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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第2章:反逆の少女たち
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バックアップデータ

 その建物は一面がガラスで覆われていて、反射する日差しでまぶしくきらめいていた。建物の横に配置された来客用駐車場から、建物の正面玄関を未来たちは目指していた。

 建物にたどり着いた未来が、大きくせり出した庇をくぐり、自動ドアを抜けて建物の中に入った。

 その未来の背後に聡史、明石たちが続いた。


 広いホール。その大理石張りの床の豪華さに、目を奪われ、聡史はきょろきょろと不審者行動状態である。一方、明石たちは今にも力仕事になってしまうかも知れないと、まっすぐと正面を見つめ、気合を入れて歩いていた。


「富士カ丘データーセンター」


 この法人の名称が刻まれた看板を背に、受付の警備員たちが聡史たちに視線を向けている。さすがにデータを守っているだけあって、来客者を受け付けるのも屈強そうな警備員だった。

 本能的に、いますぐここに来るべきだと思いはしたが、急きょ偽造したIDカードだけが頼り。

 もっと、じっくり時間をかけた方がよかったのではないのだろうか?

 聡史はこの場に来たと言うのに、今でもその決断が正しかったのか迷いに迷っていた。


「農業技術総合試験センター」


 未来が受付に、そう書かれた偽造IDカードを差し出すと、警備員たちは緊張した面持ちで立ち上がった。

 普通の反応じゃない。

 そう感じた聡史が心の中で身構えた。


「お待ちしておりました。

 そちらの方々は治安維持特殊部隊の方々でしょうか?」


 予想外の好意的な反応に、未来が驚いた顔つきで、明石たちを振り返って見た。


「え、え、ええ。そうですよ」


 未来がとりあえず、相手の話に合わせて、そう言って作り笑顔で返した。

「こちら、受付です。

 農業技術総合試験センターの方々がもう到着されました。

 準備はできておりますでしょうか?」


 受付のカウンターの中にいた一人の警備員が、そう言って電話をかけ始めた。

 未来が聡史に振り返って、不思議そうな顔をして見せたので、聡史は安心させるため、力強く頷いて見せた。何が起きているのか分かってはいなかったが、未来も聡史の自信を感じ、心の余裕を取り戻した。


「今、こちらに運んできますので、そちらで座ってお待ちください」


 電話を終えた警備員がそう言って、正面ドアの左側に広がる来客ゾーンのソファを差した。


「ありがとうございます。

 では」


 未来がそう言って、一礼した。

 向かって行ったソファには明石たち、未来と聡史たちの二組に分かれて座った。

 聡史と向かい合って座った未来が身を乗り出して、小声で聡史にたずねた。


「何が起きているの?」


 聡史には想像できたが、未来には刺激の強い話だけに、この場で言うのは得策でないとすぐに結論付けた。


「また、後で」

「えー。いじわるぅ」


 口先を尖らせて、未来がソファに腰を下ろした。

 その時、エレベーターから段ボール箱を両手で抱えた一人の男性が降りてきた。

 その男性に気付いた受付の警備員が、聡史たちの方を手のひらで指し示した。

 未来と聡史も、近づいてくる男性に気付いて立ち上がった。


「お待たせしました。

 この中にお預かりしております最新のバックアップデータが入っています。

 月初めにとった全データと、日々の差分データです」


 聡史が前に進み出て、それを受け取った。

 ずしりと重い。かなりの量。そんな感じだ。


「これにサインをお願いします」


 男性がA4サイズの書面を差し出した。

 バックアップデータを確かに受け取った。そう言う証明のようで、何を、どれだけ、いつ受け取ったかが、すでに印刷されていた。

 未来がちらりと聡史を見た。

 そのまま署名していいのか?

 そう言う確認。そう受け取った聡史が頷いて見せた。

 未来が自分の所属を記すと、署名した。


「ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、急なお願いに応えていただき、ありがとうございました」


 そう言って、男性と未来がお辞儀をしあった。


「急ぎましょう」


 聡史が言った。その言葉には色んな意味があった。

 当然、偽って獲物を手に入れたのだから、さっさとずらかるに限る。

 自分たちが何やら急いでいると、相手が思い込んでいる以上、急いで見せる必要がある。

 そして、本物の政府の使いがここに今すぐにでもやって来る可能性が高い事。


「では、失礼します」


 未来がもう一度、頭を下げた。

 聡史は段ボールを抱えて、正面玄関のドアを目指して歩き始めていた。

 それに続く明石たちの後を追って、未来が早歩き気味に後を追った。


「首尾は上場?」


 車に戻ってきた聡史たちに、車を降りて聡史たちを待っていた運転手が言った。


「ええ」


 運転手が車の後部に回り、後部のハッチを開けると、三列目シートとの隙間に聡史が段ボール箱を置いた。


「じゃあ、戻りますよ」


 運転手がそう言って、ハッチを閉じた。

 明石たちはすでに車の中に乗り込んでおり、スライドドアからそのまま乗り込める二列目のシートには未来が座って、聡史ににこりと微笑んだ。


「お疲れ様」


 そう言って聡史が乗り込むと、車は静かに発進した。


「で、あれはどう言う事なの?」


 動き出した車の中で、未来が聡史にたずねてきた。


「あー。政府側からも、バックアップデータをすぐに取りに行くからと言う連絡があったってことだろ」

「さっきの人がデータを破壊した事が、そんなに早くばれたって事?

