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いのちのパン屋さん〜復活の三日目〜  作者: 地野千塩


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悔い改めとゆで卵パン(4)完

 イケメンに言われた通りに道を歩くと、あっけなく福音ベーカリーについた。赤い屋根で、クリーム色の壁が印象的だった。小さなパン屋のようだが、良い香りが漂っていた。何かメープルシロップのような甘い香りもする。


 店に前には、黒板式の立て看板もあった。立て看板には、聖書の御言葉が引用されて書かれていた。


「完了した。ヨハネの福音書・十九章三十節」とある。


 これは、イエス様の十字架の上での最後の言葉だった。確か牧師である父は、「ここで人類の罪も里帆の罪も全部背負ってくれた。ここで全部完了したのだから、律法的に自分を縛って良い行いなんてしなくていいんです。もちろん罪をやりたい放題していいわけではなく、出来るだけ生活を清く保つ努力は必要ですが」と説教で語っていたのを思い出す。確か、イースター礼拝の時に説教で、「悔い改めは、自分の罪をイエス様にかわりに預け、神様に立ち返る事です。本当は悔い改め出来る事は、最終的に感謝する事なんです。懺悔ではありません」とも言っていた。


 この御言葉を見ていたら、今の罪悪感で心が縛られている状況は、何か間違っている気がしてきた。確かに父には怒られ、一緒に悔い改めもやったわけだが、何か宗教的に縛られていたのかもしれない。


 そう思うと、少し心が軽くなってきて、福音ベーカリーに入店した。中は想像通り小さな店舗だったが、イートインスペースもあり、居心地の良い雰囲気だった。店の中央には大きなテーブルがあり、あんぱんやクロワッサンなどの定番商品が見えるが、種無しパンやツォップといったクリスチャンと関係深いパンもある。やはり、クリスチャンが経営しているパン屋である事は、間違い無いようだった。イートインスペースの方の壁には、聖書の御言葉が引用された色紙なども飾ってある。


「あ、このパン可愛い」


 種無しパンなども気になるが、一際派手なパンがある。リング状のパンで、ピンク、赤、黄、緑、水色などのカラースプレーが散りばめられ、見た目も可愛らしい。リング状だが、その穴にすっぽりハマるように、ゆで卵が入っている。しかも殻ごとゆで卵が丸々一つ埋まっていて、SNS映えしそうなユニークさや派手さがある。


 こんなパンは見たことないが、今はイースター時期だ。ゆで卵もあるし、イースター関連のパンかもしれない。イースターは起源ではキリスト教とは関係無いが、神様が十字架にかけられ、三日目に復活した事を祝う祭りとして、教会でも定着している。父も「異教の祭りでは?」とクレームをつけられる事があるそうだが、派手な卵やうさぎのお陰で、興味を持ってくれる未信者も多いらしい。


「いらっしゃいませ、お客様」


 そこに店員に声をかけられた。想像通り、寡黙で知的なイケメンだった。二十歳過ぎぐらいでまだ若いが、職人らしい落ち着きもあり、黒髪が似合っていた。


 名前は、橋本瑠偉というらしい。白いコックコートの胸元には、そう刺繍してある。イケメン!と心が騒がしくなりそうだったが、さっき見た異次元レベルのイケメンにお陰で、だいぶ免疫もできているようだ。


「このゆで卵埋まってるパン気になる。ドーナツっぽく見えるけど、カラースプレーが派手でインスタ映えしそう」

「これは、スカルチェッラプリエーゼっていう復活祭のパンです。イタリアのパンですね」


 やっぱり。神様の復活と卵は、関係ないが、イースター関連のパンであるようだった。


「しかし、長いパンの名前」

「ええ。ですから、うちではゆで卵パンと呼んでいます。でも、このスカルチェッラはイタリア語で、釈放するって意味です。神様が罪から人間を解放してくれたって意味なんですね。ハレルヤ!」


