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7/15

彼女の名はエルザミナ

「……フラウ? フラウ、どこに行ったのよ……っ!」


アメリアの声が、石造りの学園通路に響いていた。


入学手続きのため、数分目を離した――その隙にフラウがいなくなったのだ。

アメリアの額に浮かぶ汗と怒気は、もはや“妹を失った姉”というより"唯一無二の所有物を喪失した女王”に近い。


その頃、当のフラウは迷子になっていた。


白い靴を小さく鳴らし、ぐるぐると学園の構内をさまよい続け、いつの間にか一枚の鉄扉を開けてしまっていた。


そこは――入学試験会場だった。


乱戦形式による試験が行われるこの場では。

まるで戦場のように幾多もの魔術、剣技、怪力、猛毒が飛び交っている。

その混沌の中に紛れ込んだフラウに声をかける影が一つ。


「……君も戦うの?」


低く、艶やかな声。

甘い蜜のような響きに、少年のような声色。


フリルとレースを贅沢にあしらった深紅のドレス。

金糸のような髪は大きく結い上げられ、彼女の妖しげな微笑を縁取っていた。


一見すると美麗な淑女ではあるが、ドレスのスカートの中から伸びるのは、艶やかな漆黒の蜘蛛脚。

その数本が、まるで裾から漏れ出るように床を這っていた。

アラクネの少女。

名をエルザミナと言った。


「戦うにしては線が細すぎる気がするけど」


「魔術が得意なのかな」


「それとも」


フラウを見下ろすその目は、まるで宝石を見つけた子どものようだった。


「……ふふふ、美味しそう」


艶やかに笑い、エルザミナはフラウの手足を糸で縛る。

絹糸のように柔らかな束が、フラウの身体を徐々に包み、繭状に変えていく。


「ボクの糸にこんなに素直に捕まってくれる子なんて、はじめて……」


「ちょっとだけ、いただいちゃおうかな」


エルザミナは繭を胸元に抱え、その顔をゆっくりと寄せる。


「……味見、してもいい?」


誰にも聞こえないように囁き、舌先をゆっくりと伸ばす。

肌の隙間から覗いたフラウの鎖骨に、ぬるりと舌が這う。


 「……っ」


小さく身を震わせたフラウ。

くすぐったさに肩をすくめる。

けれど逃げない。


声なき吐息。

ほんのり紅潮した頬。

揺れるまつ毛。


「……な、なにこれ……」


エルザミナの指先が震える。


「なんで、こんな……」


喰いたい――喰らってしまいたい。

でも、それ以上に。


「……かわいい……かわいすぎるでしょ、君……」


心が揺れる。

"無垢"の力に捕らわれる。


蜘蛛の本能はささやく。

「獲物だ」と。

けれどもう、彼女はそう思えなかった。


「……君、ボクのだ。誰にもあげない……あげたくない……」


そのまま、フラウを包む繭を両腕で抱きしめる。

乱戦が続く中、彼女はフラウの体温を感じ続けていた。

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