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いのちのパン屋さん〜復活の三日目〜  作者: 地野千塩


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良心とマリトッツォ(4)完

 瑠偉が厨房にいる間、小夜はイートインコーナーの壁に貼ってある絵葉書や色素などを見ていた。ライトノベル作家の色紙なども飾ってありが、聖書の言葉を引用して書かれた色紙もある。かなり達筆で真っ直ぐな文字で見ていると、気が引き締まる。


「悪をもって悪に、侮辱にもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。第一ペテロ・三章九節〜十節より」


 それを見ていたら、より自分の中にある心が痛む。祝福を祈るどころか、今の自分は悪に染まっている。祝福はできなくても、水をくれ、休ませてくれた瑠偉の足を引っ張りたくないと思ったりした。


 ふと、自分の中に元々あった良心が息を吹き返してくるのを感じていた。今までは硬いカラに覆われていたが、ピシピシとヒビが入り、良心が顔を出している。


「お客様! 生クリームたっぷりのマリトッツォです!」


 瑠偉は小夜の目の前にマリトッツォが乗った皿を置く。白いパンから挟まれた純白の生クリームは、ぱんぱんに膨らみ、はち切れそうだった。まるで、今の芽生えている良心を見せられているようだ。純白の生クリームは、一つの汚れもなく、美しく見えてしまった。


「マリトッツォは、人前で食べるのは難易度高いです」

「はは、そうですね。俺は厨房の方にいます。ごゆっくり」


 瑠偉は再び厨房の方に戻ってしまった。


 小夜が、手のひらサイズのマリトッツォをとり、はしをかじる。大量の生クリームが口の中で溶けていく。


 一人で食べたマリトッツォは、とても甘くて美味しいのに、心では少し苦く感じてしまった。たぶん、罪悪感は消えていない。この罪悪感は、良心からのサインかもしれない。


「ありがとう」


 気づくと、誰とでもなく、感謝の言葉を述べていた。


 一円にも得にもならず、むしろ自分に害を与える小夜に休ませてくれ、水を与え、パンも一つくれた。これ以上、福音ベーカリーに害をなす事は出来そうにない。このパン屋を愛している近隣住民の顔も浮かんでは消え、もう悪い事はしたくなかった。


「は? 仕事辞めるってどういう事?」


 色々と絵名のしている事にも疑問がある事を伝え、退職届けを渡した。


 絵名は最初は不満顔だったが、小夜の決意が硬いと知ると、退職届けを受け取った。


 最後の仕事の日、一応この福音ベーカリーでの出来事を絵名に伝えた。彼女は少し動揺していたので、良心が少しは残っているようだった。


 絵名が福音ベーカリーを潰す仕事を続けるのかは、わからない。それでも、小夜はこの事を伝えて後悔はなかった。


 退職して、次の仕事も決まっていないのに、気分はスッキリと開放的だった。あの福音ベーカリーで食べたマリトッツォを思い出す。また食べに行っても良いかもしれない。二回目に食べるマリトッツォは、きっと完璧に甘く感じるはずだ。

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