 データが破壊されたのか、ハードの故障なのかなんて、そんなに早く分かるのかな?」


 聡史は両目を閉じて、うなだれた。

 あの時、一緒にいたもう一人の男のミッション。

 それはあの施設のサーバーデータを破壊するだけでなく、建物を破壊する事。

 できれば、地下で働いている全員もろとも。

 データが破壊されただけなら、それが悪意を持った犯行だとはすぐに気づかないかも知れない。が、建物自身を爆破したとなれば、それは悪意のある犯行であるとすぐに気づかれてしまう。

 気付いた政府側が最初にとる行動。

 人命救助。

 ではなく、この技術のデータの復元。

 そのために、政府が素早く動いた。

 聡史は理解していたが、未来に言うべきかどうか迷った。

 建物が破壊されたとなると、未来の同僚たちの命が失われた事を意味する。

 その衝撃に未来が耐えられるのか?

 いつかは分かること。

 そう思ってはいても、自分の口からは言いだしにくい。


「あー。やっぱ、すぐに分かったって事なんじゃない?」

「そうなんだぁ」


 未来はそう言うものなんだと、数回頷いて見せた。

 それから一時間ほどして、聡史たちが持ち去ったバックアップデータを本来受け取るはずだった政府側の者達が到着した時、富士カ丘データーセンターは炎に包まれていた。



「どう言う事だ?」


 怒りの表情で、スマホに向かって怒鳴っているのは、治安維持特殊部隊を実質的に率いている大橋所長である。

 大橋が座る高級乗用車の後部座席の窓から見える景色は、この国の第二の都市の市街地である。


「テロリストたちの残党の仕業でしょうか?」


 大橋の耳に当てているスマホのスピーカーの音声。声は男である。


「いや、もし奴らに残存勢力があったとしても、これだけの事をやれる力も情報も無いはずだ。

 そもそも、奴らが全盛だった時でも、そんな力は持っていなかったはずだ」

「では、誰が?」

「軍。あるいは警察、公安。

 いずれにしても、政府機関。

 その可能性が高い」

「そんなバカな。

 同じ立場の者たちじゃないですか?」

「そうでもないものさ。

 とにかくだ、防犯カメラの映像を分析して、実行犯とその背後の勢力を洗い出せ」

「承知しました」


 スマホを切ると、大橋は苦々しげな表情で、窓の外に目を向けた。

 流れる市街地の風景。

 政府側にとって、大きな痛手となる事件だったが、超人の技術との関連は一切触れられず、ただの庁舎爆破事件としてだけ報じられた。

 そして、データセンターの爆破に関しては、ただの民間施設での事件として扱われただけで、二つの事件の関連性など、どこからも感じられない扱いだった。



 その裏で、政府側の動きは素早かった。

 各所の防犯カメラの映像から、農業技術総合試験センターの爆破に関わった軍人の素性を掴み、内偵の結果、罪状 国家反逆罪の首謀者として杉本中将が捕えられるのに、わずか2週間ほどの日数しか要さなかった。

 当然、明石たちの素性もすぐにばれはしたが、潜伏先が不明な事と、本来政府側の人間である少女たちを大量に公開手配する訳にも行かず、柏木たちの潜伏は続いたままである。

 そして、意外な事に今回の事件に直接関わっていなかった岡田理保の身柄拘束が行われると言う情報がもたらされ、貴明の依頼で桐谷の下にその身を保護している内に、岡田貴明と野田が鳥居たちに身柄を確保されてしまっていた。


 聡史はと言うと、姉の未来を救出すると言う目的は達成し、少女たちや聡史を元の人間に戻す準備は小鳥遊未来と桐谷の下で進められていたが、その実行には二つの障害があった。

 一つは鳥居率いる新たな超人少女たちの存在。

 敵対勢力に超人と言うものが存在する以上、自分たちだけ超人の存在を手放す事はできない。

 自分たちだけが力を手放し平和を祈っても、自分たちの身を守れない事くらい、夢想家でない桐谷は分かっていた。

 そして、もう一つは小鳥遊未来がもたらした開発コード「希望」に関する情報だった。

 未来はすでに攻撃力を2倍にする遺伝子だけでなく、全身の動作速度を2倍にする遺伝子も開発済みだった。

 これでもまだ「希望」の本来の能力には達していないと言う事だったが、この遺伝子が埋め込まれた超人が現れれば、政府側にとっては大きな戦力のはずである。

 だと言うのに、その超人が未だに現れていない。

 その理由は分からなかったが、杉本中将がかつて推測したように、その戦力を隠し持っていると、考えておく方が安全と桐谷は判断した。

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