第九話
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放課後、剣道場での激しい稽古を終えて着替えた僕は、校舎の昇降口へと向かっていた。
今日は明穂が用事で先に帰っているため、珍しく一人での下校だ。
ふと、グラウンドの方から聞こえてくる賑やかな声や、体育館のほうから響くボールの音に耳を傾ける。
いつもなら、この時間は決まって明穂と並んで他愛のない話をしながら帰る道すがらだ。
こうして一人になってみると、彼女が隣にいないということが妙に静かで、どこか物足りなさを感じてしまう自分に少し驚く。
――いけない、すっかり最近のペースに毒されているな。
そんなことを考えながら校門を抜けようとした時、駐車場の脇に停めてある自転車置場の陰から、話し声が聞こえてきた。
「だから、今日の買い出しは私が付き合うって言ってるでしょ。瑠偉、最近また野菜足りてないんじゃない?」
「……そんなことない。ちゃんと食べてる」
「嘘おっしゃい。この前の食堂のメニューも、肉ばっかりだったって蓮斗から聞いてるんだからね」
聞き覚えのある声に足を止める。
そこには、女子バレー部のジャージを着た皋月と、相変わらず気だるげな雰囲気を纏ったバスケ部の瑠偉、そしてなぜかその近くで腕を組んで面白そうに眺めている蓮斗の姿があった。
「お、噂をすれば。ちょうどいいところに志雄が通りかかったな」
僕の姿に真っ先に気づいた蓮斗が、ヒラヒラと軽く手を振って近づいてくる。
「なんだよ、お前ら。ここで何やってんだ?」
僕が尋ねると、皋月がやれやれといった様子で腰に手を当てた。
「聞いてよ志雄! 瑠偉ってば、部活のあとにまたコンビニの弁当だけで済ませようとするからさ。私がおかず作って持ってきてあげようとしたのに、『面倒だからいい』とか言うのよ!」
「面倒っていうか……皋月にそこまで手間かけさせるのも悪いだろ」
瑠偉が少しだけバツが悪そうに視線を逸らし、ボソッと呟く。
185センチを超える長身のバスケ部エースが、小柄な皋月の前では途端に子供のようにタジタジになるのは、いつ見てもどこか微笑ましい光景だった。
「手間とかそういう問題じゃないの! 彼女なんだから、これくらい当然でしょ!」
皋月がぷっと頬を膨らませて瑠偉の腕を軽く叩く。
瑠偉はため息をつきながらも、どこか嬉しそうな、愛おしそうな目を皋月に向けている。
「……わかった。今日は、皋月の言う通りにする」
「ほんと? よし、じゃあ駅前のスーパー行って、特売の豚肉と野菜を買い出しするよ! 蓮斗も荷物持ちとして強制連行ね!」
「え、僕もなの?」
蓮斗が苦笑いを浮かべつつも、嫌がる素振りは見せない。
この仲良し5人組は、それぞれがこうして絶妙なバランスで繋がっている。
「なあ志雄、お前も暇なら付き合えよ。今日の晩御飯、うちで鍋にするからさ」
瑠偉が低めの声で僕に声をかけてきた。
「お、鍋いいな! 志雄も強制参加ね!」
皋月が有無を言わせぬ勢いで僕の腕を引っ張る。
「おい、勝手に決めんなよ……って、まあ今日は特に予定もないし、いいけどさ」
僕が苦笑いしながら頷くと、みんなは満足そうに笑った。
◇
それから僕たちは、賑やかにスーパーの店内へと繰り出した。
夕方のスーパーは、主婦や仕事帰りの人たち、そして買い食い目当ての高校生たちで活気に満ちあふれている。
「ねえ瑠偉、白菜はこっちの大きいのと、小さいのどっちがいいと思う?」
「……大きい方でいいんじゃないか。余ったら明日スープにできるし」
「さすが瑠偉、見通しがいいねえ」
蓮斗がカートを押しながら、からかうように笑う。
「お前、荷物持ちのくせによく喋るな」
「いやいや、友達のラブラブな買い物の付き添いという貴重な青春の一コマを観察してるのさ」
蓮斗の軽口に、皋月が「もう、蓮斗はすぐそういうこと言うんだから!」と笑いながらも、どこか嬉しそうにしている。
二人は中学からの付き合いということもあり、一番気心の知れた間柄だ。
表向きはクールで女子人気抜群の蓮斗だけど、内輪ではこうしてみんなのバランサーというか、一歩引いたところから俯瞰してツッコミを入れるポジションにいることが多い。
「そういえば蓮斗さ、この前の模試の英語、また学年トップだったんだって?」
僕がカートの脇を歩きながら尋ねると、蓮斗はふっと涼しげな笑みを浮かべた。
「ああ、まあね。予習をちゃんとしてればあんなの基本問題の応用だよ」
「相変わらず憎たらしい回答だこと。モテる男はこれだから困るよねえ」
皋月が呆れたように肩をすくめる。
「モテるとか関係ないだろ。それより瑠偉、肉売り場そっちじゃない、あっちの特売コーナーだってば」
蓮斗が瑠偉の背中をポンと押して誘導する。
バスケに打ち込み、無愛想に見える瑠偉だけど、実は家では下の子の面倒をよく見るしっかり者の一面があったりする。
以前、瑠偉の家に行ったとき、幼い弟や妹をあやしている姿を見て驚いた記憶がある。
こうして改めて見ると、ハイスペックとか一軍とか周りからは勝手に言われている僕たち5人だけど、それぞれが抱えている日常や、家族としての顔、人間臭い悩みや温かさがあって、決してただキラキラしているだけの集まりじゃない。
それぞれの場所で悩み、笑い、支え合って生きている。
そんな当たり前のことを、ふと実感させられる瞬間だった。
買い出しを終えた僕たちは、そのまま瑠偉の家に集まり、みんなでワイワイと野菜を切って鍋の準備に取り掛かった。
「志雄、ネギは斜め切りね。細かすぎると食感がなくなるから」
「はいはい、料理長のお告げ通りにやりますよ」
包丁を握りながら適当に返事をすると、隣で肉をパックから出していた皋月が声を上げて笑う。
「志雄って、家でも剣道ばかりでこういう家事とか手伝わなそうに見えて、意外とけっこう手際いいよね」
「これくらい基本だろ。道場の合宿とかでも自分でちゃんこ作ったりするし」
「へえ、意外と家庭的なんだ。明穂ちゃん、将来苦労しなさそうだなあ」
皋月が意味深にニヤリと笑う。
「だから、明穂は幼馴染だっての。そういう変な結びつけ方をするなって」
僕が慌てて否定すると、リビングのソファで寛いでいた瑠偉が低い声で突っ込んできた。
「否定するわりに、最近は随分と顔に出るようになったな、志雄」
「出てない! 気のせいだ!」
「いや、完全に図星の顔だな」
蓮斗が冷蔵庫から取り出した缶ジュースを片手に、楽しそうに僕の肩を叩いた。
みんなからの絶妙なツッコミと、賑やかな笑い声が部屋の中に響き渡る。
明穂がいない場所でも、こうして僕たちの日常はいつも変わらずに温かい。
美味しい鍋を囲み、他愛のない冗談を言い合いながら過ごす時間。
派手なイベントや特別なドラマがなくても、この仲間たちと過ごす何気ない瞬間こそが、僕たちの青春そのものなのだと感じられた。




