全滅
少女たちに駆け寄った先生たちが、少女たちの手首をつかみ、脈動を確かめながら、自分の頬を少女たちの鼻のあたりに近づけた。
どうか生きていてほしい。
そんな願いを打ち砕く言葉が発せられた。
「だめだ。息をしていない。
鼓動も停止している」
さっきまで生きていた少女たちの変わり果てた姿。だが、全く肉体を損壊される事もなく、安らかに眠っているかのような死の姿は、かつて聡史が聞いた超人を瞬殺する謎の力で殺害された超人の末路と酷似していた。
その事実に聡史は、心の奥から泣き叫びたいほどの衝動が湧き上がってきた。
ほおっておくと、頭を抱え、叫びそうになる。
その衝動をぐっと抑え込んだ。
理由は簡単だ。
可憐な少女の死を見たからでも、クラスメートの死を見たからとか言う単純なものではない。そこには、白木たちを死に追いやった一因が己にあると言う事を知っていたからだった。
聡史はこの高校に通う生徒の中に、超人たちを瞬殺する力を持つ生徒がいると信じていた。そして、この高校を超人たちが襲えば、その力を持つ者は何か行動を起こすはずであり、その正体を掴むことができる。そう考えた聡史は社会に害をなす、憎むべき超人たちをここにおびき寄せ、その力の餌食とする事で、その存在を確認しようとしたのだった。
ただ、この聡史の作戦には邪魔になるものたちがいた。それが政府側の超人たちであり、聡史がばらまいた偽情報に扇動され、彼女たちはみんなここにはいないはずだった。
だと言うのに、作戦は失敗し、白木たち三人はここに残った。
この段階で、もはや超人たちを片付けるのは白木たちの仕事となり、超人たちを瞬殺する者は現れる事は無いと聡史は諦めていた。
襲ってきた超人たちとの戦いは、おそらく白木たちが勝ったに違いなく、そこでハッピーエンドのはずだったのだが、図らずも超人たちを瞬殺する力は、テロリスト側の超人たちではなく、勝ち残ったクラスメートである白木たちに向かってしまった。
彼女たちを殺してしまった原因は、自分にある。その衝撃に聡史の心は押しつぶされていた。たとえ、白木や柏木たちもいつかは敵対する事になるかも知れない相手だとは思ってはいても、まだ聡史にはその覚悟はできていなかった。
「君は見るな。
体育館に戻れ」
体を小さく震わせ、それほど暑い季節でもないと言うのに、汗を流している聡史に、近くにいた先生が言った。
それと、同時に別の場所で声がした。
「先生。こちらに梶原先生が」
その声に聡史は反応した。
今回の事件を画策した聡史の目的は三つ。
一つ目は、ここに超人たちを倒す力を持つ者がいると言う確証をつかむ事。
二つ目は、超人たちを倒す力を持つ者を特定する事。
三つ目は、どのような方法で超人たちを倒すのか、その方法を知る事。
最初の目的は達成できた。
梶原先生。
もしも無傷でいたりすれば、この事件の黒幕は梶原と言う可能性が高い。
何しろ、梶原の筋書き通り、事は進んだ訳だ。
そして、その役者はもしかすると、梶原本人ではなく、岡田 兄。
それを確認できれば、二つ目の目的が達成できる。
だが、今、聡史が梶原の名に反応した一番の理由は、そのためではなかった。
犯人が分かれば、少しでも自分の気が楽になる。
そんな逃避が目的だった。
駆けつける先生たちに交じって、聡史もその場所に行った。
旧校舎と本校舎の間。そこに梶原は倒れていた。
青白い顔。
口から吹き出したと思われる血が線状の紋様を地面に描いてはいるが、かすかに揺れる胸がまだ生きている事を物語っていた。
相討ち?
白木たちの見事なまでの亡骸を考えると、それは考えにくい。
梶原も被害者でしかないのか?
