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いのちのパン屋さん〜復活の三日目〜  作者: 地野千塩


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共に食べる田舎パン(3)

 福音ベーカリーは、依田家のすぐ隣にあった。毎日この近所を見ていたはずなのに、このパン屋は突然出来たような印象だった。パン屋が建設されている過程は、全く記憶にない。その点も不思議なパン屋だった。もしかしたら、小人や妖精みたいなファンタジックな存在が経営しているのではないからと考えた事もあったが、さすがにそれは無いと思いたい。


 ただ、店の外観は住宅街では少し浮いている。赤い屋根にクリーム色の壁、福音ベーカリーという看板もレトロな書体で刻まれ、童話にでも出てきそうな雰囲気がある。店の外観だけ見ていると、小人や妖精が運営していてもおかしく無いと思ったりした。もっとも、中にいる店員は確実に人間で、ファンタジックな存在が店を運営しているとは、考えられない。


 香織は杖をついて歩いている来たので、少し疲れた。店の前にあるミントグリーンのベンチに座る。小さなパン屋で、このベンチがすっぽりと店のサイズ感にある。時々ヒソプもこのベンチに座っていて、まさに看板犬という雰囲気だった。今は真琴が散歩に連れ出しているので、ヒソプの姿は見られないようだった。ベンチに座っている、ふわりとパンが焼ける良い匂いがした。メロンパンでも焼いているのか、メープルシロップのようま甘い香りもする。店員の瑠偉に聞くと、メロンパンが売り上げ一位らしい。他のも色々とマニアックなパンや新製品も開発しているようだが、やっぱりオーソドックスなものが一番だねと笑っていたのを思い出してしまう。


 そういう意味では、自分の人生はオーソドックスから外れてしまった。メロンパンのように誰からの愛される存在にはなれなかった。シェフとして働いている時は、男性社会に何度も悔しい思いもしていた。結局、子供も結婚にも縁がなく、孤独死街道を爆走している。本当にこの道で良かったのか、今になって確信が揺らいでいるのは、事実だった。今はメディアで一人で稼ぐ事や副業、女性や老人もキラキラする事などを宣伝しているが、本当に良い事なのか香織は断言出来なかった。


 ふと、店の前にある黒板式の立て看板を見てみた。そこには、パンの宣伝ではなく、聖書の言葉が引用されていた。たまに絵を描いている時もあるが、毎日引用されている言葉は違う。


 店主の瑠偉は、クリスチャンで、よく看板に聖書の言葉を書いていた。る瑠偉によると、聖書の言葉は神様が与えるパンで、読んだり見たりすると、心が生き返るのだという。香織はクリスチャンでもなく無神論者なので、正直よくわからないが、瑠偉は宗教をやってる感じもなかった。どんな宗教でも恐怖に縛られ、毎日良い行いや修行をやっている印象があるが、瑠偉は妙に軽やかで、毎日楽しそうだった。前いた店員の蒼、柊や紘一もそれは同じで、その店は首を傾げてしまう。


 今日は立て看板には、こんな聖書の言葉が引用されてあった。


「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。ヨハネの福音書6章54節から55節より」


 黒板に書かれた聖書の言葉は、よくわからなかったが、確かキリスト教の概念では神様が人のために生贄になったと言われていた。その血肉を表しているのだろうか。香織のような人間には想像もつかないスケールを感じ、自分の人生の正解不正解を考えるのは、だんだんと馬鹿馬鹿しい気分にもなってきた。答えなんて無いのかも知れない。少なくとも、人間の考える事はちっぽけだと思いはじめていた。


「さて、そろそろお店に入りましょうか」


 ベンチで少し休憩出来たので、杖をつき、立ち上がる。

 

 ドアを開けて福ベーカリーの店内に入る。ドアベルがなり、チリンチリンと可愛らしい音が響く。やっぱりこにパン屋は、外観通りにメルヘンなようだった。

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