希望のかけら
官庁街の一角に建つ農業技術総合試験センターの建物は地上5階、地下二階建てだった。
日常業務に使われるのは、一般的に開放感を得る事ができる大きな窓が連なる地上の部屋のはずだが、ここの地下二階にも多くの人たちが働く部屋があった。
本来なら窓があるのであろう壁には、少しでも明るさをと言う事を考えてか、印象派と思われる明るい光と色彩に満ちた絵画がかけられていて、それを背にゆったりとした革張りの椅子に腰かけているのは、ここの所長 大橋誠二だった。
椅子に腰かけている大橋が、机を挟んで立っている女性を見上げて語り掛けていた。
「小鳥遊君。
君はたった今より、異動してもらう」
「どうしてですか?」
「中学生の弟の面倒をみないといけないとか言って、君はいつも定時になるとさっさと帰るそうだね」
「でも、仕事は問題なく、日程も遅らせることなく、ちゃんとしています」
「しかも、人付き合いが悪いらしいね。
職場では浮いているとか」
「それは……」
「いいかね。
一人の天才より、和を守る仲間が日本の職場では必要なんだよ」
「だから、私は要らないと?」
「ああ。あの職場にはね」
大橋はそう言い終えると、にこりとした表情で立ち上がって、言葉を続けた。
「だが、私には必要だ」
「はい?」
小鳥遊が意味が分からないと小首を傾げた。
「君の優秀な能力。
あのマイクロチップの中に記録されていた遺伝子情報の多くを君が解析したそうじゃないか。
そして、人との交流を好まないところから言って、これを頼むのは君しかいない」
大橋が差し出した手にはUSBメモリが握られていた。
「これには、君たちに解析を依頼した遺伝子改変に関する技術が詰め込まれていたマイクロチップが埋め込まれていた超人少女の指から抽出した遺伝子情報が格納されている」
「床に落ちていたと言う少女の引きちぎられた指から抽出した遺伝子情報と言う事ですか?」
「そうだ。
この遺伝子を解析してほしい」
「同じ超人の遺伝子ですよね?
それを解析する意味が分からないのですが」
「あの日、大統領補佐官だった高山と言う男は、河原真と言う少年と早川結希、つまりその指の持ち主を山本の超人たちと戦わそうと策を練り、河原の持ち物にカメラを仕込ませていた。
そして、彼らの戦いは始まった。
超人レベルに達していなかった河原では相手にならなかったし、多勢に無勢と言う事だけでなく、男女差もあった早川では最初の内は超人たちに全く歯が立たなかった。
だが、途中から形勢は逆転し、結局は超人たちを惨殺してしまった。
私の推測だが、彼女の遺伝子には何かが隠されているに違いない」
「その謎を私に解けと?」
「そう言う事だ。
根拠が希薄だけに、正式に人を動かす訳にはいかない。
業務として公表できないし、人員も君一人だけだが、君ならやれると信じている。
やってくれるな?」
「はい」
自分を信じてくれている。そう思った小鳥遊の顔は輝いていた。
そして、その日から小鳥遊は一人でひっそりと、結希の遺伝子の解析に取り掛かった。




