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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第2章:反逆の少女たち
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真新しい制服のボタン

 聡史が転校して来たその日、超人たちは戻って来なかった。

 全ての授業が終わり、授業を終えた解放感から緩んだ私語が飛び交っている教室の中で、聡史は鞄の中に、教科書とノートを詰め込み始めた。


「早く部活行かなきゃ」

「今日さ、帰りにどこか寄ってかない?」


 そんな中、聡史を呼ぶ声がした。


「中島ぁ」


 その空気の振動は聡史の耳の鼓膜を震わせはしたが、気分が少し緩んでいた聡史は、脳の分析段階で自分への呼びかけだと言う判断に至っていなかった。


「なあ、中島」


 その男子生徒に肩を叩かれて、ようやく聡史は自分の“名前”を呼ばれている事に気付いた。


「あ、ああ。何?」


 聡史が視線を向けた先にはさっき自分を取り囲んで、話しかけてきていた一人の生徒が立っていた。


「俺さぁ。バスケ部なんだけどさ、入んない?」

「あ。いや、俺はやっぱ、ここでも帰宅部で」

「そうそう。帰宅部でいいじゃん」


 別の男子生徒が割って入ってきたかと思うと、聡史に名乗った。


「俺、柳」

「あ。俺、中島」

「知ってるよ。朝、自己紹介してたんだから」


 もっともな返事だが、その返事に少しむっとした表情をした聡史だったが、気を取り直して、笑みを返しながら、たずねた。


「で?」

「おう。一緒に帰ろうぜ」


 聡史としては、少し気分を害していたが、これに乗らない手はない。


「おう。帰ろう、帰ろう」


 そう言って、聡史は机を離れはじめた。


「いやあ。マジ助かったよ」


 教室のドアを抜けると、聡史が柳に言った。

 柳と並んで歩く廊下には、二人と同じく校舎の出口を目指しているらしく、背を向けて歩く多くの生徒たちがいた。その流れの中に身を投じ廊下を進んでいると、聡史の視線は、自分たちに向かって歩いて来る一人の男子生徒に釘付けになった。

 二つボタンのブレザー。

 上のボタンはきらきらと金色の真新しい光を放っているのに、下のボタンはくすんでいて、明らかに違いすぎた。

 ボタンを取り換えた。

 つまり、聡史が探している人物の可能性がある。

 その男子生徒は、聡史の視線が注がれている事に気づかず、いそいそと二人の横を通り過ぎて行った。


「どうしたんだ?」


 立ち止まった聡史に気付いた柳が振り返って言ったが、聡史はそれに返事も、柳に振り返る事もせず、じっとすれ違った男子生徒に目を向けていた。

 聡史が視線を向けていた男子生徒は、聡史たちがさっきまでいた教室の中に姿を消した。


「悪い。ちょっと戻る」


 立ち止まったままの柳をおいたままにして、聡史は速足で教室の中に戻って行った。

 聡史が教室の中に目を向けると、窓際近くにその男子生徒は立っていた。その前にいるのは、左腕をギブスで固定した女生徒。

 聡史が見ているかぎり、休憩時間も、授業中も、その少女はずっと教室で一人きりだった。そして、一人っきりと言う事もあるのだろうが、その少女の表情は能面のようで、感情が無いかのようだったと言うのに、今はかすかな笑みが浮かんでいる。

 恋人?

 聡史は二人の関係が聞きたくて、近くにいた原田に近寄り声を抑えながら、たずねた。


「なあ、ちょっと教えてくれないか?」

「あん?」

「あの男子生徒は誰?

 あの子とはどう言う関係なんだ?」

「へぇー。中島君。そうなんだぁ」


 からかい気味の口調とにやりとした表情で原田が言った。


「なんだよ」

「もしかして、岡田さんの事気になるんだぁ」


 どうやら、ギブスの少女は岡田と言うらしかったが、原田の言葉には別の意味が感じられた。


「はい?

