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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第1章:すべてを与えられし少女
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立ち上がった理乃

 その日、首都には雨が降り、雲が低く垂れ込めていた。そんな雲に近い高さの高層ビルの一室に初老の男、理乃の祖父であり、経済界の大物 大西光輝が座っていた。

 大西の背後の窓から見える灰色の景色とは対照的に、その部屋には色彩に満ちた印象派らしき絵画が壁に飾られ、高価そうな棚にも色彩豊かな京焼らしきやきものが並んでいた。

 当然、その部屋の主にふさわしく、男の身なりも立派で品性を感じさせるものだった。

 大西が目の前のPCの画面に目をやっていると、机の上の電話が鳴った。


「会長。お嬢様からお電話です」

「分かった」


 そう言いながら、大西が受話器を取った。


「私だが」

「理乃が高熱を出したまま熱が下がらないんです」


 電話の向こうの声からは、心配でおろおろしているのが伝わってくる。


「小出教授は何と言っているんだ?」

「ウイルスに対する免疫反応であり、特に問題は無いとおしゃっているんですけど、心配で、心配で。

 本当に大丈夫なのかな?」

「うむ。私にも分からんが」

「お父様はこの技術に関し、他の方にもご相談されていましたよね。

 その方にも聞いてもらえません?」


 電話の向こうの娘らしき女性の頼み事に、大西は判断に迷ったのか、即答せず、一瞬間を置いた後、それを受け入れた。 


「そうだな。

 分かった。聞いてみよう」


 大西はそう言うと、一度電話を切り、別のところに電話をかけ始めた。


「山本君か」


 大西が電話の相手に、そう言った。


「これは大西さん。

 今日はどう言った、ご用件でしょうか?」

「君の依頼で、小出教授の所に助手を送り込んでいるから、知っているかも知れんが、孫の理乃が高熱を出しているらしい。

 小出教授の話では、免疫反応であり、問題は無いと言っているそうだが、間違いないのかね?」

「はい。

 理乃さんの事は我々も見守らせていただいております。

 体内に大量にウイルスを注入した事に伴うもので、いずれ自然治癒いたします」

「ふむ。では、安心していいのだな?」

「はい。ただ、解熱だけはしておかないと、いけません」

「分かった。ありがとう。

 結局、君は孫の治療を実現できなかったが、この技術に関しては小出教授より精通しているはずだ。

 孫の事は頼んだよ」

「はい。お任せください」


 山本は言葉と口調は丁寧だったにもかかわらず、受話器を荒々しく叩きつけるようにして、電話を切った。初老の男に悪気があるとは思えなかったが、どこか引っかかったのかも知れなかった。



 心配された大西の高熱もおさまり、やがて大西の神経は再生した事が医学的には確かめられた。後は本当に自分の意思で自由自在に動かせるのかであった。さすがに、それは理乃自身の意思と行動で確かめてもらう以外に手段が無い。


 そして、その日がやってきた。

 車いすに座る理乃。

 それを見守るのは極秘裏に進められた治療とあって、理乃の両親に小出教授と理乃の祖父が送り込んだ助手だけと言う少人数だった。

 みんなが期待と不安を胸に見つめる中、再び自分の足で、ゆっくりと理乃が立ち上がった。


「おぉぉぉぉ」

「理乃ちゃん」


 動かなかった下半身が動いている事に、見守る人々から歓声が上がった。理乃の母親に至っては、涙声でさえあった。

 歩いて!

 飛んで!

 そんな期待を秘めながら見つめられる中、理乃の動きは止まったままで、その足は少し震えている。

 やがて、理乃がゆっくりと右足を踏み出した。

 理乃の身体が不自然に傾いた。


 完全には治っていないのか?

 ほんの一瞬、そんな不安が見守っている者たちの間に広がった。


 理乃が崩れた体勢ながらも持ちこたえ、左足を踏み出した。

 さっきより、足を動かすテンポは上がっていたが、再び身体がよろめいた。

 理乃の顔は真剣そのものであって、普通の人が自然に歩くと言う事が出来ていない事が伝わってくる。

 理乃が再び右足を出した。

 理乃の母は胸の辺りで、両手を結び、祈るような表情で娘を見つめている。

 理乃は真剣な表情のまま真っ直ぐ見つめ、歩く事を続けた。

 久しぶりの感覚に、しばらくは不自然だった理乃の歩行も、やがて普通に戻った。


「お母さん、お父さん、それに先生!」


 そう言って、振り向いた理乃の頬には涙が光っていた。

 治療の成功。それを確信した者たちは歓喜と興奮に包まれた。




 理乃の神経再生が確認されたその日の内に、小出の下に一本の電話がかかってきた。

 電話の相手は大統領であった。


「君が小出君か?」


 権力を手にしている相手と言うのはもちろんだが、野太い電話の声だけでも威圧感が伝わってくる。


「はい。大統領。

 お電話いただき、恐縮ですが、ご用件はどういった事でしょうか?」


 自身のためであれば躊躇くなく国民にも手をかける相手だけに、小出の声は緊張気味だった。

 

 どうして、大統領が?

 今日のことか?

 タイミングから言って、そう推測はしたが、その先の理由が分からないでいた。

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