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いのちのパン屋さん〜復活の三日目〜  作者: 地野千塩


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共に食べる田舎パン(2)

「うん、その調子で芝生の草をむしっていってね」


 香織は、新入りのお手伝い・二宮真琴に声をかけた。真琴も仕事を始めたばかりなので、香織がマニュアルなどを作り、つきっきりで指導をしていた。


 今日は庭にでて、真琴に草むしりや花壇の手入れなどを教えていた。香織は庭のベンチに座って少々偉そうに指導しているだけだが、真琴はかなり熱心に仕事をしてくれた。今日は天気も少し曇っていて、日差しきつくない。風も爽やかで過ごしやすい日だった。


「真琴さん、すごい上手だわ。こんなに雑草いっぱい取れた」

「いえ、ありがとうございます」


 真琴は顔を少し赤くし、はにかんでいた。この子はあまり人に褒められた事も無いのかもしれないと思ったりした。聞くと、スピリチュアルカウンセラーに騙されて借金を抱え、両親も友達もみんな亡くしてしまったらしい。まだ二十代の若い娘だが、同情しかなかった。依田家の生活もすっかり馴染み、お嬢様との光とも仲良くなっているらしい。


 確かにどこの馬の骨かわからない。自業自得な面もあるかもしれないが、落とし穴に落ちた娘を棒で叩く行為なんてできない。手を差し伸べるのが、人として当然の行いだろう。


 思えば、昔はもっと失敗した人に寛容だった。香織の両親もカフェを営んでいたが、お金のないお客さんに奢ってあげたり、時には家に住まわせたりしていた。昔は今と違って良くも悪くも大らかだった。一方今は、何かあればネットで炎上するし、より人目を気にする社会になってしまった。芸能人も一方的に悪く言われる職業で、一度失敗しようものなら、ずっと叩かれる。香織が預かっていた親戚の娘・美穂子も芸能関係者だったので、他人事には思えなかったりする。


 幸い、依田家の人達は優しい。おそらくクリスチャンだからだろうが、真琴のような人を一方的に裁き、助けないという事はない。真琴も彼らに助けられて、運が良かったとしか思えなかったりした。


「香織さんって一人ぐらしなんですか?」


 真琴は手を動かしながらも、香織に興味を持ったようで聞いてきた。真琴も作業着にエプロン姿だが、まだ若く、顔にはシミもシワもない。黒い目も生命力があり、生き生きとしていた。


「ええ。この近所で一人で暮らしているわね」


 そう言うと、薄いグレーの空から鳥の鳴き声が聞こえてきた。カラスか何かだろうが、少し間抜けな響きがある。


「そうですか。一人で大丈夫ですか?」

「え、なにが?」

「脚も悪いですし。困った事は無いですか?」


 そう言われると、意外と思いつかない。脚が悪いと言っても、杖があれば何とかなっている。


「うーん。二階のお掃除は大変かな」


 強いていえばそれぐらいだろうか。


「だったら、今度掃除にでも行きましょうか?」

「え、いいの?」


 真琴は、依田家の人達に親切にされ、心を入れ替えたという。これからは、他人の為に出来る事をしたいと語っていた。


 初対面の真琴は、どちらといえばオドオドとし、不安そうな娘だったが、成長しているようだ。そのスピードは香織が思っているより早いようだった。


「だったら、今度頼もうかしら?」


 香織は柔らかく微笑む。


「ええ。頑張りますよ」


 気づくと、庭の雑草もすっかり綺麗になっていた。空も雲から太陽の光が滲み始めていた。明日は晴れるかも知れない。


「じゃあ、お昼は福音ベーカリーの瑠偉さんにヒソプの散歩を頼まれているから、行ってきますね!」

「ええ、頑張って」


 草むしりが終えると、真琴は依田家の隣にある福音ベーカリーの方へ行ってしまった。お嬢様に光と仲の良いパン屋で、香織も時々パンを買いに行っていた。店主は短期間で変わるようで、オーナーという人がいるそうだが、香織は会った事はなかった。去年の春頃は王子様タイプのイケメン、冬ごろは仲良しのイケメン兄弟、今は知的で優しそうなイケメンが店を運営していた。なぜか店員はイケメンちという共通点があるようだが、なかなか謎が多いパン屋だった。夕方ごろに行くと、食品ロスを出すのが嫌だと言い、パンもほとんどタダになってしまう事もあった。


 近所の奥様は金持ちが道楽でやってるパン屋と言っていた。香織は最初はそう思っていたが、店員は妙に光と仲良くしていて、気になるところではあった。


 そんなパン屋の事を考えていたら、お腹が減ってきた。謎の多いパン屋だったが、商品は間違いなく美味しかった。香りは特にドーナツやアップルパイなどの菓子パンが気に入っていた。確か今はイースターなので、ゆで卵が丸々入った珍しいパンやコロンバなども売っていた事も思い出す。


 最近は、一人での食事に憂鬱になっていたが、福音ベーカリーで食べたら、元気になれるかもしれない。確かあの店は狭いながらも、イートインスペースがあった。最近は麦茶の無料サービスをはじめたという噂も聞いたことがある。確かに春とはいえ、日差しが強い日々が続いていた。店で麦茶の無料サービスがあるのは、良いサービスではないか。


「うん。やっぱりお腹空いてきちゃったわ。福音ベーカリーに行きましょう」


 香織は財布だけ持ち、杖をつきながらゆっくりと福音ベーカリーに向かった。

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