敵討ち
真がしばらくして戻って来た時、結希は理乃たちの事件を報じるテレビを前にリビングのソファに座り、涙を流していた。
「ねぇ、これって、全部、私のせいだよね?」
戻って来た真に結希がかけた最初の言葉はそれだった。きっと、自分がいない間、一人でこの事件の情報の渦の中、結希がたどり着いた結論がそれなんだろうと、真は思った。
「いや、それは違う」
真は本心から、そう言い切ったが、言葉だけで納得できる状態に結希はなかった。
「だって、さっきの人も言ってたじゃない。
殺されたのは理乃の体を治すのに、協力した人たちだって!
私があんな話を持ち出さなければ、おじいちゃんも理乃も死ななかったのよ。
私が余計な事をしたから、こんな事になったんじゃない!
私があんな事をおじいちゃんにお願いしなければ、理乃もおじいちゃんも殺されたりしなかったのよっ!」
結希は心の中に突き刺さっている事を真に向かって吐き出した。
「そうだね。それはそうかも」
「さっきは違うって言ったのに。
だったら、全部、私のせいじゃない!」
真に八つ当たりしても仕方が無い。ここで怒鳴っていても、祖父たちは戻っては来ないと分かってはいても、静かに言葉を交わせる状況に無かった結希は、手元にあったテレビのリモコンを真に向かって投げつけながら叫んだ。
「でもだな」
お腹の辺りにリモコンをぶつけられた真は、その事には全く触れず言葉を続けた。
「あの技術を使った事は間違いだったのかもしれない。
でも、友達を救ってやりたいと思うのは当然なんだ。
そして、それを何より望んだのは大西さん自身なんだと思う。彼女だって、それで新たな希望を掴んだんだ」
真が力のこもった瞳で、結希を見つめ続けている。
「それを打ち砕いた、つまり結希ちゃんがやった事を無にした者がいる。全てはそいつが悪い。いや、そいつだけが悪いんだ」
「本当に? 私が悪いんじゃない?」
「ない」
真が結希の目を見つめながら、きっぱり言い切った。
真自身、本当にそう思っていたし、自責の念から結希を解放しなければ、その重荷で結希自身の心が潰れてしまうと感じていた。
「本当に?」
もう一度、繰り返してたずねてきた時、結希の瞳は闇の中に巡り合えた光にすがるようだった。そんな結希の心を見透かして、真は言葉を続けた。
「結希ちゃんは確かに全てのきっかけを作ったのかも知れない。でも、それは間違ってはいないんだよ。
結希ちゃんの両親が亡くなったのは、僕の両親せいかい?」
真の言葉に結希の目が見開いた。
真と結希の両親の命を奪った事件。それは真の父親が誘ったキャンプで起きたていた。
たまたま行ったキャンプ場近くの市民公園で、反政府運動の集まりがあり、治安維持部隊と衝突が起きた。押される治安維持部隊側がついに発砲に移り、逃げる反政府運動家たちに対する追撃にキャンプ場が巻き込まれ、真と結希の両親は死亡し、真も脳にまで障害を負う大怪我をした。
「ううん。そんな事はない」
結希は全力否定を真に示そうと、思いっきり首を横に振った。
「だろう? 大西さんだって、結希ちゃんのせいだなんて、全然思っていないはずだよ。
全てはきっかけを作った人ではなく、実際に行動を起こした人のせいなんだ。
だから、結希ちゃんが一人で責任をしょい込む事じゃないんだ」
真は力を込めて言った。
その言葉に答えず、しばらくじっと真を見つめていた結希だったが、突然真の胸に飛び込み、しばらく泣いていた。
二人だけの世界。結希にとっては頼れる真であって、そこに異性への想いは無い。では、真はどうなのかなんて事を考えた事も結希には無い。真の自分への想いも、兄妹みたいなものとしか思っていない。
結希を抱きしめる真の腕に力がこもったのを感じた。
が、それは自分を温かく包み込むためくらいにしか、結希は考えていなかった。
「結希ちゃん」
真が結希の名を読んだのと時を同じくして、家の外で叫び声が上がった。
「きゃぁぁぁぁ」
結希が真の胸から離れて、家の外に目を向けた。
「鋼鬼よ! また鋼鬼が現れた」
「結希ちゃんはここにいて!」
外から聞こえて来た声に素早く反応し、立ち上がろうとする真の腕を掴んで、結希は引き留めると、首を横に振った。もう今までの私じゃない。敵を討つのは私。そんな決意が目に宿して、真を見つめた。
「しかし」
負けはしないが、勝てない真が結希に返せる言葉はそれだけだった。もう一度結希は首を横に振ったかと思うと、すくっと立ち上がり、力を解放した。
私には真には無い力がある。その前では鋼鬼だって倒せるはず。
その力で理乃の仇をとると言う思いが結希を突き動かしていた。
静まり返り、時が止まったかのような世界の中、結希は背後から真が追ってくるのを感じながら、家の外へ向かった。
ほんの少しだけ傾き始めた太陽が照り付ける道路には、二体の鋼鬼が結希の方を向いて、正確には結希の家に向かって立っていた。叫び声を上げたと思われる近所の住人は駆けて行く後ろ姿で止まっていて、他に人の気配を感じさせるのは道路脇のワンボックスカーだけだった。一体の鋼鬼の正面に立った結希が手加減なく、鳩尾に右の拳をねじ込むと、鋼鬼の体が後方に吹き飛び始めた。
力を封印すると、目にも止まらぬスピードで鋼鬼は吹き飛び、実りかけていた稲穂を二つに分けながら、田んぼの中に吹き飛んで行った。
「ぐぁぁぁぁ」
突然目の前に現れた結希と真の姿と背後を遠ざかっていく悲鳴に、もう一体の鋼鬼は何が起きたのか分からず、辺りをきょろきょろと見渡している。
仲間の一体の姿が無くなっている事に気づいた鋼鬼が一歩後ずさりして、真に向かって言った。
「お前がやったのか?」
「そうだ」
真面目で優等生の真の嘘に、ちょっと驚きの視線を向けた結希だったが、自分を庇おうとしているに違いないと理解した結希が、鋼鬼に視線を戻した。
「一つ、聞きたいんだけど。
あんたたちが理乃を襲ったの?」
「あ? あの金持ちの家の娘か?
