悪魔の技術 ふたたび
善は急げ。
結希の祖父 小田哲也はそう思い、次の日には小出の下を訪れていた。小田がこの話を進める目的。それは理乃の治療だけが目的ではなかった。
小出の研究室で内側から鍵をかけ、他の誰も入って来れない空間で、二人はあの時と同じように、テーブルを挟んで向き合い、そんな空間にとけ込むほど、小さな声で話し合っていた。
「では、詳細を教えていただけますか?」
「今回の孫の友人の治療に必要な詳細な資料はここにありますが、まずはお願いしたいことをはっきりさせたいと思います」
その言葉に小出が頷いたのを確認すると、小田が言葉を続けた。
「まずは、すでにお話した私の孫の友人に高速治癒と再生の遺伝子を組み込んで欲しいんです。
これがうまく行くと、数か月ほどで神経細胞は再生し、普通の生活が送れるようになるはずです。
そして、ここからが新たなお願いです」
新たなお願い。
その言葉に一瞬小出が身構えたのを小田は感じた。
これだけの技術を提供するのである。
何を言ってくるのかと、身構えていると感じた小田が安心させようと、少し微笑みを浮かべながら、言葉を続けた。
「身体が元に戻った段階で、その子の入れ替えた遺伝子を元に戻してほしいんです」
「何故?」
「意外でしたか?
高速治癒、再生と言った遺伝子を持ったままでは普通の人間ではないからですよ」
「普通の人間の方がいいのですか?
進化した人間。そう考えられませんか?」
「戻してほしいんです」
小田がそこは譲れない、そんな気迫で言った。
「分かりました。ではそうしましょう」
「そして、それが上手く行ったら、」
そこで言葉を一旦止めたのは、小田の心にまだ迷いが残っていたのだ。この技術を他人に託すと言う決断と同様に重い決断。それは結希を普通の女の子、元の体に戻すと言う選択だった。
「上手く行ったら?」
言葉を止めてしまった小田の態度に、警戒感を抱きながら、小出が続きを促した。
「私の孫の遺伝子を元に戻してほしいんです」
「お孫さんの?
お孫さんも遺伝子操作されているのですか?」
「ええ」
「それも、高速治癒と再生ですか?」
「いいえ。もっと、多くです」
「ほう。高速治癒や再生以外にもあると言う訳ですか?」
結希の祖父はうなずいてみせた。
「世間を騒がせた鋼鬼のようなもの?」
「まあ、そうですね。
あれは未完成形ですが」
「話を戻しますと、この技術の全ての情報をいただけると言う事でよいのですか?
でないと、お孫さんを元に戻す方法が分かりませんが」
「もちろん、全てを提供します」
小田はついに約束してしまった事に、もう一度自分の決断が正しかったのか、心の中で反芻を始めた。
世界を変革するほどの力を秘めた技術。
野望を抱く者だけではない。心弱き者が手にしても、心を闇に染めてしまうに違いない。
が、未来を拓く技術でもある。
心強く、私欲無き者が手にすれば、人類に明るい光を灯すに違いない。
そして、目の前にいる小出は野望も私欲も見えず、心の弱さも感じられない。
この選択に誤りはない。
そう結論を出した小田は小出をしっかりと見つめた。
「分かりました。やってみましょう。
ですが、そのお孫さん自身の元の遺伝子が分からないと、元に戻すことは出来ませんが、これはどうします?」
「最終的にお渡しする情報の中に孫の本来の遺伝子情報もありますので、それで可能なはずです」
「分かりました。いつ、その情報をいただけますか?」
「孫の友達の治療が完了した時。それでどうでしょうか?」
「いいでしょう。
それで構いません」
「それと、孫の遺伝子が元に戻るまでは、この話は内密に願います」
小田の言葉に小出が頷いた時、小出の机の上の電話が鳴った。
「失礼」
そう言うと、小出は席を立って、電話を取りに向かった。
「はい。あ、今。はい。
え? 助手ですか?」
電話で受け答えをしている小出がちらりと自分に視線を向けた事に、小田は気づいた。
「受け入れさせていただきます。
はい。はい。では、また。
はい。失礼したします」
そう言って電話を切ると、小出が小田の前に戻ってきた。ちらりと視線を向けた理由が少しに気になった小田が小出にたずねた。
「どうされました?」
「いや、こちらの話ですから」
「そうですか。では、まずこれを置いておきます。
高速治癒と再生の遺伝子を置きかえるための情報です。
準備ができた段階で、教えてください。
孫の友人に伝えなければなりませんので」
「分かりました。では、早速とりかかりますので」
「では、よろしく」
小田はそう言って部屋を出た。
結希の叔父が開発し、封印した技術。
神が造ったとしか思えない生物の美と多様。
そこに手を加えようと言うのは、神に対する冒涜、悪魔の所業。
神の怒りによるものか、この技術は全てがあの日、夜の闇を焦がす紅蓮の炎の中、灰燼に帰したはずだった。
たった一人の少女が自分の友人を救いたい。
そう言う純な気持ちから、悪魔の技術が再び封印を破り、この世に姿を現そうとしていた。