聡史のささやかな期待は裏切られ、重しのようにのしかかってくる罪悪感になんとか耐えて、震えながらもなんとか立っていた聡史の耳に先生たちの言葉が聞こえて来た。
「救急車だ。救急車」
「警察もだ」
再び白木たちの死んだ様が脳裏によみがえり、聡史は膝から崩れ落ちた。
「大丈夫か? 君」
四つん這いになって、涙を流す聡史に一人の先生が声かけてきた。
「歩けるか? 体育館に戻ろう」
「いや、保健室で休ませた方がいい」
「だ、だ、大丈夫です。
体育館に戻ります」
聡史はそう答え、ふらふらと立ち上がると、体を支えていた先生を押しのけ、一人で体育館を目指して歩き始めた。
「動揺してしまうから、ここで見た事は他の生徒には絶対に言うな」
体育館を目指す聡史の耳に、さっきの先生の言葉が届いた。
「はい」
聡史は小さな声で返すのが、精いっぱいだった。
やがて、パトカー、救急車が次々に駆けつけ、救急車が直ちに梶原を病院に運んで行った。
梶原はろっ骨を折ると言う大けがを負ってはいたが、一命は取り留めた。
柏木たちも戻って来て、変わり果てた白木たちの姿に愕然としていたが、白木たちの骸は、政府の手によってどこかへ運ばれて行った。
戦いが終わってからの学校側の対応は素早かった。
生徒たちを体育館に押しとどめたまま、素早く青いビニールシートを校庭に張り巡らせ、校舎と体育館を行き来する間に校庭の惨状が覗き見られないようにすると、生徒たちの動揺を最小限に抑えるため、一部嘘の情報を生徒たちに伝えた。
テロリスト側の超人たちは白木たちの活躍で排除された。
が、白木たちも無事ではなく、今は治療のため、運ばれて行った。
と。
今、体育館の中に押しとどめられていた生徒たちが、その青いシートを横目に自分たちの教室を目指して歩いて行く。
すでに体育館の中で、今日の授業の打ち切りが伝えられており、後は教室に戻り点呼を受けた後、下校するだけである。
旧校舎の横を通り過ぎ、見上げた校舎の三階以上の廊下の窓にも、校舎側から校庭を覗けないようにするためビニールシートが張られていた。
校庭には似つかわしくない青いビニールシート。
日常感を打ち消す光景は安全が確保されたと言う安堵感を打消し、生徒たちに心理的圧迫を与えていた。
それが示すものは、反政府側の超人たちの襲撃と言う現実と、自分たちのクラスメートであり、しかも超人と言うスーパーパワーを持った少女たちも、治療が必要なくらいの怪我を負ってしまったと言う現実に他ならなかった。
教室を目指す生徒たちの表情は硬く、私語もほとんど交わされていない。
時折聞こえてくる私語は、白木たちの回復を願う言葉程度だ。
聡史も他の生徒たちと一緒に、自分の教室を目指していた。
階段から続く廊下を曲がる。
その少し先にトイレがあった。
聡史がその前を通りかかった時、中から出てきた女生徒とぶつかりそうになった。
「きゃっ」
小さな声とほぼと同時に、聡史は立ち止まり、寸前のところで二人はぶつかる事はなかったが、聡史の視界を女生徒のブラウンの髪が塞いだ。
巻き髪のブラウンヘアー。
聡史に振り向いた女生徒は原田だった。
「びっくりしたぁ。ごめんね。中島君」
「いや。こっちこそ」
そう言って、お互いが引きつった作り笑いで見つめ合うと、二人並んで廊下を歩き始めた。
「いやあ。びびっちゃって、ちびりそうだったよ」
原田がへらへらとした笑顔で、聡史の背中をばんばん叩いた。
その原田の態度はいつも通りだったが、笑顔がどこか引きつり気味なのは、まだ緊張しているからだろうと、聡史は感じていた。
いつもの原田を取り戻すため、聡史は自分も大げさ目の笑顔を作って、話しかけた。
「お前さ。俺の事を本気で好きになるかもとか言ってなかったか?」
「うん?」
「あれ、完全に嘘だな。
だって、好きな男子にちびりそうとか言う訳ないだろ?」
「てへっ」
原田は自分の頭を軽く、右の拳でこつんとしながら、舌をちろりと出して、ぎこちなく微笑んだ。
その笑みに喜びも、安堵感も浮かんではおらず、心の奥の動揺の方が色濃く出ている。
それは、今回の事件を画策してしまった馬鹿な俺の責任だ。
聡史はそう感じていた。




