普通じゃない
岡田兄が蒔いたホームページの餌にかかったテロリストと呼ばれている山本たちに対し、軍の動きは速かった。山本たちの本拠地を急襲し、超人たちを抹殺し、施設を抑えただけでなく、杉本の意をくんだ者たちの手により、技術者たちはみなこの世から去った。
超人を相手にしなければならないこの制圧戦で活躍したのは、もちろん柏木達であり、その武勇伝はすぐに学校に広まっていった。
「聞いた、聞いた?」
「ああ。テロリストたちの超人を製造していた施設が、柏木たちに破壊されたって話だろ?」
「これで、私たちも落ち着くよね?」
「さすが柏木さんたちだよね」
「力で権力を握ろうなんて奴は、さらに強い力で叩きのめせばいいんだよ」
超人たちに襲われた経験のある聡史の高校の生徒たちは始業前から、その話題で盛り上がっていた。
これでもう、テロリストたちの襲撃に遭う事は無い。
その安心感が生徒たちをハイテンションにしていて、聡史の教室の中も似たようなものだったが、そんな中、聡史と岡田妹だけがハイな雰囲気に加わっていなかった。
「どうしたのよ」
原田がみんなの輪に加わらず、席についたままの聡史の背中をばんばん叩いた。
「どうもしてないけど」
「これでテロリストたちに襲われる心配無くなったんだよ」
「そうだぞ。正義が勝ったんだ」
棚橋の言葉に、原田が一瞬、むっとした表情を浮かべたが、すぐに相槌を打った。
「だよね」
「だが、組織が壊滅したって訳じゃないだろ?」
「さすが、中島君だね。
その洞察力ったら、私やっぱ好きになっていいかな?」
そう言った原田はにこにこ顔だ。
「俺はだめなのか?」
「ええっ、俺は?」
柳と棚橋の声がかぶったその時、教室の片隅で岡田妹の小さな声がした。
「痛っ」
聡史が振り向くと、岡田妹は自分の右手の人差し指を見つめていて、その前にカッターを手にした柏木が立っていた。
「理保ちゃん。痛かった?
血を拭いてあげる」
「すみません。すみません」
柏木は、いつもの言葉を発している岡田妹の指についている血を拭きとると、その指を確認してから、言った。
「理保ちゃん。これはどう言う事?」
柏木の言葉の意味を、岡田妹の指に傷が無いと言う事だと理解した聡史が思わず立ち上がり、柏木が掴んでいる岡田妹の手の先にある指に視線を向けた。聡史としては、その指の状態を確かめたかったのだが、離れすぎていて、聡志の席からでは全く見る事ができなかった。
「柏木さん、何?」
そんな柏木を前に、そう言って、理保はきょとんとしている。
何も分かっちゃいない。そんな雰囲気だ。もっとも、それはいつもの事でもあるが。
二人のやり取りを聡史は食い入るように見つめながら、状況を分析しようとしていた。
岡田妹は超人だったのか?
柏木が知らないとなると、政府側ではない。
とすると、テロリスト側なのか?
「誰かが裏切った」
原田のその声に、聡史が振り返ると、一瞬厳しい顔つきだった原田が、誤魔化そうとしてか、えへって笑顔を取り繕った。
「何か知ってるのか?」
「え? 何の事?」
へらへら顔の原田は全く答える気はないと、聡史は理解し、再び自身での状況の分析に入った。
原田は岡田兄妹の素性を知っている。
すなわち、原田は以前否定していたが、岡田兄妹と原田は実は仲間。
そして、仲間は他にもいる。
だとすると、全てがつながる。
「理保ちゃん、あなたって、何なの?」
柏木の言葉に理保は相変わらず反応らしい、反応を示していない。
「超人でもないみたいだけど、この再生能力は普通じゃないよね?」
今まで反応らしい反応を示さなかった理保の顔色が変わった。
「普通じゃない? 普通じゃない?
私は普通。私は普通」
頭を激しく振りながら、少し甲高い声でわめき始めた。
変わった子だと思っていたが、どうやら精神を病んでいる? そんな思いが岡田妹の前に立つ柏木を中心に、教室の中に広がって行く。
だから、岡田兄がべったり干渉していた。
ただ単に妹好きの兄なのではなく、病んだ妹の症状を悪化させない、あるいは周りに知られないようにしようとしていたんだと聡史は、今の理保の姿から感じていた。
だが、何で病んだのか?
普通と言う言葉と関係があるのか?
柏木が言う、超人ではないが、高い再生能力とは、何を意味するのか?
クラス中の注目が柏木と岡田妹に集まる中、別の声がドアの付近からした。
目を向けると、そこには梶原が立っていた。
予鈴もまだ鳴っていない時間に、珍しく教室に現れた担任。
誰かが教室の危なげな雰囲気を察し、職員室に駆け込んだ?
多くの生徒たちがそう理解し、これから梶原がこの場をどうとり収めるのかと思い始めた時、予想外の言葉が梶原の口から発せられた。
「柏木さん、ここでは他の生徒たちに迷惑がかかるから、校庭で試してみたら?」
「先生!」
「先生?」
危なげな梶原の発言に、柏木だけなく、原田までもが勢いよく立ち上がって叫ぶように言った。梶原は原田にちらりと視線を向けただけで、柏木を見つめながら、言葉を続けた。
「リーダーとして、その子の正体を明らかにしないといけない。
でないと、また何が起きるか分からないじゃないか。
もう生徒たちが傷つくのは見ていられないんだ」
言外にこれまでの事件に岡田妹が絡んでいる。何しろ、その子は普通の人間ではない。
それをはっきりさせるのが、リーダーたるものだろうと言っている。
「リーダーか」
ぽつりと柏木が言った言葉など、聞いていなさそうな原田が怒りの形相でドア近くの梶原に向かって行き始めた。
予想外の原田の行動に、少し呆気にとられている聡史と違い、棚橋が素早く動いて、原田の腕を掴んで引き留めた。
「先生に何をする気だ?」
「あなたには関係ないでしょ」
「関係あるよ。
先生にそんな怒った顔で向かって行くなんて、いけない事だろ?」
「私の邪魔をしたいだけでしょ?」
「先生にそんな態度をとっている邪魔ならしたいけど」
そんな二人のやり取りを見て、何かにんまりしている梶原は、今までの少し臆病っぽい雰囲気と何か違う気がする。聡史がそんな思いで見つめている梶原の前を、何人もの少女が通り過ぎて行き、その中にはギブス姿の岡田妹の姿もあった。
「中島君、岡田先輩に知らせて」
原田が棚橋の腕を振り払いながら言った。
聡史がその声に、視線を原田に移すほんの一瞬視界に入った梶原の口元は、醜く歪んでいる気がした。
「分かった。
が、それでいいのか?」
聡史は何か嫌な予感がしたので、原田に確認をとった。
超人たちがこの学校を襲撃した時、梶原の言葉に超人たちは踊らされ続けた。それは生徒たちを思っての事。超人たちに襲われ、肋骨を折って入院している病室で梶原が流した涙。その輝きに、聡史は梶原を疑う気持ちを霧散させていた。が、今の歪んだ口元に再び聡史は梶原への猜疑心を抱き始めていた。
「何が? 急いで」
聡史の言葉の意味を感づいていないのか、感づいていても問題視していないのか分からないが、原田は聡史を急かした。




