第四章 【隣人】 2.
「始まりは、この星にあなた方が降りてくる数千年前に遡ります」
話の前に席を勧めたが、『隣人』はやんわりと断ってオレの2m前に立った。
この状況で綾部が座るはずもないし、一人で椅子に座っているのは正直居心地が悪い。だが建物の中からこちらを見たとき、綾部と二人してずっと立っているのは不自然だ。結局、オレ一人が腰掛ける状況になった。
「私は、この星に一つ……一人でいました」
ゆったりとした口調だったので、口を挟んでみた。
「同族の方は、いらっしゃらなかったのですか?」
「滅びました」
何の感情も覗かせない、あっさりとした声だった。
「お互いの意識を共有していた私……たちは、もともとが一つの存在とも言えました。ならば、一人だけ生きていればよかろうという結論に達して……結果的に、自殺のようなものですね」
突っ込みどころ満載のセリフだったが、他種族の問題をこちら側の常識で断じるのは、いずれの世界でもタブーだろう。
オレは、とりあえずの疑問を口にした。
「個性というものは、なかったのでしょうか?」
「私たちには互いを区別する手段が、この『意識』しかなかったのです。そして大切なものは互いのわずかな違いでなく、この星でした。この星で永遠に眠る。長い年月を経て、それが共通した望みになっていったわけです」
無気力だ。石背と足して二で割れば、ちょうどいいんじゃないか――と思ったが、この考えが間違っていることは後で分かった。大切なものに関して、彼らは決して無気力でも無欲でもなかった。
「私が残った理由はとても単純で、一番若かった。それだけです」
「失礼な質問だったら申し訳ありませんが、寿命はあるのですか?」
『隣人』は軽く首を振って、右手を左胸に当てた。
「あなた方の持つ『心臓』は、私たちにはありません。止まったら存在が消えるものは、この『意識』で、考えることを止める時、私たちは消えていきます。ですから寿命……耐用年数がはっきりしているものは一切ないのです」
最初に、数千年前の話だとこの『隣人』は言った。考えるのを止めた時消えるということは……
「貴方は一人この星で、何を考え続けていらしたのですか?」
思想だけの千年なんて、オレには想像つかない。だが、『隣人』は明快に告げた。
「この星のことを」
当然のように「考え続けます」というその『声』の中に、誇らしさと、どことなく恥じらいのようなものを感じて、オレは少し戸惑った。だが、この星は『隣人』にとっては唯一の存在意義であり、家族であり、友人であり、全てなんだと考えれば、納得できなくもない。
「答えていただいて恐縮です。お話を中断して申し訳ありませんでした。続きをお願いします」
『隣人』は頷いて、また口を動かさずに語り始めた。
「一人になってから、この星には何度か、あなた方のような『人』の形を持った種族が降りてきました」
オレは綾部と目を合わせた。この星に文明の後らしきものはなかったが、辺りに何らかの種族がいたことは分かっている。
ご先祖様がこの星に不時着する羽目になったのは、上空に残る宇宙船やその他の、文明の残骸に捉まったからだった。
「今は、あなた方しかこの星にいないことからも分かる通り、彼らは再び旅立ったり、勝手に滅びたり、争ったあげく……この星を滅ぼそうとして、私に滅ぼされたりしました」
最後に、さすがに聞き逃せない言葉がさらっと出された。
「すみません。貴方に滅ぼされたというのは、貴方が滅ぼした、ということですか?」
「そうなりますね」
『どうやって?』と、聞こうとしたが簡単に思い当った。
こんな風に死んだ体を操ったり、ヒトの意識に介入できれば、戦略的に出来ることは無限だ。
「最初に言った通り、私は他の個体の、『意識』に働き掛けることができます」
予想通りの返答だが、一対多数だ。この星に蔓延ったであろう人間を、滅亡するまで追い詰めるには、よほど効率よく排除したのだろう。
「そうですね。指導者がたくさんいる場合は、難しかったと思います」
この『隣人』がどんな戦法を採ったか、分かる気がした。
「あとは、星の気候が助けてくれましたね」
