陛下の悩み 2
陛下の悩み完結です♪
「姫。おはよう」
昨夜、あんなに愛し合っても私の姫は……ただただ美しい。
「おはようございます。陛下」
姫の天使の笑みと艶やかな唇に引き寄せられる。
だが私の唇は姫の唇には届かなかった。
姫が両手で制したのだ。
「陛下……ごめんなさい。ダメです」
「……口付けも駄目なのか?」
「はい」
「……そうか」
口付けすら駄目とは。
姫と口付けしない朝は初めてではないだろうか。
しかし、姫の申し訳なさそうな顔にそのことは言わないでおこうと思った。
「姫。抱きしめるだけならいいか?」
「はい。それなら」
姫を抱きしめ頭を撫でる。
これくらいしか駄目なのか。
「……結婚式の前日までを思い出すな」
「そうですわね」
「あの日は、それが終わるのが惜しいように思えたが……」
「そうなのですか。では、良かったですね。これから朝はあの日までの日々と同じですわ」
……そういう意味では無いのだが。
「……」
あの時は、姫を抱きしめ口付けるだけで満たされた。
今から思えば、あの時の姫の愛は澄んだ水だった。
清らかな水は渇いた喉に充分な潤いを与えてくれた。
だが、姫の本当の愛を知った今は。
姫の愛は極上の美酒だ。
飲めば飲むほど気分は良くなり逆に喉は渇く。
しかも、口付けも許されない今は充分な水すらも無い状況だ。抱きしめるという僅かな水分では余計に渇きを覚える。
しかし、姫の以前と同じ無垢な笑顔に何も言えない。
昨夜の姫とは別人のようだ。
あんなにも私を求めてきたのに。
……姫は、本当に天使にも悪魔にもなれるのだな。
朝の分も昨夜、充分に愛したと思ったが。
姫の魅力を甘く見過ぎていた。
朝の姫を愛せないのが、これほどに辛く感じるとは。
この邪な思いを解消することなく政務に向かう。
……なるほどな。
姫はこういう気持ちだったのかもしれない。
……確かに、王らしくするのが難しい。
しかし、たった一日で姫が我慢していた事に弱音を吐く訳にはいかない。
それにしても、政務の時間とはこんなにも長かっただろうか?
早く、夜になればいい。
「お疲れ様でございます。陛下」
やっと夜になった。
私は返事もせず、ベットで本を読む姫の唇を奪う。
「……んっ……陛下……」
いつもはすぐに風呂に入るのだが。
このまま、愛してしまおうか……。
「……姫」
押し倒そうとすると、姫が今朝の様に私を制した。
「陛下、そこまで私を甘やかさなくて大丈夫です。お風呂に入る時間位、私は待てますわ」
私を安心させる様に笑顔で言う姫。
……今朝と一緒で私達の認識は少しズレている。
「……分かった」
「陛下、ゆっくりどうぞ」
「……ああ」
そう言われてしまっては、いつも通り入浴しなくては姫は気にするだろう。すぐに姫を愛したかったのだが。いつも通りに風呂から上がると、姫が抱きついてきた。
私を強く抱きしめ姫が言う。
「ちゃんと待てました。だから、陛下。今夜も明日の朝の分まで愛して……」
「もちろんだ」
少しズレてはいるが最終的な想いは一緒だ。私達は今夜も満足するまで愛し合い眠りについた。
「おはようございます、陛下」
私が目覚めると、爽やかな笑顔で姫が私の胸にぴたりと寄り添う。
そんな姫を抱きしめ頭を撫でる。
「こういう時間も大事ですわね」
「うん?」
腕の中の姫が嬉しそうに言う。
「朝の抱擁は、陛下の温もりも愛情も感じられて心が落ち着きます」
「……そうか」
「私、やっぱり陛下の優しさが一番好きですわ」
「……そうか」
姫はふふっと笑って私の胸に顔を摺り寄せた。
私は姫の頭を優しく抱きしめたが……。
本当に姫は抱擁だけで満足して幸せそうだ。
……これは男と女の違いだろうか?
