死因
白っぽい壁が続く廊下の左右に窓は無く、天井に設けられた何本もの蛍光灯が空間を白く照らし出していた。その空間の中、そわそわと何度も数mの距離を行ったり来たり繰り返しているのは、西和台高校の制服姿の柏木だった。
柏木の動線のほぼ真ん中あたりにあるのは、壁とほぼ同色で窓の無いドア。窓がないだけでなく、厚みのあるドアらしく、外から部屋の中の様子はうかがい知る事はできない。
時折、そこに目を向けていた柏木が何十回目かに目を向けた時、そのドアが開いた。
ドアを開いて出てきたのは、手術着を着た50代前半の男だった。
柏木が駆け寄り、何かを求める目つきで、男を見つめると、男は口元にしていたマスクを取り外し、手にしていた手袋も取り外しながら、話しはじめた。
「死因はまだ推測レベルで、さらなる詳細分析が必要だが、何らかの神経毒のような物質によるものと思われる。
呼吸筋を含めた筋肉の麻痺。
それが彼女たちを死に追いやった」
「神経毒」
柏木がつぶやくと、男は軽く頷いてから話を続けた。
「各種の神経毒が存在しているが、報告から推定するに、この神経毒は極めて即効性が高いと推定される。
その即効性と言い、未知の兵器級の物質と考えられる。
明らかに、彼女たちは超人との戦いで死んだのではない。
別の何者かによって、殺されたんだ」
「殺された。
毒を吸わされたと言う事でしょうか?」
「可能性は二つ考えられる。
一つは君が言った通り、噴霧された毒素を吸入した可能性。
だが、これはあまりにも犯人自身にとっても危険すぎる。
そして、もう一つは直接の注入」
「しかし、銃弾でさえ傷つける事ができない体なんですよ。
はっ! 何かを飲まされたと言う事ですか?」
「そう簡単に、三人が三人とも、戦いを終えた校庭で、何かを口にすると思うか?」
男は一呼吸、間を置いた。
「森本君の制服の背中に1mmほどの小さな焦げたような跡があった。
だが、背中自身には何の傷も無かった。おそらく、体にも小さな穴が開いたが、再生されすぐに治ってしまったんだろう」
「そこから毒を注入したって事ですか?
他の二人は?」
「直接注入が行われたんだとした場合、他の二人は服から露出している部位のどこかが狙われたと考えるべきだろう。
たとえば、レーザーのようなもので彼女たちの外装、つまり表皮を焼きぬき、再生される前にそこから体内に毒素を注ぎ込んだ。
そして、注ぎ込まれた後で、皮膚は再生されて、傷が残っていないと言う事だろうな」
「レーザーって、どうやって?」
「あくまでもたとえであって、詳細は分からない。
が、どちらにしても、何か特別な武器が存在していると言う事だろう。
これは個人でできる事ではない。
何らかの組織だろうな」
「テロリストたちの組織が、それを開発したんでしょうか?」
「その可能性は否定できないが、だとしたら、むざむざと彼女たちにやつらの超人たちは殺されていないのでは?」
「別の何者かと言う事ですか?」
「我々の知らない敵対勢力があると言う可能性が高いのかも知れないな。
ただ、分かっている事は、その勢力の手は君たちが通う高校の中にも及んでいると言う事だ」
「私たちの周りに」
両手の拳をぎゅっと固く握りしめながら、柏木が言った。
「大橋所長には、私の方から報告しておくが、しばらくは注意を怠らないように」
「分かりました」
そう答えた柏木の瞳の奥には“怒り”と”無念”の炎が宿っていた。