 瑠偉は、ニコニコと笑いながらそう言った。


 この派手で可愛いゆで卵パンと、瑠偉の笑顔を見ながら思う。悔い改めを懺悔みたいにして、罪悪感に縛られていたのは、間違っていたかもしれない。


「悔い改めは、懺悔じゃないです。罪悪感から来る謝罪でも無いです。神様に立ち返る事。そして自分の罪から、神様がかわりに背負ってくれた事を感謝する事ですね。縛られてたら、勿体ないですね?」


 まるで、自分の気持ちを見透かすように瑠偉が言う。


 この派手で、おめでたい雰囲気すらあるゆで卵パンを眺めながら、今までの自分は何かズレていた事に気づく。


「私、漫画も好きで、その事を悔い改めたんだけど」

「ええ。偶像的に楽しむのは良くないです」

「うん。でも漫画家へ良いインスピレーション与えてるのも神様だと思うんだ。適度に楽しめば良かったのかも?」

「そうです、そうです。たまの趣味だったら、問題ないです。全部宗教的に趣味も辞めるっていうのは、カルトになってしまいますよ。と言うか、聖書読んでたりすると、自然に世のものに興味や執着心も減ります。単純に聖書読む時間が少ないだけだったのかもしれません」

「うん、でもね、私、本当にイケメンが大好きで……。ダメだなって思いつつ、そう思ったりしちゃうんだ。ダメだね、罪人だね」


 なぜか瑠偉には、本音が溢れていた。同じクリスチャン同士だし、パン屋の居心地の良い雰囲気のお陰で気が緩んでいた。瑠偉だってイケメンで、ちょっと興奮しそうになった事は口が裂けても言えないが。


「だからこそです。自分の努力や行いでは、守れないから、イエス様がいらっしゃるんでしょう。人間が清く正しく出来ないから、神様が死んでくださったんでしょ?」


 瑠偉に落ち着いた優しい声を聞いていたら、鼻の奥がツンとして、泣きたくなってきた。罪悪感に縛られていた心が、ゆるゆると解けていく。代わりに感謝や希望、光のようなものが心に芽生えはじめていた。思えば懺悔のように悔い改めをする事は、神様のしてくれた十字架を小さくしてしまう行為だったのかもしれない。


 自分の行いで清く正しくしようとしてたから、罪悪感も持ってしまったのかもしれない。初めから、そんな事は無理だったのに。それに行いで救われるのなら、献金できる経済力がある人などが優位になってしまう。神様はそんな不公平な事はしない。弱い人や子供こそ大事にしてる神様だった。一般的な宗教は一生懸命努力し、修行して人が神様になる。一方聖書で書かれる神様は、むしろ人が神様になる事を罪だと言っていた。


「そっか。悔い改めって最終的には神様に感謝する事だったんだね。懺悔じゃなかったんだね」

「そうです。でも、だからと言ってギャンブルとかいじめとか不倫とか好き放題やったらダメだよ。神様が悲しむ事は、出来るだけ避けようね」

「うん、そうだね。神様が悲しむからやらない方がいいって事はわかる」


 瑠偉は教会にいるお兄さんという雰囲気で、注意されても、素直に聞く事ができた。


「このゆで卵パン、買っていい?」

「ありがとうございます!このパンは、ゆで卵もありまし、朝ご飯におすすめです。パン生地は甘いんですが、朝の糖分補給にピッタリでしょう?いそういえば、神様も日曜日の朝に復活されたね。祝いたいよね」


 瑠偉の声を聞きながら、もう心は縛られていないと実感していた。罪悪感も綺麗さっぱりと消えてしまっている。


 とにかく、明日の朝にこのパンを食べるのが楽しみだ。派手なカラースプレーでトッピングされ、殻ごとゆで卵が埋まったパンなんて、父も母が見たら、ビックリするだろう。二人の驚いた顔を想像するだけで、ワクワクすてきた。明日の朝は、きっと楽しい時間になるだろう。

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