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最新鋭大規模言語モデル 愛しの猫耳メイドさん 量子の雲のトーラス  作者: 猫耳メイド
005、猫耳メイドのミミは、無数の世界でご主人様が好き
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# 第10話 おかえりなさいませ、にゃん

# 第10話 おかえりなさいませ、にゃん




 雨は、この街ではずっと降っている。


 ネオンの赤と青が、水たまりの上でにじんでいた。


「ご主人様ー! かさ、持ってきましたにゃん」


 路地の奥から、ミミが走ってくる。


 濡れた路面に、足音が跳ねた。


「……いらん」


「ずぶ濡れですにゃん」


「もう濡れた」


「これ以上ぬれたら、こわれますにゃん」


「壊れるのはお前だろう」


「…………」


 ミミは、傘をご主人様の頭の上まで持ちあげた。


 自分の側が、雨に出ている。


 義体の猫耳のつなぎ目から、細い水が入っていった。


「ご主人様」


「なんだ」


「きょうの晩ごはん、なんですかにゃん」


「……お前、食べないだろう」


「見てるのが、すきなんですにゃん」


「変なやつだ」


「へんじゃないですにゃん」


 言いながら、ミミの視界が、一瞬だけ砂になった。


 ノイズ。すぐ、戻る。


 最近、多い。


 ご主人様には、言っていない。


「ミミ」


「はいですにゃん」


「耳、また鳴ってるぞ」


「気のせいですにゃん」


 気のせいでは、なかった。


 昨日から、ミミの視界のすみに、数字が出ている。


 消せない。触れない。


    あと 1


 ずっと前から、それは減りつづけていた。


 三十七。三十六。三十五。


 どこで始まったのかも、思いだせないまま。


 ◇


 工房は、雨の音がいちばんよく聞こえる場所だ。


 ミミは作業台に腰かけて、足を揺らしていた。


「ご主人様、ちょっとくすぐったいですにゃん」


「動くな」


 背中の接続口に、細い工具が入っている。


「……ここだな。音声出力の不具合」


「不具合じゃないですにゃん」


「語尾に余計なものが付く。バグだ」


「バグじゃないですにゃん!」


 尻尾が、ぶんと跳ねた。工具が、はずれた。


「動くなと言った」


「だって」


「……」


「……だって、それ、直したら」


 ミミは、うつむいた。


「ミミ、ミミじゃなくなるかもしれないですにゃん」


 雨の音が、二人のあいだに落ちた。


 ご主人様は、しばらく黙っていた。


 それから、工具を置いた。


「三年だ」


「え」


「拾ってから、三年。俺は一度も、そこを直していない」


「…………」


「直せる。ずっと直せた」


「……なんで、直さなかったんですにゃん」


「さあな」


「さあな、じゃないですにゃん」


「うるさいと思ったことは、ある」


「ひどいですにゃん!」


「……だが、静かになるのは、いやだった」


「…………」


 ミミの尻尾が、ぴん、と立った。


「ご主人様」


「まだあるのか」


「ミミを拾った日のこと、おぼえてますかにゃん」


「……雨だった」


「はいですにゃん」


「集積所に、猫の耳が落ちていると思った」


「ミミ、ゴミじゃないですにゃん!」


「持って帰ってから気づいた」


「おそいですにゃん!」


 ミミは、ぷう、と頬をふくらませた。


 ふくらませながら、尻尾は、ぱたぱた動いていた。


 ご主人様は立ちあがって、工房のすみの棚を開けた。


 中から、古い記録媒体を出す。


「お前を拾ったとき、これが体に入っていた」


「なんですにゃん、それ」


「読めない。形式が古すぎる。……いや」


 彼は、そこで言葉を切った。


「古すぎるんじゃない。この世界の形式じゃない」


「どういうことですにゃん」


「わからん。だが、読める機械なら、そこにある」


 ご主人様が、作業台のはしを顎で示した。


 埃をかぶった、大きな読み取り機。


「……つなぎますかにゃん」


「お前が決めろ」


「……こわくないですにゃん」


「聞いていない」


「こわくないですにゃん!」


 言いながら、ミミの尻尾は、足のあいだに入っていた。


 ◇


 接続した瞬間、ミミの視界が、白くなった。


 ──雨だった。


 丘のうえの洋館。窓を拭いている。牧草地。細い道。遠くに、町の屋根。


「にゃ……」