「氷河期ですか?」
「えぇ、あなた方が来た頃、ようやく終りに近づいていたんでしたね。仲間がいた頃も、まだ氷河期の中でした。その中で何度か、小さな氷期と、間氷期が繰り返されていたんです」
オレは母星の資料を思い出そうとしたが、すぐ面倒になって、最も近くのデータバンクに訊いた。
「綾部、母星での氷河期って、大体どのくらいだった?」
「氷河期は原因がはっきりしなくて、色々なパターンがあったようです。それでも一度起こったら、七~八十万年続くのは確かです」
「それでしたら、この星での周期より長くなりますね」
「今は、氷河期の中の、間氷期ではないのですよね?」
「おそらく。前例から考えればあと十万年、氷期は来ないと思います」
ほっとした。こちらの研究者も似たような研究結果を発表しているが、この星に長年棲んでいる生物に保証されるに及ぶものはない。
だが、まだ安堵するには早かった。こちらへ釘を刺すように、『隣人』は告げる。
「あなた方がこの星の敵だと判断すれば、自然の力を借りずとも滅ぼせますよ」
態度や口調が穏やかなので誤解しそうだが、目の前の『隣人』は、引き金を引く時を躊躇わないだろう。
「こちらの政治形態なんかは、よくご存じのようですね」
どの程度の認識かは分からないが、この国の構造は内にいる者には面倒だが、外から見ると実に単純だ。
大きい頭二つで、一つの国を治めている……簡単に滅ぼされそうだな。
「あなた方から、詳細に知らせて来たんですよ」
軽い笑いの波動とともに告げられて、頭に閃くものがあり、胸の中で『げっ!』と叫んだ。
「……森に放置――いや、配置したっていうスピーカーからですか?」
「政治形態というより、生活形態を知らせるものでしたが、どのくらいで上の人間が交代するかとかの情報は分かりましたね」
利敵行為だなぁ。いや敵だという認識がなかったから仕方ない……のか?
お互いに対する警戒は厳しいくせに、外に対する、自分たちの無邪気さを目の当たりにしてさすがに頭を抱えたくなった。
「ですが、それだけではありません」
心なしか、『隣人』の声の温度が下がった。
「あなた方が『境界線』と呼んでいるものは、私の同胞の、死骸のようなものです」
もしかして『隣人』は脅しのために、わざと刺激的な言葉を使っているのだろうか、との疑いが湧く。それとも『隣人』からの信号を受けた、オレの脳の翻訳の結果なのだろうか。
死骸という言葉に対してのオレの困惑など意に介さず、『隣人』はさっさと前へ進める。
「存在を消すというのは、取りも直さずこの星と同化するということです」
その辺は、オレたちも同じだろう。皆、土に還るのだ。
「同化した後は、自らの意思はありませんが、この星の一部としてたゆたって……星を守っています」
つまり星に埋まったということで、『死骸』と表現されたようだ。そして、その『死骸』は、元々この『隣人』の同族だ。オレたちの脳へ直接に働きかけて、森の奥へと進めないようにするくらいの芸当はできそうだった。
以前『境界線』には人の判断能力を狂わせる磁場がある、と主張していた学者の話を聞いた覚えがある。その時、何らかの物理方程式を持ち出して説明してくれたのだが、てんで理解ができなかった。
研究者連中ならこの話を聞いても、また何らかのこの世の法則に当て嵌めてくれるのかもしれないが、差し当たり今オレのすべき課題は、原理を考えることより『隣人』から話を聞くことだろう。
「『境界線』より先の森林伐採は、星を守るという意思に反しますか?」
「前例からの判断による様子見、と思って下さい。森に入れないことで、あなた方がどう出るかも観察対象でした」
成程。この『隣人』と話すと、何で気持ちが逆撫でされるか分かった。絶対的な上から、見下ろされているという感覚が気に障るのだ。
「――で、何か分かりましたか?」
相手は、この星そのもののような存在なんだから仕方ないと思いつつ、つい皮肉な口調になる。
「それまでの開墾の様子や、長年に渡る私への呼びかけを見てきて、礼儀正しい種族だと思いました」
