第72話
投票箱の中身回収は1日に2回実施。初日はお昼過ぎと店じまいになる午後5時。2日目はお昼過ぎと午後3時だ。2日目の2回目の回収が早いのは実行委員の集計時間を考慮してのもの。閉会式が午後4時から開始するのだが、その中で集計結果を発表することになっているため、それに間に合う様な調整というわけである。
投票箱は校内の数か所、いずれも人通りの多い場所に設置している。例えば外部のお客さんが必ず通る校門の横、有志のステージ発表などが行われている体育館入り口などだ。日ごとにそれぞれのペアが回収する投票箱はあらかじめ決まっており、僕達が回収するものは2階廊下に設置している物。
僕たちは2階展示の監査に入る前に、2階廊下に設置している投票箱の中身を回収することにした。投票箱は裏側が片開きドアのような形状になっており、そこにかけられた錠前に三橋が鍵を差し込んでパカッと開く。
「少ないな」
「まだ初日の昼ですから。しかし、夕方回収分はそこそこあると思いますよ。外部客で今日のみ御来校という方もいますから」
確かに計4回の回収タイミングの中で最も用紙が少ないのはこの初日の昼だろう。この時間は、まだ目当ての展示を回り切れていない人が大半だと思われる。このタイミングで入れられている投票用紙は偶々入った展示が琴線に触れるレベルで凄くてここしかあるまい!と思った人か、もしくは「景品が欲しいから自分のクラスに入れよう」という人の物しかあるまい。だが、後者に関しては一応禁止行為としている。
これに関しては仕方がないことだろう。展示の景品は毎年結構な人気で、今年のケーキも前情報の段階からかなり良い反応を貰っている。投票に制限がなかった場合、生徒全員が自分のクラスに投票という流れになってもおかしくなく、それでは投票の意味がない。投票に関しては自分のクラス以外に、という規則はいたって自然なものだ。
そのため投票用紙にも少し工夫をしている。用紙は全校生徒、および外部入場者の全員に1枚ずつ配布しており、デザインは殆ど一緒。だが、投票用紙の右上に「1-A」「2-C」「来場者」などと印字に違いがある。つまり、1-Aと書かれた投票用紙の回答が1-Aだった場合、「ああ、自分のとこに投票したのか」と実行委員側で判断が可能で、無効票にできるのだ。
だがまあ、完全に不正が防げるわけではない。例えばだが、投票用紙を交換してしまえば自分のクラスを回答として記入することもやろうと思えばできるのだ。こちらから考えられる不正に関しては禁止行為だと事前通達しているが、それを律儀に守る人ばかりでもあるまい。
実際、過去に文化祭終了後のアンケートの中で「投票の不正があった」という指摘があったこともあるらしい。それを受けて、実際の政治選挙のように投票所を設置し、本人確認をして対応した用紙を渡すなんてこともした実行委員もあったのだが、その年は人手確保のため実行委員のフリー日がなく(つまり連勤)、挙句の果てには投票率が激減してしまったのだとか。わざわざ時間を取って投票所に行って記入、なんて面倒くさい事やりたがる人は少なかったというわけである。
そんなわけで僕たちもいろいろ試行錯誤した結果、今年は投票箱は校内数か所に設置。投票用紙は一応分類するという方向にしたわけである。「青少年たちの善良な心を信じようではないか!」と委員長が言ったので、何かあった場合は委員長に責任を負わせます。
「では先に視聴覚室へ行きましょう」
「了解」
投票用紙は箱から取り出したらすぐに実行委員本部である視聴覚室へ運ぶことになっている。投票用紙を持ちながら監査とかして、どこかにおいてきたら大ごとだからね。
箱の扉を閉めて再び錠前をかける。箱を元の位置に戻したその時、僕はふと違和感を覚えた。
「どうかしましたか?」
「なあ、投票箱の横ってペンを置いてたんじゃなかったか?」
僕がそう尋ねると三橋も改めて机の上を見る。外部のお客さんなどは特にだが、全員が全員、必ず筆記具を携帯しているわけではない。そこで、投票箱の横で用紙への記入と投票まで続けて済ませられるように各投票箱の横には2、3本ボールペンを置いておく手筈だった。だが、僕たちの見るこの机の上にはペンが1本も見当たらない。
「持っていった人がいるのでしょうね。故意かそうでないかに関わらず」
「うーん、さっそく人の善良さを疑わざるを得ない」
「仕方がありません。本部に報告し、補充しましょう」
今度は張り紙でも置いておこう。「防犯カメラ作動中」とか、ないよりマシだろう。
三橋と互いに嘆息しつつ、僕たちは視聴覚室へと向かった。
視聴覚室の扉を開けると、ごちゃごちゃしていた準備期間とは対照的に多少整った室内が目に入る。会場マップとして「何かお困りの際は本部まで」と視聴覚室の場所を明示し、人が来ることを前提としている都合上、流石に段ボールやら籠やら書類やら机やらが散らばった状態はまずいと言うのが僕たちの総意である。じゃあ準備期間から綺麗にしとけって?無茶言うなよ、変人の巣窟だぞここ。
「投票用紙回収してきました」
「大儀である!」
ほらな。変人クラブ会員番号00、実行委員長。
「いいからさっさと受け取れ」
僕がそう窘めると実行委員長は渋々用紙を受け取り、視聴覚室後方にある籠の中に入れた。
視聴覚室の構成だが、入り口付近に長机が並べられており、空間を3:1程度で仕切るようになっている。僕達がいるのが「1」側、実行委員長他数名が作業をしているのが「3」側。実行委員の諸々の作業スペースを確保すると同時に、外部の人の手が投票用紙に届かない様にするため、毎年このようにこの部屋はセッティングされているらしい。
「委員長、2階廊下の投票箱ですが、ペンがなくなっていました。補充した方が良いかと」
「ん?2階もなのか?」
「も?」
三橋の報告に対して、怪訝な顔をしながら答えた委員長。そのの言葉が引っかり思わず聞き返した僕に、委員長は続ける。
「先ほど榎本少年が同様の報告をしてきたのだ。彼は今日非番だというのに、たまたま投票箱の前を通った際に気が付いたそうでな。わざわざ報告に来てくれたのだ。しかも今、近くのコンビィニエーンスストァ……までペンの買い足しに行ってくれてな。いやはや、優秀な部下を持ったよ」
それは良い事なんだろうが、ペンが2か所でなくなったことに関してもうちょい心配したらどうだ。いや、2か所以上なくなってる可能性すらあるな、これ。
「治安、悪いですね」
「だな」
「はは、そう言うな。幼子も多いことだし、悪意なき持ち去りであろう。気づいたら戻してくれるやもしれん」
だが、委員長はそう言うの気にしない様子。まあ、確かにそういう可能性もあるわな。
「では、補充の際に備品である旨を伝える貼り紙も提案します」
「うむっ!採用!」
「……あー、じゃあこの件はそっちに任せるな?こっちまだ午後の監査あるんだ」
「はは、案ずるでない!」
なんかタイミングよく広げられた安っぽい扇子にはツッコまず、僕たちは視聴覚室を後にした。
「どこで買うんでしょうね、ああいう文字付の扇子」
「外国人向けの観光地のショップとか?」
刺さったんだろうなあ、『合格』ってあの文字。委員長のセンスは外国人と近しいのかもしれない。




