EP 3
アルニア村の中心に鎮座する、立派な石造りの屋敷。
元S級冒険者にして村長を務めるラミアスの邸宅は、主の威厳を体現したような重厚な作りだった。
応接室に通された真守は、出された紅茶――これが驚くほど香り高かった――を一口啜り、緊張をほぐす。
目の前には、歴戦の剣士のオーラを隠しきれていない強面の大男、ラミアス。
そして、その隣には穏やかな微笑みを湛える美女、シャーラが座っている。
「そうですか……。あの街道で、暴漢に絡まれていた娘を……」
ラミアスは太い腕を組み、深く頭を下げた。
「うちのフィリアを、ありがとうございます。なんと礼を言えばよいか」
「いや、偶然通りかかっただけですから。気にしないでください」
真守が恐縮していると、シャーラが新しいお茶菓子を勧めてくれた。
「まあ、そんなにご謙遜なさらないで。フィリアから聞きましたよ? 魔法も使わずに、あっという間に三人を倒してしまったとか」
「そうなの! マモル、凄く強かったんだから!」
フィリアが身を乗り出して力説する。
ラミアスは娘のそんな様子を見て、少し複雑そうに、しかし嬉しそうに目を細めた。
「それで、マモル殿。フィリアから聞いたのですが、住む場所に困っておられるとか? しかも、『家を出せる』スキルをお持ちだそうで」
「ええ、まあ。それで、家を置けるような空き地があればお借りしたいと思いまして」
真守の言葉に、ラミアスは腕を組んだまま唸った。
「うーむ……。村に空いている土地か……。生憎だが、最近は開拓希望者が多くてな。安全な柵の内側となると、あらかた埋まってしまっている」
「あっても、恩人様に出せるような日当たりの悪い場所や、崖っぷちしか残っておらんのだ」
やはり無理か、と真守が諦めかけた時、シャーラがポンと手を叩いた。
「あら、あなた。フィリアの家の隣は? あの広い空き家があったでしょう?」
「ん? ああ、あそこか! いやしかし、あそこは……」
「広いけど、持ち主が亡くなってから随分経つでしょう? 完全に廃屋になっているし、取り壊すのも手間でお金がかかるからって放置されていたじゃない」
フィリアが「あ~」と声を上げた。
「あのボロ屋? 確かに私の家の真向かいで、場所はすごく良いけど……住めるような状態じゃないよ?」
ボロ屋。廃屋。
その単語を聞いた瞬間、真守の脳裏にシステムウィンドウが明滅した。
『ユニークスキル:マイホーム』のヘルプ項目が光る。
(……待てよ。素材交換、ポイント変換……もしかしたら、その廃屋を『素材』として認識できるかもしれない)
真守は顔を上げた。
「あの、その場所を見せてもらってもいいですか? もしかしたら、何とかなるかもしれません」
「む? マモル殿がそう言うなら構わんが……」
ラミアスは首を傾げながらも許可を出した。
◇
フィリアの案内で向かった先は、村外れの小高い丘だった。
海が見下ろせる絶好のロケーション。向かいにはフィリアの可愛らしいログハウスが建っている。
しかし、その対象地にあるのは――
「うわぁ……これは凄いな」
真守が思わず呟くほど、そこは荒れ果てていた。
屋根は半分落ち、壁は蔦に覆われ、幽霊屋敷と言っても過言ではない巨大な木造建築の残骸。
床は抜け、柱も腐りかけている。
「ね? 酷いでしょう? お化けが出そうで、私も夜はあんまり近づかないの」
フィリアが怖そうに真守の袖を掴む。
だが、真守の目には別のモノが見えていた。
廃屋に向けた視界に、デジタルのグリッド線が表示されているのだ。
[ターゲット確認:大型木造建築物(劣化)]
[所有権:放棄済み(村長許可あり)]
[解体・素材変換可能]
「……いける」
真守はニヤリと笑った。
この規模の廃材なら、相当なポイントになるはずだ。
「どうしたの? マモル?」
「うん、その空き家で何とかなるみたいだ。……多分な」
「ええっ? これを直すの? 大工さんを呼んでも一ヶ月はかかるよ?」
「いや、直すんじゃない。……貰っちゃって、よろしいのですか?」
同行していたラミアスに尋ねる。
「ああ、更地にしてくれるなら、むしろ村としても助かるが……」
「では、遠慮なく」
真守は廃屋の前に立ち、右手をかざした。
「スキル発動――『素材交換』!」
ブォンッ! という低い駆動音と共に、空間が歪む。
次の瞬間、廃屋が光の粒子となって分解され始めた。
腐った木材、崩れた石垣、錆びた釘に至るまで、全てが光となって真守の手元――見えないストレージへと吸い込まれていく。
「えっ、ええええ!?」
「な、なんだこれは!? 家が消えていくぞ!?」
フィリアとラミアスが腰を抜かさんばかりに驚く中、真守の視界には心地よいログが流れていた。
[古木材×500 獲得]
[石材×200 獲得]
[鉄くず×50 獲得]
[HP+15,000pt 加算]
わずか数秒。
そこには、雑草すら綺麗に取り除かれた、美しい平らな更地だけが残った。
「お~、凄~い! マモル、魔法使いだったの!?」
「魔法じゃないよ、ただのお片付けさ。……さて、ここからが本番だ」
真守は深く息を吸い込んだ。
懐かしい我が家。35年ローンの結晶。理不尽に奪われた安息の地。
それを今、この異世界に呼び戻す。
「よし……出でよ、マイホーム!」
真守が地面に掌を叩きつける。
まばゆい光が更地を包み込み、質量を持った「影」が急速に構築されていく。
コンクリートの基礎、断熱材入りの壁、太陽光パネルが乗った屋根。
ズドォォォォォン!!
重厚な着地音と共に、そこに出現したのは――
マンルシア大陸のどこを探しても存在しない、白と黒のツートンカラーがモダンな、現代日本の「新築一戸建て(5LDK)」だった。
「お、俺の……俺のマイホーム!!」
真守は感極まって、ピカピカのサイディング外壁に頬ずりした。
新築の匂い。まだ一度も雨漏りしていない屋根。
「な、な……何この家!? すご~い!」
フィリアが目をキラキラさせて駆け寄る。
「壁が、ツルツルしてる! それに、この透明な板は何!? 向こうが見えるのに、風が来ない!」
「それはガラスだよ、フィリア。……どうですか、村長。これなら景観を損ねませんか?」
ラミアスは口をパクパクさせながら、呆然と立ち尽くしていた。
「城……いや、神殿か? 継ぎ目が見当たらん……。マモル殿、あ、あんた一体何者なんだ……」
「ただの、ローンを背負った男ですよ」
真守はポケットから鍵を取り出し、愛おしそうに玄関のドアノブを回した。
カチャリ、という解錠の音が、彼の異世界生活の本当の始まりを告げていた。




