの店で働いている事を誇りに思っているのかどうか?という事だった。確かに、さっきアイスコーヒーを運んできてくれた子は、お高く止まっているように見えた。この店で働く事はステータスなのだろうか? 僕は無意味な事を考え続けた。

 「セザンヌはサント・ヴィクトワール山を描き続けました。彼にとって、あの山は憧れの象徴、全てだったんだろうと思うんです。セザンヌにはサント・ヴィクトワール山と絵の具があれば足りたのに、僕らには何もかもがあるのに、何もない。僕は、自分の書いたものを読み返して、愕然としますよ。そこに美がない。…文体には気をつけました。小説を書く時。川端康成の影響を受けているんです。あの透明な文体が好きで。でも、模倣してやってみたところで、川端が体現していたものは僕の文章のどこにもないんです。困ったな…。どうすればいいんですかね」

 「どうだろうね」

 僕は頭を芸術に切り替えようとした。どうなんだろう?

 「どうだろう? …もう駄目かもしれないね。そもそも、二十世紀の作家、ジッドやヴァレリーなんて人の時点で、あまりにも自意識的過ぎるような気がしているんだ。過剰に意識的で、人工的で、自然なものがない。だけど、それは彼らの欠点ではなくて、仕方ない事だったと思っている。彼らは優秀で天才で…だからこそ時代の欠点を映し出している。芸術家は後退していく波打ち際、消えてゆく砂浜のようなもので、消滅の危機に立たされている…そんな気がするんだ。もう駄目じゃないかと。バンクシーなんて馬鹿らしいよ。あんなの、百年後は誰も覚えていない」

 「あれは、ひどいですよね」

 「ひどいよね」

 僕らは言い合った。アイスコーヒーをすすると、残りはカラだった。ああ、千円もするおいしいおいしいアイスコーヒーがもうカラだよ、などと考えた。これには特別な原料が使われていて、その為に千円でも安いくらいだ、とここの経営者は言うかもしれない。それでその経営者は可愛い女の子が大好きで、そういう子しか雇わないと心から決めている脂ぎった親父なのかもしれない…などとどうでもいい事を考えた。牧田はまだコーヒーを半分しか飲んでいなかった。僕は、あっという間にコーヒーを飲み干した自分の行儀悪さに気づいた。

 

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