やった、やった。やってやったぜ。いひひひひひっ?」
鋼鬼は自慢げに笑ったかと思うと、結希と真の怒りに気づいて、顔を引き攣らせた。何しろ、目の前にいる真は一瞬の内に仲間の鋼鬼を吹き飛ばしたらしいのだから。
きょろきょろと辺りを見渡したかと思うと、振り返り、稲穂が二つ別れた田んぼの奥の方に向かって、鋼鬼は叫んだ。
「おーい。何をしている。
戻ってこい!」
「あなたたち、再生の能力無いんだよね?
だったら、あいつ、少なくとも自分では動けないと思うんだよね。
で、最悪は死んじゃってるかも」
「う、う、うわぁぁぁ」
冷たい視線で脅しの言葉を放った結希に、鋼鬼は一目散に逃げだし始めた。
結希はそれを追い、しゃがみ込んで目の前のほとんど停止状態に近い鋼鬼の足を掴むと、ギュっと握りしめた。ぐちゅぐちゅ感を通り越えると、皮膚が破れ、肉にその指が到達したが、気にせず力を加え続けると、今度は骨が破壊するぽきぽき感が伝わって来た。
結希が元の場所に戻って、力を抑え込むと、逃げ去ろうとしていた鋼鬼がバランスを崩し、前のめりに倒れ込んだ。
「ぎゃああああ。
足が、足が」
倒れ込み痛む自分の足に目を向け、むこうずねの中ほどから真っ赤な血が流れ、ほとんど力なくぶら下がっているだけっぽい事になっている事に気づき、悲鳴を上げた。
「悪い事しながら、逃げようとしたから、足が腐っちゃったのかな?」
冷たい視線で結希が言った時、背後から肩を叩かれ、振り向いた先に真の顔があった。
「結希ちゃん、落ち着いて。
そんな事、似合わない」
「でも、あいつら、理乃の仇なんだよ!
あいつらが悪いんじゃなかったら、私が悪い事になっちゃうよ!!」
「あいつらが悪い。
でも、やりすぎだ。
じっちゃんは力を使うなって言ってなかったか?」
真がそう言い終えた時、足を潰された鋼鬼が血の跡を路面に引きずりながら、道路わきのワンボックスカーに向かっていた。
「あとは任せて」
その言葉を残して、真は姿を消すと鋼鬼の横に立っていた。片足を潰され立ち上がる事できず、這いずっている体勢で真を見上げた鋼鬼から戦意は完全に失せていた。
「た、た、助けて」
「なんで、俺たちを襲ったんだ?
お前たちは欲しかった技術の情報を手に入れたんだろ?」
「く、く、詳しい話は知らない。
ただ、小田の関係者は殺して、家を焼き払えって言われて来ただけだ」
その時だった。少し離れた道路わきに止まっていたワンボックスカーが猛然とバックを始めた。逃げようとしていた仲間の鋼鬼が真に捕まり、逃げ出せそうにない事を悟ったワンボックスカーが鋼鬼を見捨てて、離脱を決め込んだらしかった。
それを悟った結希が力を解放すると、車の横に一瞬に移動した。できると言う自信はないものの、ワンボックスカーのボディのサイドに回り込んで、目いっぱいの力で押し込むと、元の場所に戻って、力を抑え込んだ。
その次の瞬間、ワンボックスカーはドンと言う音と共に道を逸れて、田んぼに突っ込んだ。
結希に最初にやられた鋼鬼は絶命していたが、足を潰された鋼鬼は生け捕られた。
車に乗っていた男たちも捕らえられ、自供に従い、山本の本拠を急襲したが、もぬけの殻だった。




