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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第2.5章 最後の始まりの夜
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最後の始まりの夜

 それはこの国で行われた三回目のオリンピックが閉幕して、数日経ったある日の夜の事だった。

 白い蛍光灯が照らし出す20畳ほどのリビングのソファに腰かけているのは、この家の兄妹 荒木修と詩織だった。三人掛けのソファに並んで座っていると言っても、一緒に何かをしている訳ではなく、レコーダーに録画していたアニメを一人で見ている詩織とスマホアプリに興じる修と言う組み合わせであって、たまたま同じ場所にいると言うだけであった。


「このゲーム、そろそろ止めようかな」

「やっぱ、この声優さんの声、サイコー」


 時折、二人が発する言葉も、誰に言っていると言う訳でもない。

 カチャリ。

 二人の耳にドアの鍵が開く音が届いた。

 この家の母はすでに亡くなっており、鍵を開けて入って来るとしたら、父親だけだが、二人は怪訝な顔をして、時計に視線を向けた。


「もう、そんな時間なの?」


 詩織は慌てて、レコーダーの電源をリモコンで切った。


「今日、めちゃ早っ!」


 修は驚いた顔つきで、そう言った。

 時計の時刻は19時を過ぎた頃だったが、軍需産業のメーカーで開発職のリーダーをしている父親が、こんな時間に帰って来る事などほとんど無かった。


「お前たち、家にいるか?」


 どたどたと廊下を慌ただしく、駆けてきている事から言って、何か急な事があったんだろうと言う事を、修たち二人は感じ取り、お互い、顔を見合わせた。


「よかったぁ」


 リビングのドアを開き、二人の顔をみた父親は安堵の表情を浮かべた。


「どうかしたの?」

「テレビを見ていなかったのか?」


 そう言いながら、リモコンを手にした父親は、テレビでニュースを付けた。

 父親が付けたニュースでは、落ち着いた風ではありながらも、少し緊張した面持ちでキャスターが何かを喋っていた。

 修がテロップに視線を向けると、「鋼鬼らしき生物が出現」と記されていた。


 鋼鬼。人間の遺伝子を操作し、銃弾にも耐えられる肉体と、強じんな筋力を備えた赤銅色の肌を持った人間。だが、さらに遺伝子を改変した超人の出現により、無意味と化した存在だった。


「鋼鬼?」

「怖い!」

「ああ。だが、今までの鋼鬼とは違う」


 父親がそう言った時、テレビの映像が現れたと言う鋼鬼の姿を映し出した。

 赤銅色の肌。まさしく、過去に現れた鋼鬼だ。

 だが、ゆらゆらと歩く姿はどこか知性を感じさせない気がした。

 過去、鋼鬼の弱点と言われている目に向けて、警官たちが発砲を始めた。

 かつての鋼鬼たちは、それを知っていて両腕をクロスして、自分の目を守っていたが、今の鋼鬼たちにそんな動きはなく、警官たちが発砲した銃弾の多くが鋼鬼の顔面に命中し、目にも命中した。


「うがぁぁぁぁ」


 銃弾を受けた痛みからだろうか、人とも思えない奇声を上げたかと思うと、発砲した警官たちに突進を開始した。


「目を撃たれても、死なないのか?」

「それだけじゃない」


 修の問いかけに、父親がそう言ってから、鋼鬼の状況を語った。

 それによると、今回の鋼鬼はかつての超人が持っていた高速の治癒、再生能力を持っているらしかった。

 そして、知性をほとんど失っているだけでなく、まるでゾンビ映画のように、普通の人もかまれると鋼鬼になってしまうらしかった。それも、かつて超人はそのウイルスを注入してから、数か月を要したのに対し、数日と言う高速で遺伝子の書き換えが進むらしかった。


「じゃあ、こんなのがもっといるって事なのか?」

「ああ。どんどん増えている。

 が、それだけじゃない。

 この国の各地で同時多発的に発生している」

「どう言う事なんだ?」

「自然的なものではなく、人為的な発生。

 この国を混乱に陥れようとしていると言う事なんだろうな」

「じゃあ、お父さん。この近くにもいるの?」

「まだこの近くで発見されたと言う話は無いが、今、封じ込められなければ、この国はこいつらに覆いつくされるかも知れない」

「怖いよ。お父さん」


 青ざめ気味の詩織の言葉に、父親は鞄の中に手を入れて、金属の筒、二本を取り出して、ソファの前のテーブルの上に置いた。

 ゴトリ。と言う響いた音から言って、この20cmほどの長さの金属でできた円筒形の物は、それなりの重量っぽいと、修は感じた。


「それは?」

「軍の要請で試作していた兵器だ。

 まだ未完だが、それなりには使える」


 そう言いながら、一つを手に取り、父親が設けられていたボタンを押すと、その円筒形の先に青白い刀身のような光の筒が現れた。


「これって、ライ○セーバーみたいなものか?」

「そうだ。

 たとえ、鋼鬼と言えど、これで首を斬りおとせば、倒すことができる」

「で、これをどうしろと?」

「私は会社に戻って、これの完成と量産を急がなければならない。

 お前たちには、これを渡すから鋼鬼たちが現れたら、悪いがこれで自分の身を守ってくれ」

「何を訳の分からない事を言っているんだよ。

 そんなもの要らねぇよ」

「でも、お兄ちゃん」


 震える声で、詩織は修の意見を遮るような言葉を口にして、その円筒形の物を手にしようとしていた。


「詩織。止めろ。

 それは人殺しの道具だぞ!」


 修は詩織を一喝した後、父親に向き直って、今度は父親に怒りの声を上げた。


「俺や詩織に人殺しの道具を持たせる気かよ!

 身を守るために、どうして俺たちが戦わなきゃあいけないんだよ」

「じゃあ、あいつらがやって来たら、どうするんだ!」

「それは警察とか、軍とかの仕事だろ!

 一般人の俺たちが、そんな事をする必要は無い。

 俺は戦わずに逃げる!」

「この国をあいつらに覆われたら、逃げる場所なんかないだろ!

 自分の大切なものを守ろうとしたら、戦わなければならない場合もあるんだ」

「嫌だ!」

「ともかく、これは置いていく。

 お前は自分を、そして詩織を守れ」

「俺たちは戦わない」


 修は家を出て行こうとする父親の背中に向かって、そう叫んだ。

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