EP 12
そして、悪魔(税務署)は笑う
シェアハウス『ラビット・ハイツ』のリビング。
先ほどまでの天国のような空気は、一通の封筒によって凍りついていた。
「……納税、通知書?」
リーザの声が震える。
封筒の差出人は**『アルニア公爵領・財務局税務課』。
責任者の欄には、達筆なサインで『エドガー』**と記されている。
「な、何かの間違いよ。私は王女……いいえ、今はしがないアイドルよ? 収入なんて、今日の賞金以外に……」
リーザは震える指で、封印を解いた。
中から出てきたのは、冷酷なまでに整然とした明細書だった。
バリッ。
紙を開く。
【令和○年度 住民税及び所得税 決定通知書】
1.住民税(ラビット・ハイツ404号室)
……45,000円
※備考:当物件はマモル様設計の最新鋭設備(オートロック・宅配ボックス・追い焚き機能付)完備のため、高級分譲扱いとなります。
2.事業所得税(推定)
……30,000円
※備考:先日の『タヌキ・ライブ』における観客動員数および盛況ぶりから、みなし所得を算出しました。
3.一時所得税(賞金)
……20,000円
※備考:本日、SWAT本部より受領された懸賞金10万円に対する課税です。
4.延滞金
……3,500円
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【差引請求額】 98,500円
【納期限】 即時納付
「…………は?」
リーザの思考が停止した。
9万8千5百円。
彼女の懐にあるのは、SWATから貰った10万円。
つまり、残りは――。
1,500円。
「う、嘘……嘘よぉぉぉっ!!」
リーザの絶叫が夜のマンションに響き渡る。
「なんで!? なんでバレてるのよ! 今日の賞金なんて、手渡しだったじゃない! 数時間前の出来事よ!?」
封筒の中から、一枚のメモがひらりと落ちた。
そこには、エドガーの几帳面な文字で、こう添えられていた。
『拝啓 リーザ様
アルニア領での生活はいかがでしょうか。
マモル様の作った高度な情報ネットワークは、全ての金銭の動きをリアルタイムで把握しております。
納税は国民の義務です。文明社会の恩恵を享受する以上、対価をお支払いください。
なお、逃げようとしても無駄です。私の胃痛が続く限り、地の果てまで徴収に伺います。
追伸:タヌキの着ぐるみ、お似合いでしたよ。
財務局長 エドガー』
「あ、悪魔ぁぁぁっ!!」
リーザはその場に崩れ落ちた。
あの優しそうな執事が、今は死神に見える。
マモルの作った「完璧な社会システム」が、牙を剥いて襲いかかってきたのだ。
「あぁ……私のステーキが……高級羽毛布団が……」
リーザの手から、10万円の入った茶封筒が滑り落ちる。
それはまるで、最初から彼女のものではなかったかのように、税金という名のブラックホールへ吸い込まれていく運命だった。
「あらあら……。世知辛いですわねぇ」
ルナが他人事のように紅茶を啜る。
キャルルは明細書を拾い上げ、ふむと頷いた。
「ま、しゃーないね。ここはアルニア(日本)だもん。稼いだら取られる。これ常識」
キャルルはポンとリーザの肩を叩いた。
「残りは1,500円か。……ま、パンの耳生活よりはマシになったんじゃない? 『カップ麺』くらいは買えるよ」
「い、嫌ぁぁぁっ!!」
リーザは床を転げ回った。
「嫌よ! 私はもっと……もっと優雅な生活がしたいの! なんで働いても働いても、私の暮らしは楽にならないのぉぉぉ!!」
その叫びは、石川啄木のように切なく、そしてタヌキのように哀れだった。
こうして。
リーザの「大逆転劇」は、たった数時間の夢と消えた。
彼女は再び、カエルの財布(残高1,500円)を握りしめ、明日からのサバイバルに挑むことになる。
パンの耳を卒業し、カップ麺へ。
それは進化なのか、それともただの誤差なのか。
極貧王女の戦いは、まだまだ続く――。