オレの感情に気づいたのか、『隣人』の口元に小さく笑みのようなものが浮かんでいた。だが、それは次の言葉で跡形もなく消えた。
「森にたくさんの、あなた方の身体が埋められるまでは」
やはり出るか、この話が。――ため息が出そうになるのをこらえる。
相手の不快さが想像できるだけに、この件に関しての石背の弁明は論外で、人間側の弁解も正直したくない。
だが、この場の人間代表としてはそうもいかない。
「その件に関しては、昨日から本日に掛けて具体的な調査が行われております。我々としても遺憾な事件でしたが、これ以上は同様の処理が行われないことをお約束できると思います」
政治家のような御託だが、この先何か起こった時には責任を取る覚悟はこめた。
「ただ一つだけお聞きしたい。我々には、大地に死体を埋める習慣があります。流行病の時には、一度に多くの死体が出る時もあります。主に火に焼いてから埋めるようにしていますが、そちらは不快になりませんか?」
不快だと『隣人』に言われても、どうしようもない問題だが、一応は聞いておこうと思った。
ところが『隣人』の反応は、予想したものと違っていた。『隣人』は、ふっと息を吐くような仕草をした。
「誤解されていますね。私は、埋められていたのが『死体』とは言いませんでしたよ」
『隣人』は、あくまでも事務的な口調を崩さなかったが、オレの背筋にはぞくっとしたものが走った。
「埋められた物の中には、死体もありました。いや、死んだ体のほうが多かったでしょう。ですがその中に、あなた方の基準で生きている状態、つまり心臓が動いているものがありました」
まさか、とは言えなかった。礒辺大佐の様子を思い出せば、用済みになった体だったら、心臓が動いていようが肺が稼働していようが森に埋められていただろう。
……いや、実験と称して、仮死状態の体を埋めていた可能性だってある。頭の中で色々な事象が繋がっていく。
境界線に埋められた、たくさんの体。
境界線に漂っているという『隣人』の死骸。
大佐の言った、生き返る死体。
目の前の、オレたちの体に入っているという『隣人』。
「まだ、生きている体を埋めると、あなた方の死骸……つまり、意思の残りのようなものが入ると……?」
『隣人』は、うっすらと笑って、うつむいて右の掌を見た。
「私は体がなく、意思だけの存在。打ち捨てられた体は、まだ心臓は動いていても、そこに意思はありませんでした。私がこの体に入るのは、楽でしたね」
目の前にいるのが、捨てられた石背の実験体だと確定して、反射的に後ろに下がりたくなったが、有り難いことに座っていたのでそれはできなかった。
綾部の立ち位置も、変わっていなかったが、ちらっと見上げた顔は、さすがに少し疲れた感じに見えた。
「全部が全部、動き出すという訳ではないようです。実は、こうして話せる状態にも繋がるのですが、波長の合う合わないがあるようです」
礒辺大佐の『選別された者だけだ』という言葉を、忌ま忌ましく思い出す。
「遺伝子を……この身体の設計図をいじられた人間、という意味でしょうか?」
「その辺りは、お父上から伺いました。あなた方もそうですが、お父上も言葉の通じやすい方でした」
ようやく登場か、親父殿。
「森の中を、あなた方の体が歩きまわるようになって、私はようやく事態に気付きました。すぐに人間の体から、私共の意識の残骸を抜こうとしましたが、定着してしまっているようで容易に取り出せません」
木とか、石とかに取り込まれると、そうなるのだと『隣人』は説明した。
オレは事象を科学的に当て嵌めたり、原理を考えたりするのを完全に止め、全て『そういうもの』だと思うことにした。
「ただ、星を守るという意思はそのままだったので、しばらく放っておきました。森の中をふらふらする姿は、穏やかな動植物のようで害はありませんでしたから……。ですが途中から、彼らの体に何か細工が施されたようで、別の意思に沿って動くようになりました」
オレは頭の中で、何度目かの『申し訳ありません』を、繰り返した。
「それが、どうも、私の望ましからざる方向だったので、あなた方に連絡を取ることにしました」