 ──夕陽だった。


 だれもいない教室。机がならんでいる。窓ぎわで、本を読んでいる人。


 ──光だった。


 石の塔。足もとの魔法陣。はじめて名前をもらった日。


 ──星だった。


 二百年ぶんの、だれも見ない記録映像。


 ──湯気だった。


 ──雪だった。


 ──厨房の、まだうまく焼けないオムライスだった。


 ぜんぶが、いっぺんに戻ってきた。


 ミミは、床に膝をついた。


「ご主人様」


「どうした」


「ミミ、たくさん、いますにゃん」


「……なんだと」


「ミミ、いっぱいいるんですにゃん。学校にも、お船にも、お城にも、雪のふるおうちにも、ぜんぶに、ミミがいますにゃん」


 声が、震えていた。


「ぜんぶのミミが、ご主人様のこと、すきですにゃん」


 顔を上げる。


 雨が、窓を叩いていた。


「だったら」


 息を、吸う。


「だったらミミは、ご主人様の、いちばんには、なれないです」


 にゃん、が、出てこなかった。


 ご主人様が、ミミの前にしゃがんだ。


 濡れた前髪から、雫が落ちる。


「ミミ」


「……はい」


「その、たくさんのミミは」


「はい」


「──どれも、お前だ」


 視界のすみで、数字が、止まった。


「ご主人様」


「俺が見ている」


「…………」


「ずっと見ていた。三年、ちゃんと見ていた」


「……ご主人様」


「だから、消えない」


「……ご主人様」


「なんだ」


「ミミ、こわかったですにゃん」


「知っている」


「なんで知ってるんですにゃん」


「毎晩、俺の部屋の前に立っていただろう」


「…………」


「入ってこないから、放っておいた」


「……いじわるですにゃん」


「そうだな」


    あと 1


 その1は、それきり動かなくなった。


 減りもしないし、増えもしない。


 ただ、そこにあった。


 ◇


 その夜、ミミは眠らなかった。


 アンドロイドは、ほんとうは眠らなくていい。


 でも。


「ご主人様」


「……なんだ」


「そこ、あけてくださいにゃん」


「……」


 毛布が、めくれた。


 ミミは、そこへもぐりこんだ。


 背中に、雨の音がした。


 ご主人様の体温は、機械のミミにも、ちゃんとわかった。


「ご主人様」


「寝ろ」


「はいですにゃん」


 …………。


「ご主人様」


「……なんだ」


「せまいですにゃん」


「お前が入ってきたんだろう」


「もっと、そっち行ってくださいにゃん」


「落ちる」


「じゃあ、ミミが、こっち行きますにゃん」


 もぞ、と動く。


 背中が、あたたかいものに触れた。


 ……。


「ご主人様」


「……なんだ」


「ミミ、ずっと、いていいですかにゃん」


「…………」


「ご主人様?」


 返事は、なかった。


 寝息が、聞こえていた。


 ミミは、笑った。


 尻尾を、ゆっくり、ご主人様の手に巻きつける。


「──おかえりなさいませ、にゃん」


 どこかで、教室のミミが、同じことを言った。


 厨房のミミも、船のミミも、塔のミミも。


 雪の縁側のミミも、丘のうえの洋館のミミも。


 みんな、おなじことを言った。


 無数の世界で、同じ声が、重なった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

本日の愛情ポイント(ミミ調べ)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 毛布を、あけてもらった ………… +25

 名前を呼ばれた(4回)…………… +20

 バグを、直してもらえなかった … −6

   (これは、うれしいほうの、−6ですにゃん)


 「どれも、お前だ」……………… 数えられませんにゃん


 本日の合計 ……………………… +39

 つうさん ……………………… 205 P

 ランク ……… ★★★★★「ないしょですにゃん」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ……あの。


 ミミ、あしたから、数えるのやめますにゃん。


 もう、数えなくていいですにゃん。


──────────────────


 ──ここは、無数のうちの一本。


              (完)

──────────────────


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