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いのちのパン屋さん〜復活の三日目〜  作者: 地野千塩


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良心とマリトッツォ(3)

 福音ベーカリーは、教会の隣にあった。赤い屋根とクリーム色の壁が印象的で、イチゴのショートケーキを連想してしまった。パン屋からも甘いメープルシロップのような、バターのような香りもし、食欲が刺激されていた。疲れて具合が悪いが、美味しいものは食べられそうで矛盾している。風邪を引いた時、必ず母にシュークリームやケーキをねだっていた。具合が悪くてこ生クリームだけは、するっと食べられてしまう。


 店の前には、ミントグリーンのベンチもあり、そこに柴犬が座っていた。垂れ耳の可愛い柴犬で、思わず小夜も目尻が下がってしまう。やっぱり自分がしている事は正しくはないんだろうか。やっぱり行くのはやめようかと思うが、首を振り、そんな思考を無理矢理追い出す。


 店の前には、黒板式の立て看板もあり、何か書いてある。おススメのパンではなく、何か言葉が書いてあった。


「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。創世記1:26 より。


 人は神様の似姿によって創られました。人の正義感、優しさ、思いやり、良心も神様に似たところなんでしょう。美味しいものをそう感じるのも、神様に似てるから?」


 そんな言葉の横に、パンを美味しそうに食べている女の子のイラストが描いてある。少女漫画ティストの絵で、可愛らしい。今の店主は若い男と聞いているが、メルヘン趣味なのだろうか。このパン屋の雰囲気もだいぶ、メルヘンだったが。


「う、何か気持ち悪くなってきた」


 なぜか胸がムカムカとしてきた。黒板の文字、特に聖書からの引用した言葉を見ていたら、自分の中にある、良心がチクチク刺激されてくる。今、やってる事本当に正しいのか。いや、正しくはない。絵名の仕事のやる方に疑問がある癖に、一言も意見すら言えない自分が情けなくなってきた。


「お客様!」


 そこにパン屋から、店員が出てきた。噂通り、大人しい雰囲気のイケメンだった。パン屋だけあり、体格は良いが、顔つきは知的な雰囲気だった。若干三白眼気味の目が、その印象を強めていた。白いコックコートの胸元には、橋本瑠偉という刺繍がされている。そういえば、この店主は瑠偉という名前だった。


「お客様、どうされました? 顔が真っ青ですよ」


 瑠偉はとても心配した声をあげていた。低く、ベースのように落ち着いた声だった。


「いえ、少し具合が悪くなってしまって」

「だったら、お水かお茶でも出しますよ。うちのイートインで少し休みましょう」

「いや、でも」

「お金なんてとりませんから」


 最初は断ったが、瑠偉に手を引かれて、店の中に入り、イートインの席に座らされた。店の中は案外涼しく、座っているだけで少し良くなってきた。イートインのテーブルは水玉のクロスがかけられ、可愛いヒヨコの小物も飾ってある。イートインというよりカフェのような雰囲気もある。店内にあるパンも気になるが、今はカレーパンやあんぱんなどを食べたい気分ではない。


「お客様、水とお茶です」


 瑠偉は、紙コップに入ったそれを、小夜の目の前のテーブルにおく。なぜか瑠偉も、小夜の隣の席に座った。


 側でみる瑠偉は、意外とまつ毛も長く、鼻も高めだった。雰囲気は大人しそうなイケメンだったが、細かいパーツが芸術品のように綺麗だった。歯並びもいい。今もまだマスクをしている人が多いが、瑠偉はマスクなどしない方がいいかもしれない。本来の目的をそっちのけで、そんな事を考えてしまう。


 水は冷たく、舌や喉に染み込む。わざわざお茶も用意してくれたと思うと、さらに小夜の中にある良心は痛んでいた。


「ありがとう。でも、何にも得にならない人を助けていいの?」


 それぢどころか、小夜は害をなそうとしている人物だった。


「俺たちは、てん、いやクリスチャンですからね。善きサマリア人の例え話に従い、誰でも平等に助けます」

「善きサマリア人?」

「ええ。宗教家とかは困ってい人を無視しましたが、善きサマリア人だけは、何の得にもならない人を助けたっていう話が聖書に載っています。そもそも神様も、全員を助けましたからね。自分を犠牲にして」


 宗教は気持ち悪いと言いたくもなったが、この例え話を聞いていたら、小夜の心は、罪悪感でかなり痛んでいた。


「でも、人間の心って悪いとも思う。表の看板に、神様に似せて創られたってあるけど、悪い心があるのは、なぜ?」

「それは、けっこう長い話になるよ。短いバージョンがいい? ショートバージョンがいい?」

「ショートバージョンで」

「わかりました。アダムとイブが悪魔に騙されて、人類は善悪を自分で判断するようになってしまった。だから、何が良い事か悪い事か、人それぞれになり、人の心は自分、自分、自分。エゴに塗れてしまったんですね」


 アダムとイブの話は、どこかで聞いたことがあった。


「神様が創ったものは、本当は全部良いものでした。自然も毒とかもなかったし、動物も共食いもしなかったし、人間が殺して食べる必要もなかったね」

「そうなんだ」


 宗教は気持ち悪いとも言えない雰囲気になってきた。人の心の弱さというか、エゴについては、心当たりもあり、胸が痛い。こうして絵名の命令に断れず、悪い事の片棒を担ぐ自分は、良心ではなく、エゴの方に心が言っていたとしか言えないだろう。


 そんな話をしていたら、お腹がなっていた。瑠偉と話していたら、いつのまにか身体は良くなってきたようだった。店内に広がる甘くて香ばしい香りが、食欲を刺激していた。


「お客様、何か一つパン食べます?」

「いいんですか?」

「もちろん。乗り掛かった船です。具合歩くて疲れた人を放って置けませんし」

「シュークリームかケーキみたいのないですか? 具合悪い時って、生クリーム食べたくなるんですよね」

「パン屋さんにそれ言うかな。まあ、生クリームだったら、あれか……」


 瑠偉は厨房に一旦戻っていった。

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