姫は朝に愛されると私の事ばかりを考えてしまい、私は朝に姫を愛せないと姫の事ばかり考えてしまう。
姫を朝に愛していた時は満ちたりた気分のまま政務が出来たが、今は渇望する思いを抱えたまま政務をしなくてはいけない。
意外と根深い問題だったか。
簡単な話だと思ったのは甘かった。
だが、姫の悩みは消えている。
ならば解決なのだろう。
「陛下。何か調子悪くないですか?」
朝の稽古が終わり、幼馴染の隊長が私に問う。
彼には隠してもバレてしまうだろう。
「朝に英気を養う事が出来なくなったせいかもしれんな」
「英気?」
「……夫婦の話だ」
「はは~。なるほど~。あんな華奢な王妃に夜だけじゃなく朝も求めてたんですか? それで、とうとう拒否されちゃったと。陛下は優しいと思ってましたけど鬼畜だったんですね」
幼馴染は、からかいつつも呆れながら言った。
私の体力を一番知っている彼が半分本気で言ってると分かった。
普通はそう思うだろうが、間違いは訂正したい。
「……姫がやつれた時期があったか?」
「えっ? ……無いですね。むしろ、王妃は日に日に美しくなっちゃってましたね? アレ?」
いつもは、私の短い言葉で全てを理解してくれる彼が混乱している。
私にとっても姫の思いは予想外だったからな。
「姫は、体力ではなく気持ちが付いていかないらしい」
「気持ち?」
「……朝も愛すると、私の事ばかり考えてしまって王妃らしく出来ないそうだ」
「へぇ……それはそれは、タイヘンデスネ。で? 陛下が今度はいつもの王らしく出来なくなっちゃったんですか?」
彼は真実を知り、本格的に呆れている。
「……」
「なるほどね~。優しくて真面目な初恋同士は厄介度も複雑さも増しますね。陛下も程々に」
「程々?」
「男ってカッコつけたいですよね、好きな女には。俺もそうですけど、カッコつけたいとか痩せ我慢すると変に拗れたりするんですよ。素直な気持ちを話し合うのも円満な夫婦生活には必要かもしれないですよ?」
「……隊長もそんな経験があるのか?」
「ありますよー。俺の初恋も中々に厄介でしたしね~。強い男が好きだっていうから頑張れば女心が分からないって言われて、女心を学ぼうと健全に遊んだら女タラシと言われて。俺、結構マジメに剣も女も学んでたんですけどね~。彼女の理想の男になりたくて」
「そうか。婚約者殿の話か?」
「そうです。ケンカして嫌われそうになってカッコ悪い所を正直に話して、やっと俺が一途に婚約者を清く正しく思ってたのを理解してもらいましたよ~。時間かかりましたけどね」
「そうだったのか」
「男の好き故の弱音は意外と女は受け入れてくれますよ。男への愛が深ければ絶対に。気持ちの問題なら尚更そうですよ?」
「……そうか」
「厳しい教育を受けた陛下には難しいかもしれませんけど。俺が陛下の不調に気付いたんです。王妃に気づかれる日も近いですよ? 陛下の我慢故の不調を良しとする王妃じゃないでしょ?」
「……そうだな、ありがとう。心に留めておく」
「夫婦だからこそ、お互いに弱音は吐くべきですよ。頑張って下さい、陛下」
「陛下? 最近、お元気が無いような?」
やはり、幼馴染の隊長は偉大だ。
彼の言った通り、その日の夜に姫は私の不調に気づいた。
「そうか」
「陛下。私が力になれる事なら仰って下さい」
「……だが」
「夫婦なのですから、お互い支え合うべきですわ」
「……」
「陛下。お願いします、私を愛しい妻だと思うなら正直に言って下さい」
姫がここまで言うのなら。
隊長の言葉通り素直な気持ちを言った方が良いのかもしれない。
「では……正直に言う。朝の姫が足りない」
「えっ?」
「夜に姫を愛しても、朝も愛したくなる。抱きしめるだけでは足りない」
「……そうだったのですか」
「やはり、姫を愛することは私の原動力になるらしい」
「……そうなのですね」
姫は困った様な顔をする。
そうだろうな。
姫にとっては解決した問題なのだから。
「姫。やはり、朝に愛するのは心の負担になるか?」
「……まだ、そうかもしれません」
「そうか。なら、先程の事は忘れてくれ」
まだ、一週間しか経っていない。
これは私が、もう少し我慢するべきだろう。
「そんな。忘れられませんわ」
姫は泣きそうな顔をする。
「……陛下。陛下も私をそこまで愛して下さっているのですね。妻として夫の愛を受け入れるのが正しいと思います、だから……」
「姫。そんな泣きそうな顔で言うな」
姫は私の弱音を受け入れ自分が我慢しようとするのか。そんな健気な姫の発言を最後まで聞く事は出来ず、思わず止めた。
「……やはり、初恋は上手くいかないのでしょうか……」
「……姫?」
「……初恋は特別なのだそうです。……叶わない方が多いから……。でも、初恋同士の私達は叶ってしまいました。だから、お互いが愛し過ぎて上手くいかないのでは?」
まさか、姫がこんなことを言うとは。
私の我慢が足りなかった。
誤魔化すべきだった。
「姫。私は姫を守ると言った。だから、先程の事は戯言だと忘れてくれ」
「いえ。陛下に守られてばかりいては王妃として失格ですわ」
結局は、その結論に達してしまうのか。
隊長が言うようにお互い程々が良いのだろう。