 原田。何か誤解していないか?」

「いいのよ。隠さなくったって。

 岡田さん。かわいいもんね。そこに気付くとはなかなかだね」

「いや。それはどうでもいいから、教えてくれないか」

「あれは岡田さんのお兄ちゃんだよ。岡田貴明先輩。

 かっこいいから、好きだって子は結構いるみたい」


 岡田 兄の妹に笑みを向けている顔は知性が感じられ、確かにかっこいい部類に入る。


「でも、残念なんだよねぇ」


 その言葉に、「何が?」そんな表情を原田に向けた。


「シスコンだもんねぇ。

 登下校も一緒だし、今みたいに下校の時は教室まで迎えに来るんだよ。

 両親はいないって話なんだけど、ちょっとねぇ。私には無理だわ」


 原田がそう言い終えた時、岡田兄妹が揃って歩き始めていた。

 二人は教室の中の他の生徒たちには全く興味を示さず、教室のドアだけを目指している。

 教室のドアを数歩入った場所に立っていた聡史が、二人が目の前に来た時に声をかけた。


「すみません」

「何?」


 そう返して来た貴明は怪訝そうに聡史を見た。


「あのう、これ」


 聡史は急いでポケットからボタンを取り出して、そう言いながら、貴明に差し出した。


「先輩のボタン。付け替えていますよね?

 もしかして、無くされたんなら、これがそのボタンじゃないかと」

「なんで?」

「そう思うんです」


 確証などなく、ただの当てずっぽうだが、聡史は自信ありげにじっと貴明を見つめた。


「どこにあったの?」

「この街の東山区にある一戸建てのある人の家のリビングのフローリングの上に落ちていました」


 聡史はそれだけ言って、一瞬、間を置いた。

 全く身に覚えがなければ、すぐに否定するはずだと考えていた。

 だが、貴明はすぐに否定はしなかった。

 貴明の反応に、可能性ありと感じ取った聡史が言葉を続けた。


「ある事件があった家のリビングで見つかったんです」


 じっと見つめる聡史に、貴明は右手を顔の当たりで二、三度振った。


「ない、ない。俺んじゃない」


 貴明はそう言ってから、少し後ろに立っている妹に目を向けた。


「理保。帰ろう」


 岡田理保。ギブスの女生徒のフルネーム。

 岡田妹の理保は小さく頷いた。


 立ち去る二人の後姿に目を向けている聡史は、これはビンゴの確率が高い。そう確信していた。


「で、何なの、そのボタン?

 朝も見てたわよね。

 誰かの家で拾ったんだって?」

「あ。まあ」


 この話にこれ以上触れられたくない聡史は、原田の下からそそくさと離れて、廊下を目指しはじめた。


 聡史が廊下に出ると、廊下の窓ガラスにもたれている柳と目があった。


「ごめん。待っていてくれたんだ」

「まあな。で、何かあったの?」

「あー。いや」


 言葉を濁す聡史の背後から、別の声がした。


「岡田さんと岡田先輩の関係を誤解して、やきもちやいたのよ」


 声の主は原田だ。


「おいおい。だから、それは違うって」


 釈明する聡史の背中を原田が、ばんばん叩きながら言った。


「大丈夫だよ。中島くんなら、岡田さんを口説けるって」

「はい?」


 目が点の聡史に、原田はお構いなく言葉を続ける。


「自信持たなきゃ」

「いや、だから」


 否定しようとする聡史に隙を与えず、柳が突っ込んできた。


「岡田に目を付けたかぁ。お目が高いぞ、中島!

 ちょっと、大人しすぎで地味な気もするけど、俺もあいつはかわいいと思っていたんだ」

「いや。だから」


 めげずに否定し続けようとする聡史に、二人が隙を与えず話し続けた。


「だよねぇ。私も、そう思ってたんだ。

 何だか、顔立ちは兄妹としては似てない感じだけど、美男美女の兄妹であることは間違いないよね」

「おうよ。岡田先輩が教室に入って来るたびに、クラスの女どもの目の輝きが変わるんだ。

 ちくしょー」

「大丈夫だよ」


 原田はそう言うと、今度は柳の背中をばんばん叩いた。


「柳君だって、かっこいいって、言ってくれる女子はいるよ」

「マジで、そう思う?」


 柳に原田が頷いて見せた。


「じゃあさ。お前はどうなのさ。俺と付き合う?」

「ごめん。それだけは勘弁して」

「なんだよ。それ」


 いつの間にか、二人の話題は聡史とは関係のないものに移って行っていた。聡史がこの間に逃れようと、一人で廊下の中を歩き始めた。

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