EP 2
鬱蒼とした森を抜け、視界が開けた瞬間だった。
潮の香りが鼻孔をくすぐる。眼下には青い海と、活気のある村が見えていた。
「やっと人里か……」
真守が安堵の息を吐き、ポケットから赤マルを取り出そうとした時、街道の向こうから怒号と悲鳴が聞こえた。
「おいねーちゃん! 通行料だ、持ってるもん全部置いてけ!」
「きゃっ、や、やめてください! これは薬草園に必要な肥料で……!」
見れば、金髪の少女が3人の薄汚い男たちに囲まれている。典型的な盗賊だ。
真守はタバコを耳に挟み、無言で駆け出した。
「あぁ? なんだテメェは……ぐべっ!?」
リーダー格の男が振り返った瞬間、真守は男の手首を掴み、その勢いを利用して宙を舞わせた。
合気道、四方投げ。
ドサッ! という重い音と共に男が地面に叩きつけられる。
「な、なんだコリャ!?」
「くそっ、やっちまえ!」
残る2人がナイフを抜いて襲いかかるが、真守の目は冷静そのものだった。
大振りの突きを半身でかわし、流れるような動作で関節を極め、足を払う。
数学教師としての空間把握能力と、長年培った武術の融合。
ほんの数十秒で、盗賊たちは地面に転がり、呻き声を上げて逃げ出していった。
「ふぅ……」
真守が乱れた作業着の襟を直すと、へたり込んでいた少女が涙目で顔を上げた。
「た、助かりました……! あの、貴方は?」
「俺は真守だ。怪我はないか?」
「マモルさん、ですか。旅人さんですか? その服、見たことがない生地ですけど……」
フィリアと名乗った少女は、興味津々といった様子で真守を見つめる。
「えっと、どう言ったら良いのかな……トラックに跳ねられて、この世界に来たんだ」
「とらっく? ……よく分かりませんが、召喚魔法の事故か何かでしょうか?」
フィリアは首を傾げたが、すぐにパッと明るい笑顔を見せた。
「とにかく、命の恩人です! ここは私の住むアルニア村のすぐ近くなんです。お礼をさせてください!」
アルニア村は、想像以上に多種多様な場所だった。
獣耳を生やした漁師が網を繕い、低い身長のドワーフが工房でハンマーを振るっている。
「あそこの大きい家が村長の家。私のパパなの。で、こっちが自警団の詰め所」
フィリアは楽しそうに村を案内しながら、小高い丘の上にあるログハウスへと真守を招いた。
そこは彼女が一人暮らしをしている家だという。庭には様々なハーブが植えられ、良い香りが漂っていた。
「どうぞ、狭いけど」
フィリアが淹れてくれたのは、庭で採れたてのミントとカモミールを使った特製ハーブティーだった。
一口飲むと、爽やかな香りが広がり、異世界転移の緊張が解れていく。
「……美味しい」
「ふふ、良かった。薬草栽培が趣味なんです」
フィリアは向かいの席に座り、じっと真守の手を見た。
「えっと~、マモルさんは武術をしているようですね。さっきの動き、魔法も闘気も使っていないのに、凄かったです」
「護身用だよ。……ああ、敬語はいらない。『真守』で良いよ。俺も堅苦しいのは苦手だし」
「本当? ……分かりました。じゃあ、私のことも『フィリア』って呼んでください。歳も近いようですから」
フィリアは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ、よろしくな、フィリア」
「エヘヘ、私と歳が近い人が村にはあんまり居なくって。嬉しい、マモル」
名前を呼ばれただけで、彼女の白い頬がほんのりと朱に染まる。その純粋な反応に、真守は少し眩しさを感じた。
前の彼女とは大違いだ、と心の奥で苦い記憶がよぎる。
「さっきは盗賊みたいなのに襲われてたけど、ここは治安が悪いのか?」
「えっと~、村の中は自警団もいるし平和だけど、村の外はそれなりに悪いよ。魔物や盗賊団とか、いっぱいいるから」
「まじか。俺、森の中で魔物に会わなくて良かったな……運が良かっただけか」
真守は冷や汗をかいた。もし最初に遭遇したのが盗賊ではなく、凶暴な魔獣だったら、合気道だけでは厳しかったかもしれない。
「マモルは、これからどうするの? 行く当てはあるの?」
フィリアが心配そうに上目遣いで見てくる。
「いや、全くない。野宿覚悟だったしな」
「そ、それなら……! う、うちで良かったら……住んでも良いけど?」
フィリアは言い終わってから、自分の発言の大胆さに気づいたのか、顔を真っ赤にして両手を振った。
「あ、いや、変な意味じゃなくて! 客間もあるし、恩人だし!」
「はは、気持ちは嬉しいけど、年頃の娘さんの家に居候するわけにはいかないよ」
真守は苦笑しながら、タバコの箱を弄んだ。
「実は俺、スキルで……『家』が出せるみたいなんだ」
「スキル!? 家を出す? ……空間収納の一種? でも家ごと?」
フィリアが目を丸くする。
「ああ、説明書にはそう書いてあった。珍しいスキルなのか?」
「珍しいなんてもんじゃないよ! そんな魔法、聞いたことない。もしかして『ユニークスキル』かな? 伝説の勇者とかが持ってるっていう……」
「勇者って柄じゃないけどな」
真守は肩をすくめた。
自分にあるのは、勇者の剣ではなく、35年ローンの残ったマイホームだ。
「それで相談なんだけど。良かったら、この村で空いている土地を貸してもらえないかな? そこに家を出して住みたいんだ」
「土地、だね。それならパパ……村長に相談した方が早いかも!」
フィリアは立ち上がると、真守の手を引いた。
「行こう、マモル! パパならきっと許可してくれるよ。だってマモルは私の命の恩人だし……それに、マモルが村に住んでくれたら、私も……その……」
語尾を濁してモジモジとするフィリア。
その純真な様子に、真守は「これ以上、変な期待はさせないようにしなきゃな」と自制しつつも、悪い気はしなかった。
「分かった。案内してくれ」
二人はフィリアの家を出て、村の中心にある大きな屋敷――元冒険者の村長ラミアスの元へと向かった。
異世界での「マイホーム生活」の第一歩が、始まろうとしていた。
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