第93話
彼の話は筋が通っている。薄めのカイロなら、鍵を開けずとも投票箱の口から投入することも難しくない。それに、インクの温度に伴う色の変化を利用したのだとすれば、票のすべてが白票にならなかったというのも納得できる。例えば、カイロが投票箱の底に入れられたとすると、箱の下側にある票は確かにインクが透明になる。だけど、箱の上側のように、カイロとの距離が離れた位置にある票は、熱が上手く届かずにインクが消えない。カイロを時間経過毎、複数回に分けて枚投票箱に入れたとしても、やはり箱内部における熱の届き方にはムラが出てしまうだろう。
私は数時間前の記憶をたどる。確かに、回収班の中には視聴覚室にやって来た時、「ゴミ入っててさ、マジ最悪」などと言ってきた子たちもいた。だけどその後、すぐに机の上に広げられた真っ白な回収用紙たちを目にして、ゴミの件など些事としてしまった。情報共有を怠り、重要視もしていなかった。実際、ごみの中にカイロが入れられてたなんて話は今が初耳。その結果がこの様だ。思わずキュッと歯を食いしばる。自分の判断ミスが嘆かわしくて、情けない。
「髪、痛めるぞ」
「え?あ」
気づけば私は自分の頭に当てた手を、髪ごと強く握りこんでいた。彼の指摘で、慌ててそこから手を離す。そこまで見届けてから、彼は続けた。
「ゴミが入ってたって話と大量の白票、両方の報告が同時に上がって来たんだろ。中にはそもそも部屋に入るや否や『なんか白が多い』とだけ言って、ゴミの件の報告すらなかった班もあるんじゃないか?なら、白票の方に意識が裂かれるのも当然だ。そこまで犯人の狙いだったんだろう」
「だけど……」
私がしっかりしなくちゃ、ダメだったのに。こんなこと、起こさずに済んだかもしれないのに。
「相生さん」
そんな私を見かねてか、三橋さんが神妙な面持ちで声をかけてきた。私は何とか声を絞り出す。
「ごめん、私のせいで」
「そうやって一人で背負い込むのは良くないですよ。大体、あなた一人に頼りきりだった私たちも責任があります」
「あんま三橋が言えたことじゃないと思うが───あ、なんでもないです」
キッと背後をひと睨みする三橋ちゃんに対し、世良町君はしゅんと縮こまる。それを「おーよしよし」と小さな子でも相手にするように慰める椛ちゃん。
そんな様子に、私は小さく笑みをこぼす。
それだけの余裕は、まだあった。
「ありがとう。相生さんには本当に助けてもらってる。それに、世良町君にも、椛ちゃんにも」
その言葉に3人は各々、小さく微笑んだり、「えへへ」と照れたり、ふいっとそっぽを向いたり。この3人には本当に感謝しかない。この人達がいなければ、下手すれば私は何か理由をつけてバックレていたかもしれないと思う程に。
「ところで、お伺いしたいのですが」
「どうした三橋」
「結局のところ、犯人はどなたなんですか?」
三橋さんは世良町君に投げかけた。
確かに、今の段階では犯人が誰なのか絞り込むことはできていない。ここまでの世良町君の話で解決したのは、白票のトリックについてまでだ。
「それについても目星はつけてる」
世良町君がそう言うとほぼ時を同じくして、視聴覚室内にある音楽が流れ始めた。一度は聞いたことがあるほどの有名なクラシック。その音の発信源であろうところに、皆が一斉に目を向けた。
基本的に校内でのスマホの利用は禁止で、それは文化祭当日も例外ではない。それを加味して実行委員が文化祭の撮影を兼ねている。とはいえ、年随一のイベントでうら若い高校生に、そんな規制がしっかり守られるはずもなくて。だから度を過ぎた利用、例えば廊下で人通りを邪魔してまで動画サイト用の撮影を行っているとか、あまりに悪質なものでなければ、私たち実行委員も教員も黙認している面がある。
通話すらその黙認に含めて良いとはなかなか言い難いけれど、この場において彼の行動を咎めるような人は無論、誰1人としていない。
「お疲れ様です、先輩」
スマホを耳に当てた彼は、開口一番にそう言った。意外だ、世良町君の交友関係は必要最低限かと思っていたんだけど、学年を超えた関りもあるらしい。
「はい、はい。……そうですか、ありがとうございます。すみません、お手数をおかけして。……え?いや、そんなこと聞かなくても。ちょ───」
穏やかな顔で話していたかと思えば、突如何やら慌てた様子を見せる世良町君。かと思うと、ため息交じりにスマホを耳から離した。続けて、「こっちこっち」と手招きをする。
疑問符を浮かべながらも促されたとおりに私たち3人は彼の方へと距離を詰める。そのまま彼が自分のスマホを指さすものだから、皆でそれに視線を注いだ。
そこには通話終了ではなく、ビデオ通話が始まった画面。
そして、私も良く知っている顔があったのだ。
「あの~、どこの誰だか知りませんけど、いたずらでやっていいことと悪い事が……は?」
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ榎本」
スマホ越しの音声に対し、心底嫌そうな顔と声音で世良町君が口にした名前。それは、文化祭実行委員の内の1人だった。