「そうか。ならば一日置きにしようか」
「えっ?」
「姫の我慢は私が傷つく。逆もそうだろう。ならば、交互に我慢するのが一番良いだろう」
「……なるほど」
「それでいいか?」
「はい」
姫は納得してくれた。
涙も引いている。
「……良かった。姫を泣かせる所だった」
姫も私も我慢に慣れている。
それで解決してきた事も多い。
そんな私達だからこそ、お互いに弱音を吐いて素直な気持ちを話し合うべきなのだな。
「陛下、大好き。貴方が世界で一番好き。貴方は私の特別で唯一です」
「私もだ。……初恋は時に厄介なのかもしれないが、私達なら乗り越えられる」
「陛下はいつも私を守ってくださいますね」
「姫だってそうだ。愛している姫……」
「だったら良いのですが……んっ」
私の弱音を受け入れ、私を守ろうとした姫。
私を深く愛してくれる姫に口付ける。
全てを放棄して私に耽溺する姫が見たいと思った。
だが、やはり今のままの姫が一番愛しい。
姫に弱音を吐いてそれに気づいた。
そんな姫だから渇きは一生無くならないだろう。
だか、そんな姫だから私を潤してくれるのだろう。
いつでも好きなだけ飲み干すだけが愛ではない。
それは、夫婦の愛では無いだろう。
私達の朝は変わった。
私が望む朝の時、姫は私を心から受け入れてくれる。
姫が望む朝の時、私は姫を心から受け入れる。
お互いに満足と我慢を繰り返す。
無理なく王と王妃らしくある事は、同時に良き夫婦らしく感じた。
____ある朝
姫の望む朝だったにも関わらず、私は姫を求めてしまった。
完全に寝ぼけていた。
「……姫。申し訳ない」
私があわててそう言うと、姫は潤んだ瞳で見つめる。
「止めないで、陛下」
「だが……」
「私が陛下を甘やかす日があっても良いと思います」
姫は王妃でも天使でもない笑みをして言う。
「……それとも、ご褒美かしら?」
「ご褒美?」
「……いつの間にか近衛騎士の数人が消えていました。挨拶もなく」
「全ての近衛を覚えていたか」
「違和感を覚えた騎士達だったので。特に」
「そうか」
「しかも、前国務大臣が辞められた時期ですわね」
「……」
「この間、彼の孫娘でもある教育係が独り言の様に言ったのです。『王妃が寵愛される理由を実感するたびに、陛下のご慈悲に感謝する日々です』と。……年齢による退職では無かったのですか?」
姫は少し寂しそうな笑顔をした。姫にとって問題の騎士達は予兆があったのだろう。だが、流石に前国務大臣は予想はしておらず状況証拠で理解したのか。
「……気づいてしまったか」
「ありがとうございます、陛下。極秘で処理したのは私の為なのでしょう? 即決即断の陛下らしい手腕に、やっと気づきました。だから、今日は陛下を甘えさせたいのです。ご褒美には足りないですか?」
姫は悪戯っぽく笑った。
「いや、充分過ぎる」
「約束を守って下さる優しい私の陛下。好き……大好きです。貴方が好き……陛下……」
姫は愛を囁き、私に口付け押し倒した。
「……姫を……これからも……守る。……だが、私以外…姫を愛さなければいいのに……」
情熱的な姫の愛を受けながら、つい本音を言ってしまった。
姫は妖艶な笑みをして言う。
「……貴方以外の……愛なんていらない……」
「それでも……無くなりはしない……だろう……」
口付けの合間にそう言えば、姫は切なげに言う。
「私は貴方だけのモノ……なのに……? イヤ?」
「姫は……美し過ぎる……守り続けるのは嫌ではないが……」
「ふふっ、陛下も素敵過ぎます……ねぇ陛下…貴方は私だけのモノ?」
「当たり前……っ」
言い終わらないうちに姫は激しく私の唇を貪る。
長く貪った後、姫は言う。
「……誰にも渡さない……」
初めて見る姫の顔と言葉にゾクリとした。
「貴方しか要らない……だから、私だけの陛下でいて……」
そして、蕩けたような表情で私を激しく求めた。
今、この瞬間。姫は間違いなく私に耽溺していた。
王妃らしくあろうとする姫を誇らしく想いながらも、全てを捨てて私に溺れる姫を見たいと思った。
そんな矛盾した想いを抱いたのは私の自信の無さや弱さだったのかもしれない。
だから、姫に弱さを見せ姫が私を守ろうとした時に今のままの姫が一番愛しいと思った。
なのに今、姫は何も捨ずに耽溺してくれている。
姫自身の本音と独占欲を隠さずに。
私の矛盾した想いまで叶えてしまった姫。
姫はどこまで私を魅了するのだろう。
それでも渇きを覚える私の方が矛盾している。
姫は天使の様で悪魔の様な矛盾した魅力さえも両立させているのに。
姫と私は真逆の様で似ていたり、似ているようで違う。姫と私は理解し合っているが、細かい勘違いや誤解もしている。だが、私が姫を愛さない日が永久に来ないように、逆もそうなのは疑いの余地はない。
だから、悩みは出るだろう。それを私達は解決するだろう。私達は王と王妃の責任と「初恋同士」の愛を叶えた幸運を守る為に。
私達は世界で一番幸せな悩みを抱える夫婦なのかもしれない。
解決する度に深くお互いを愛せるのだから。
想像以上の姫の甘い耽溺がそれを証明し確信させた。
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